55 こっちのが早いわよ
感慨に耽っていると、目の前に天嶺さんの顔があった。
この人、たまに距離感バグってるよな。
「アンタ、ほんと女装向けの顔してるわよね。スキンケアとかした方がいいわよ」
「いや、もうしないですって」
「もったいない」
天嶺さんは、頼んでもないのに、タブレットを出して、オススメのスキンケア用品のページを見せてきた。
まぁ、ちょっと快感だったってのはあるが、言ったら何回もさせられそうだから言わない。
それにティナなんてずっと俺の写真ばっかり撮っていたしな。ローアングルで。
「と、亨はもっとかっこいい衣装のがいいわよ」
「お?」「おー」
天嶺さんとアンジュが揃って反応を示した。
「分かったわ。そういうの作ってくるわね」
取り出したタブレットで何かを調べ始めた天嶺さん。
しかし、アイリさん全然起きてこないな。
あ、そうだ。アイリさんの話聞いて思ったんだ。
「なぁエレナ」
「ん、どうしたの?」
「エレナって、アイリさんの妹なんだよな」
「どういう意味よ」
「いや、だってねぇ……」
成績優秀なアイリさんと、謎の数式を書くアンジュ。エレナもそうである可能性がある。
それに、ちょっと教えただけで、塾の模試一位だもんな。
「あのねぇ、夏休み前の期末テスト、わたし学年一位だったのよ?」
「初耳なんだが」
「初めて言ったもん」
「ほらね。メリーの一族は優秀でしょう?」
天嶺さんがタブレットから目を離さずに答えた。
「じゃあ、そこの数式分かる?」
壁に貼ってある、アンジュの書いた数式だ。
「なーんか見た覚えがあるのよねぇ。まぁ、メリーの一族で使う数式と学校で習う数式って微妙に違うから、覚えるの大変で……」
目を細めて凝視するエレナ。
やはり、それはメリー一族の何かを示す数式なんだな。
でも、アイリさんも何も言わないし、子供の時だけしか見えないとかなんだろうか……。
それを聞きたくて、振り返ると、今度こそアンジュはいなかった。
「あれ……」
エレナと天嶺さんもアンジュのいた方を見た。
エレナは何か美味しいものが食べられると思ったのか、口角を上げた。
天嶺さんは何かを考えるように、顎に手をやり、バッグの中をまさぐった。
そして、アンジュからLINEで画像が送られてきた。
そこには、何人かのコスプレイヤーさんと一緒に写っていた。
「どこだよここ……」
「あー、それ、あたいが参加しようと思ってたところだわ」
「え?」
「じゃあ、行きましょうか」
エレナがワクワクし始めた。
「今日行こうと思って予約してたのよ。ちょうどいいわね」
「え?」
天嶺さんはハーネスをつけ始めた。
そして、ベランダのドアを開けた。
「こっちのが早いわよ」
「「え?」」
そこからの天嶺さんは早かった。
俺にもハーネスを取り付けると、そのままの勢いでベランダから飛び出した。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ────────────────────………………………………………………」
ものの数分で着いた。
「もう、そんな泣かなくてもいいじゃない」
「お、俺の顔ついてる? ついてりゅ?」
別に泣いてはいない。あまりの空圧に身体がバラバラになってないことの方が奇跡だ。
辺りを見回すと、どうやら、どこかのひまわり畑だった。
そして、天嶺さんは射命○文の別コスをしていた。
周りは少し騒がしくなっていた。
「さっきの轟音なんだったんだろうね?」「ね。凄い音したよね」「空気が裂けるような感じ?」「でも、すぐそこで止まったよね」
そして、そんなざわめきの中、ひまわりの中からアンジュが出てきた。
「おー! おむかえ、さいそくきろく!」
「えへへー。早いでしょう?」
「ばくそく!」
「ほら、アンタも立って……」
いや、無理っす。スライムくらいの粘度しかないので、立っても頽れちゃいますね。
それからしばらく天嶺さんはコスプレを楽しんでいた。
無理矢理俺にカメラを渡して、撮影会をさせられた。
帰りに協力金箱にお札を何枚も入れていた。
「アンジュもびゅーんでかえりたい」
「さすがに今日は無理だから、また今度ね」
「ざんねんー」
一緒に飛ぶなんて言われたらどうなっていたか……。
「もう、そんなんじゃ帰れないわよね」
そこから家までは黒塗りのハイヤーで帰宅した。
この人だけほんと、規格外だよ。
そして、その後帰宅して、アイリさん、エレナ、アンジュと五人で焼肉屋に向かった。
なんでも、爆速で連れて行ったこと、エレナを放置したことのお詫びだそうだ。
そういうところはきっちりしているんだよな。
でも正直、俺全然食欲ないんだよな。
「天嶺ー、上ミノ食べたい」
「いいわよー」
「お姉様、わたしシャトーブリアンがいい」
「好きなだけ頼んでいいわよー」
「つぼじゅけはらみ」
「じゃんじゃん頼んじゃいなさい」
みんなよく食べるなぁ……。
「あ、アンタもさ……」
「いやぁ、いいっすわ」
「ほら、アイスとかは?」
「うーん」
一週間後、俺は5キロほど体重が減ったのだった。
*
その日の帰り道──
アイリと天嶺が少し後ろを歩いていた。
「あ、あのさ……」
アイリが、少し言葉を選ぶように切り出した。
「なに?」
「その、ああいうの、出来ればやめてほしいんだけど」
天嶺は、一瞬何を言われたか分からなかった。
「ああ、ごめんごめん。さすがに空飛んでくのはやり過ぎたよね」
「え? あ、ああそれもだけど……」
「え、違うの?」
どこか煮え切らない反応のアイリ。
今までこんな風になっていることなどあっただろうかとアイリを見る。
「すー、はー……」
深呼吸したアイリ。お酒と焼き肉の匂いが残っていた。
「あのね、家でああいう恥ずかしいこと言うのやめてよね」
アイリは顔を真っ赤っかにして、横を向いてしまった。
天嶺はそれを見て、一瞬何が起きたのか理解できなかった。
「へ、部屋出れなくて困ったんだからね、もう……」
酔っているからなのか、いつもの話し方ではないが、その反応だけで十分だった。
天嶺は、アイリがとても愛おしくなり抱きついた。
「ちょ、暑いから抱きつかないでよー」
「いいじゃない。こんな可愛いアイリ見せつけられたら、ほっとけないわ」
「だから、やめっ……」
「焼き肉奢ったでしょ」
「それとこれは別」と言いかけて、そのままアイリは受け入れた。
その反応が新鮮だったのか、天嶺はアイリのマンションに着くまで、そのまま抱きついていたのだった。
やけに肌がテカテカしていたので、焼き肉の食べ過ぎだと亨とエレナに勘違いされ、「早めにお風呂入った方がいいですよ」と言われた。
「そ、そうね。そうするわ」
天嶺は、下手に反論せず、そのまま頷いたのだった。
ちなみにアイリは、帰って早々にソファに顔から突っ伏して寝てしまった。




