54 迎えに行くのって大変よね
コミケの翌日、天嶺さんがまたやってきた。
「今日はどうしたんですか? アイリさんなら、まだ寝てますよ」
ちなみにエレナは塾に行っている。
夏休み中でもしっかり勉強している。
「何よ。なんも無いのに来ちゃダメなの?」
「ダメってわけじゃないですけど」
そこにアンジュがやってきて、天嶺さんに向かって手を突き出した。
「ますぱー」
アンジュは気に入ったのかミニ八卦炉を持って、言っている。
あの日は、一体何回言ったんだろうな。
アンジュを抱きかかえて、椅子に座らせた。
「アンタ、結構子煩悩よね」
「そうですか?」
「そうよ」
俺が出したお茶を飲みながら淡々と言う。
「まぁでも分かるわ。迎え行くのって大変よね」
「え?」
なんてことはないといった感じで言う天嶺さん。
「なんでって顔してるわね。分かるわよ。だって、アイリがエレナちゃんのこと迎えに行ってたの知ってるんだもの」
迎えに行ってたってことは十年くらい前だよな。
「あたいたちが高校生の時でね」
「え、待ってください」
「どうしたのよ」
「え、高校? 高校の時なんですか?」
「そうよ。アイリったらすごい成績優秀でね。学年一位だったの。特に数学なんて凄くて、数学オリンピックで三年連続優勝よ。しかもほぼ満点で。誰も成し遂げてないわ」
あれが? とても想像できない……。
「まぁ、そんなすごいアイリなんだけど、エレナちゃんが能力に目覚めてからはよく迎えに行ってて、成績優秀なのに、出席日数で落第しそうになったのよね。あ、これ内緒よ」
そんなのエレナに言えるわけないんですけどね。
しかし、アイリさんのこととなると、うっとりした表情で言うなぁ。
「生徒会長になれば良かったのにね。まぁ、やってる余裕なんてないでしょうけどね」
「ちなみにどこの高校なんですか?」
「ん? 陽開学院高校よ」
偏差値77くらいあるとこじゃん。上から数えて二、三番目くらいのところだよな。
エレナが狙ってる英愛よりもさらに上。官僚になる人が行くような場所だ。
あのアイリさんがそんなところに……。
人って見かけによらないな。
「天嶺さんも同じ学校なんですか?」
「そうよー。みんな同期。美晴も結子もね」
なるほど。道理で同期会をやっているのか。
「大学とか行こうと思わなかったんですか?」
そんなに成績優秀なら行ってもおかしくないのに。
天嶺さんはおかしそうに笑った。
「もう学ぶことがないのに行く必要ないでしょう? 行ってどうするの? モラトリアムを謳歌するの?」
「あ、いや……」
ちょっと言い返せないわ。
「それに、アイリが生活費稼ぐために就職したんだもの。あたいたちがホゲホゲと大学行っても仕方ないでしょう?」
おどけたように言うのに、その顔は真剣そのものだった。
アンジュもなぜか真面目に聞いていた。
「まぁ、そういうこともあったから、おかしなことしても許してあげてね?」
「天嶺さんのコスプレもですか?」
「これは元から」
自信満々に言い切った。
「で、今日は新しい衣装合わせをね……って、どうしたの?」
話の落差が酷すぎて、机に突っ伏してしまった。
「今回は原神かブルアカを……。今、ひまわり畑で撮影が……」
カバンをゴソゴソし出す天嶺さん。正直もうやる予定ないんだが……。
話題を変えなければ……。
「あ、あの……」
「どうしたの?」
「なんで、保険会社に就職したんですか? 他にも色々あったんじゃ」
「あぁ……」
天嶺さんはカバンから手を出すと、放り投げるような仕草で答えてくれた。
「アイリがファーストライフに就職したからよ」
「はあ。一緒の会社に行こうとか思わなかったんですか?」
あんなにアイリさん好きなら、真っ先にそうしそうなものなのにな。
「当時は今以上にライバル視してたし。だから、今の会社に入る時に、面接で言ったもん。『あたいのライバルがファーストライフに入ったのでここを希望しました』ってね」
その行動力と理由がすごい。
他の二人もそうなんだろうか。
「それが、あれよあれよと出世していくんだもん。追いかけるのがやっとよ。ほんとアイリは凄いわ」
やっぱアイリさん凄いんだな。コミュ力高いし、天職なのでは?
……そこで、軽くスルーしていたことを思い出した。
「あの……」
「なあに?」
「十年前に高校生って、今いくつなんですか?」
「アンタ、女性に歳を聞くんじゃないわよ。まぁいいけど。二十五よ。あ、アイリは誕生日過ぎてるから二十六ね」
嘘だろ。成績優秀すぎるだろ。
俺、ずっと三十代だと思ってた。それも四十に片足突っ込んでるくらいの。
これは、墓まで持って行こう。言ったら百パーセント殺される。
そう思って、かぶりを振った時に気づいた。アンジュがいない。
「あれ、転移しちゃった?」
「みたいです」
一体なんのトリガーがあったのだろうか……。
アンジュからはまだ連絡がない。
そんな時に、エレナが帰ってきた。
「ただいまー……って、げぇ……」
「あら、おかえりー」
「なんでいるのよ」
「なんでって、次回のコスプレの打ち合わせ?」
「コスプレー」
あまりに視野狭窄だった。アンジュは転移じゃなくて、トイレに行っていたようだ。
アンジュはコスプレがお気に召したのか、両手を上げて飛び跳ねている。
まぁ、小さい子ってああいう衣装着るの好きだもんな。
そういえば、環と操も小さい頃、お姫様みたいな衣装着ていたな。
そんなことを思い出していた。




