63 どらごん、きれー
アンジュと一緒に大学からの帰り道。
さっきまであんなに晴れていたのに、急に雨が降り出してしまった。
かなりの豪雨だが、きっとそのうち止むだろう。
アンジュが大学構内を見て回りたいと言うので、散歩がてらに歩いていたのに、突然の雨によって中止になった。
流石に夏休み中のため、いくつかの施設は閉まっている。
避難したこの建物も閉まっており、エントランスの庇の部分で雨宿りだ。
同じように急な雨に降られたのか、避難してきた生徒もいた。
「おや」「む。珍しいな」
入ってきたのは、柿沼玲奈と柚木明日香。ティナの友人だ。
「どうしたんだ?」
「帰る途中だったんだ」
「明日香が変なことに興味を持たなければ、今頃電車に乗っていたのに」
なるほど。玲奈は明日香の保護者なのか。彼女も結構変わってると思ったが、常識人寄りだったとは。
アンジュはじーっと空を見ていた。
こうして、外でゆっくりとしていることなんてあんまりなかったから新鮮だ。
玲奈と明日香もスマホをいじらずに、アンジュと一緒に空を眺めていた。
「すっごい降ってるな」
「われの計算ではあと十分強といったところかな」
「ちがう。じゅーごふん!」
「なぬ」
空中でそろばんを弾くように明日香が指を動かす。
「む。データの入力漏れがあった。確かに十五分だな。十五分と四十秒」
「うん」
何が『うん』なのかは分からないが、アンジュは凄いなぁ。
きっと、将来すごい大物になりそうだ。
しかし、すぐに修正を入れられる明日香も凄い。
アンジュとハイタッチしている。わざわざアンジュの高さにしゃがんで。
ちらっと玲奈を見る。
「あ。あたいは機械の方だから……」
モニョモニョと顔を朱らめて、俯いた。
別に何も言ってないのにね。
それに俺もよく分からなかったし。どうしてそうなったのかも、追加のデータが何なのかも……。
その時、傘を差した人物が二人入ってきた。
「あら、どうしてこんなところで雨宿りしているの?」
入ってきたのは、ティナと紗季だった。
「なんでここが?」
「勘よ」
すげぇ勘だな。
なぜか、アンジュが明日香の真似をして、空中で指を動かしていた。
明日香もじーっと見ながら、指を同じように動かしている。
だから、それになんの意味が……。
紗季は苦笑いをしている。
「それよりもアンタ、わたしがLINE送ったのに無視したわね」
「あー、なんて送ろうか考えていたら、アンジュが走って行っちゃったからな」
「そういうことにしておいてあげるわ」
そうして、なぜか傘があるのに、雨宿りを始めた。
「ちょっと詰めてよ」
別にそんなに狭くないだろ?
その時だった。
アンジュが空を指差して言った。
「どらごん」
「「「「「え?」」」」」
アンジュの指し示す方を見ると、雲の切れ間から光が漏れており、その下には虹ができていた。
まぁ、「虹」という字の虫偏も蛇や龍に連なるものだし、昔は虹そのものを龍に見立てたとも聞くが、まさかアンジュがそこまで知っているとも思えない。
「ほんとにいたのなら、一度会ってみたいですぞ」
「いたー」
「虹じゃなくて?」
「うゆ?」
まただ。アンジュは確信的な時だけ、首を傾げてしまうんだ。意図的なのか無意識なのかは分からないけど。
まぁ、幼女だしそんなもんだろ。
気がつけば、雨は上がっていた。
「じゃあ帰るか」
「うん」
「待ちなさい」
帰ろうと思ったらティナに止められた。
またぞろめんどくさいことだと嫌だな。
「アンジュちゃんに絵をもらったからね。お返ししないと」
「おかえし?」
「そうよ。何が食べたい?」
その瞬間、目を輝かせて両手を上げて喜ぶアンジュ。
「おー! いいの!?」
「いいのよ。あんなに素晴らしいものもらったんだもの」
「やったー」
「では、あっしらもゴチになるとしましょうか」
「アンタたちのは自分で出しなさいよ」
ピシャっと拒否するティナ。そこは奢ってやれよ。
「(あ、アンジュどの)」
「うゆ?」
紗季がアンジュに耳打ちしている。
「(みんなの分も奢ってあげて。っていうでござる)」
「ござる!」
「違う。そこじゃないですぞ」
「(あ、アンジュちゃん。み・ん・な・の・ぶ・ん・お・ごっ・て。はい)」
今度は玲奈が耳打ちする。
「みんなのぶんおんぶ!」
流石のティナも呆れている。
「分かったわよ。明日香。変なこと吹き込んでない明日香のは奢ってあげる。あとアンタも」
「ありがとう」「あ、ありがとう」
「そ、そんなぁ」「いいじゃないのよ」
紗季と玲奈が抗議するが、まぁ擁護はできない。
「アンジュちゃん。紗季と玲奈に言ってあげて。奢ってって」
「さきちゃん。れいなちゃん。おごってくだしゃい」
「ぐはっ!」「ぐうっ!」
胸を押さえて蹲る二人。
そりゃそうだ。アンジュの魅力には抗えない。
俺も今、致命傷で済んだしな。心臓が早鐘を打っている。
どうやら、俺だけじゃなくて、ティナと明日香も胸を押さえて悶絶していた。
そのまま暫く、開いていない施設の前で俺たちは呻いていた。
それは、再びアンジュが「どらごん、きれー」と言うまでうずくまっていた。
ようやく、立ち直った頃には、空はすっかり晴れていた。
「じゃあ、なんか食べに行きましょう」
ティナが立ち上がり、両手を腰に当てていた。
「なにたべるのー」
「アンジュちゃんの食べたいものでいいわよー」
「わーい」
そうして外へ向けて歩き出した。
ティナは意外と子供の扱いが上手い。
それを見ていつも思っていたことを聞いた。
「そういえば、栗栖は子供の扱い方慣れてるよな」
「うん。母方にアンジュちゃんと同じくらいのいとこがいるのよ」
なるほど。どうりで扱いが上手いわけだ。
「ちょっと変わってるけどいい子よ」
「へー」
そこでふと思った。
「その子もティアラとかクラウンとかそういう名前なの?」
「んなわけないでしょう! なんでそう思ったのよ」
「いや、栗栖って名字だから、なんとなく」
本人の名前も結構変わってるしな。
「いや、お母さんの方のだから、井出って名字よ」
「ふーん。じゃあ食べ物の名前なの? らっきょうとか玉ねぎとか」
そこでティナが歩みを止めた。先を歩いてる紗季たちも止まって振り返った。
そしてティナがニコニコと微笑んでいる。とても底冷えのする笑顔だ。
「なるほどなるほど。アンタ、結構ふざけてるわね」
「え?」
「みんなー、亨が奢ってくれるってー!」
「えっ!?」
いやだってそう思うじゃん。
結局終始ニコニコのティナ含めて五桁の支払いをさせられるとは思わなかった。




