61 今日のいけにえはお前に決めたー
「負けた。園児と保育士さんと過半数の保護者さんから。そしてイベントスタッフからの圧力に屈してしまった。
まさか、イベント会場の横に更衣室があるなんて思わなかった。
そしてサイズもこんなにも豊富だとは思わなかった。
一部の保護者さんは真っ赤な顔で座っているが、まぁそのうち慣れますよ。
最初さえ乗り切れば、それ以降はなんとも思いません。
じゃあなんで着なかったんだって言われると思うが、俺だってそんなナチュラルにコスプレなんてしないよ。
流石に時と場所は弁えるよ」
「亨さん、心の声が矛盾してますよ?」
「俺、口に出てましたか?」
「はい。すごく客観的な独り言でした」
そんな萌歌さんはなぜか俺の横に座っている。
ほぼゼロ距離だ。
暑いから、もう少し離れて欲しい。正直、この衣装フリフリヒラヒラしている割に通気性悪いんだ。結構蒸れる。
「はーい。みんなー、こーんにーちはー」
「「「「「「「「「「こーんにーちはー」」」」」」」」」」
子供特有の精一杯叫ぶような挨拶だ。
「はーい。みんな元気ですねー」
司会のお姉さんがニコニコしながら言う。
「みんなはキュアキュア好きー?」
「「「「「「「「「「すきー」」」」」」」」」」
一瞬ステージの鉄筋が揺れた気がした。そのくらいの熱量だ。野外ライブかな?
そんなお姉さんの後ろからこっそりと黒い怪獣のようなものが現れた。
「あー」「あぶなーい」「おねーさんうしろー」「うしろー」「しむらうしろー」「にげてー」
園児たちが叫ぶが、お姉さんは気づかないフリしてニコニコしていた。
そして、お姉さんを後ろから羽交い締めにするのかと思ったら、一回転して怪獣の後ろに着地した。
まさか予備動作なくバク転するなんて、誰が思うだろうか。
そして、ニコニコしながら後ろから蹴りを入れた。
まさかこんな展開になるなんて誰が思うだろうか。
怪獣はそのままステージを落ちた。
1メートルないくらいだろうが、ドスンとすごい音がした。
そして、怪獣はヨロヨロと立ち上がると、周りをキョロキョロしだした。
もしかして、お姉さんではなく観客を拉致する流れなんだろうか?
そうだとしたら、かなり手の込んだ作りをしているなと感心していた。
そんな怪獣は俺の方を見る。
目と目が合った気がした。
……いや、着ぐるみ相手に目が合うってなんだよ。
そして、怪獣は俺の方へ向かってきた。
嘘だろ……。
「(すいません。すいません。ちょっと開けてくださいね。……はい、……はい。あ、ありがとうございます……)」
小さく断りながら怪獣がやってくる。
そして、俺の腕を掴む。
「きしゃー。今日のいけにえはお前に決めたー」
どこかで聞いた気がする声だが、くぐもっていてよく分からない。
「え、俺?」
「そうっす」
「おにーちゃ、ずるい!」
「「「「「「「「「「ずるーい!!!」」」」」」」」」」
そんなん言われてもなぁ。変われるなら変わってあげたい。
「亨さん……」
なぜか萌歌さんに冷たく言われてしまった。
ステージへ連れてこられると、いつの間にか、キュアキュアの五人がスタンばっていた。
「はーっはっはっははー。今日からお前には不摂生な暮らしをしてもらうのだー」
それがセリフらしいが、何とも締まらない。
夜更かしと脂質過多を強要する悪って……。
しかし、あれだな。ステージの上で一般人の俺。
そんな俺がコスプレしているわけだ。なんという公開処刑だろうか?
きっと天嶺さんなら嬉々として立っていただろうが、俺にはそこまでのメンタルはない。
しかし、キュアキュアのお姉さんたちは、なぜか反応が薄い。
いや、ヒソヒソと品定めしていた。
「ねぇ、なんかよくない?」
「分かる。女装似合う男子っていいわよね」
そして、その中の一人が怪獣ではなく、俺を指差した。
「ねぇ、あなたLINE教えなさいよ」
「そうよ。そしたら助けてあげる」
やばいなぁ。ここに正義側の人、一人もいないじゃん。
しかし、あの黄色いの本当にカレー持ってるんだな。まぁ、本物じゃないんだろうけど。
「ほぉらぁ、どうしたの?」
「恥ずかしいの? ウブねぇ」
「わたしと同じ色着てくれるなんて嬉しいわぁ」
これは収拾つかないな。
「あわわ。こんなはずでは……」
後ろで怪獣が狼狽えている。
観客席からは、アクションが起こらず、どうしたのかとざわめきが起こっている。
そして、そこで俺はこの聞き覚えある声を思い出した。
「ヤマなんとかさんなんとかしてくださいよ」
「ヤマなんとかじゃなくてヤマモトです」
「あ、今日はヤマモトなんですね」
「「「「「ヤマ……モト……?」」」」」
キュアキュアの五人が首を傾げている。
俺にだけ仮名使う理由はなんなんだよ。
そして、気がつくとアンジュがキュアキュアの五人の前にいた。
「デュア!」
アンジュ、それは違う。なんでファンなのに、間違えるんだ……。
「あら、上がってきちゃったのね」
「どうしましょ?」
「一緒に突撃すればいいんじゃね?」
黄色が投げやりな提案をするが、時すでに遅し。
アンジュは怪獣の前にいて、足を蹴っていた。
よくないなぁ。これはあとでお説教だ。
だが、おかげでようやく、ショーが始まった。
怪獣がびっくりして腕を離した隙に脱出し、アンジュに手を引かれながら観客席へ戻った。
「あんた、あの子と知り合いね」「紹介しなさいよ!」「逃げんなオラァ!」「待て! 吐くまで許さん!」「ご飯にクリームシチューをかけるぞ!」
ヤマモトさんもとい怪獣をボッコボコにするキュアキュア。
かわいそうに思うが、観客席は大盛り上がり。
そして、その後、お姉さんが言うまで、怪獣の名前は分からなかった。
なんでも、今回の怪獣は『コレステロール』だったんだそうだ。どこが?
キュアキュアショーが終わり、今日のお出かけ会は食事を残すだけになった。
そこでは、キュアキュアカレーという、ガチで本格的なカレーが出てきた。
甘口、中辛、辛口、激辛、地獄、涅槃、極楽浄土と辛さのレベルがあった。
きっと昇天するほど美味いか辛いのだろう。
「アンジュ! おれはおとなだから、からくちいけるぜー」
「すごーい」
そう言われて鼻高々の大地くん。
一口食べて、止まった。
「かっ……」
「…………」
園児たちはみんな甘口だが、大地くんだけが、アンジュにいいところ見せようとして辛口を選んで、涙目になっていた。
そんなアンジュは俺を黙って見ていた。
「アンジュ、今日は楽しかったか?」
「うん。でも、もっとあくしょんみたかった」
そうだな。本当はもっとヒーローショーばりに、飛んだり、跳ねたり、回転したりするんだそうだが、今回は格闘がメインだった。
それはそれで面白かったのだが、『○が如く』でも見ている気分になったよ。
そして、仕事がまだあるのだろう。
俺と一緒に帰ろうとした萌歌さんが同僚の保育士さん二人に連行されていった。
「また見たい!」
「そうだな」
だが、なぜか怪獣の中身がヤマなんとかさんじゃないのに、毎回俺ばっかり拉致されるのは、一体なんなんだろうな。
その度にアンジュがステージで先頭にいるのだった。
もしや、小さく転移してはいないだろうな?
それを俺が確かめる術はなかった。




