49 式はいつなんだ?
お盆休みまであと少しといったころ─────
「アイリさんも仕事大変ですね」
「まぁ、休み前だしねー」
晩酌の用意をしながら、労うように言った。
「まぁ、あと少しの辛抱だしね」
「休み中も電話かかって来たりするんですか?」
「まぁ、その時はその時ね。まぁ今のところあんまり無いし、原因作ったやつには物理的に退場してもらうわ」
一気に寒くなった。
まぁ、こんなんでもメリーさんだしな。
「しかし、亨ちゃんもあたしの食の好み分かってきたわね」
「ええ。これくらいしかできませんから」
「いや、すっごく助かってるのよ?」
「そうですか?」
「そうよー。だって、二日酔いにならないし、翌日も胃もたれしないし」
前は浴びるように飲んでいたからな。
だが、まぁ大したことはしていないんだけどな。
「それにしても、料理上手いわよね」
「前は居酒屋でバイトしてましたからね」
「いや、それだけでこんなには上手くならないでしょう?」
「そんなにおだてても、お酒はこれで終わりです」
「ちぇー」
俺も学習したからな。気を良くしてお酒をせがむからな。
料理を出しながら、気になることを聞いた。
「そういえば、里帰りとかしないんですか?」
「しないわねー」
「そうなんですか?」
「うん。小さい頃にこっち来たから、こっちが実家みたいなもんだし、実家はもう無いし」
「あ、ごめんなさい」
「いや、うちの両親が海外回ってるから、家売っちゃったの。基本アメリカにいるし」
「あ、そうなんですね」
「うん」
前にも聞いたな。アメリカで何かやっているって。
結局よく分からなかったけど。
「それは、ご両親で?」
「そうね。たまーにメッセージ届くくらい。まぁ、社会人になったらそんなもんじゃない?」
「うーん。どうなんですかね」
そもそもうちは、そんなやりとりしていないからな。
仲が悪いんじゃなくて、スマホの使い方がよく分からないんだそうだ。
親父なんて、いまだにガラケーだしな。
「逆に、亨ちゃんは帰ろうとか思わないの? 一日くらいは大丈夫よ?」
「いや、環と操がよく来るんで、そういう感じはないですね」
それに、一日放置しただけで、ひどいことになりそうなのは目に見えているからな。
「ちなみにどの辺なの?」
「武蔵境ですね」
「なんで一人暮らししてたのよ。その距離なら実家から通った方がよくない?」
「まぁ、一人暮らしに憧れて。でも、家賃を見て行ったら、あそこだけ異様に安くて」
「あぁ、あの部屋ね。幽霊いたもんね」
「ん?」
「いや、事故物件でしょ?」
初耳なんだが……。
窓の方を見る。
向かいには俺が住んでいたアパートがある。
一気に寒くなった。外はまだ二十八度もあるのに。
「ちなみにどんな幽霊だったんですか?」
「知らないわよ。あたし、幽霊見えないし。ただ、いるなーってのは分かるだけで」
逆に怖い。
「まぁ、こういう仕事してるとね、そういうのに遭遇する機会も多いっていうか……」
どうしよう。用意した冷やし中華がいつも以上に冷たく感じる。
エレナとアンジュは先にご飯を済ませて、お風呂に入っている。
今、ここにいなくて本当に良かったと思う。
「そういえば、ご両親に挨拶に行った方がいいわよね?」
「え、別にいいですよ。環がもう伝えてますし」
「でもほら、やっぱりお世話になってるし」
本当は、俺が世話になっているんだけどな。
そうして、翌日─────
なぜか、俺の家に来たわけで。
アイリさんは外出と言ってきたそうだ。
こんな暑いのに、わざわざスーツ姿でいる。
そして、意味がわからないのは、エレナは夏服の制服で、アンジュはお出かけ用の礼服を着ている。
俺もなぜかスーツを用意されていた。
自分の家に帰るのに、どうしてこんな正装をする必要が……。
そして、なぜか、親父とお袋の前で、正座で座っているんだが、これは一体……。
「お義父様、お義母様、いつも亨さんにはお世話になっております。わたくし、海道・メリー・愛理と申します」
「エレナですわ。お義父様、お義母様」
「あんじゅでしゅ」
「まぁまぁご丁寧にどうも。わたしは、亨の母で十和子っていいます」
「父の寿史です」
なんで、こんな結婚前の挨拶みたいなことを……。
「じゃあお寿司でも取ろうか」
「え、いいんですか?」
「もちろんだとも。亨がお世話になっていることだしな」
「わーい。おしゅしだいしゅきー」
「いっぱいとるからねー」
一体どうしてこんなことに。しかもこれ夢じゃないんだよな。
外堀を重機で埋められていく。
なんなら天守閣までクレーンで崩されてるレベルだ。
だが、和気藹々としているだけで、全く話が進まない。
そして、ある程度食べ終わり、お茶を飲んでいるころ、それは起こった。
親父とお袋が少し下がって、土下座した。
「こんな息子ですが、末長くよろしくお願いします」
「ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうかもらってやってください」
「お義父様、お義母様、頭をあげてください。それはこちらが言うことですよ」
「だが、こうして来てくれたんです。頭を下げるのは当然でしょう」
アイリさんもエレナもアンジュも頭を下げている。
俺一人、この状況についていけない。
そして、親父は俺に、「少ないけど」と、お札の入った封筒を渡した。
「親父……」
「俺に出来ることなんてこれくらいしかないからな」
「いや……」
「いいから、受け取っておけ。何かと入り用だろ?」
いや、だから多すぎるんだって。
そのまま、頑なに押し付けてきたので、受け取った。
まぁ、何かあった時用に取っておこう。
そして、決定的な言葉を聞けないまま、お家訪問は終了した。
見えなくなるまで、親父とお袋は手を振っていた。
「ふぅ。ご両親への挨拶ってこれでいいわよね?」
「俺思うんですけど、絶対に誤解されてると思いますよ?」
「え、どんな風に?」
「あれ、結婚の挨拶ですよね? 言葉はありませんでしたけど」
「またまたー」
「そんなわけないでしょ」
「しょ!」
三人ともただの挨拶だと思っているらしい。
その後、珍しくお袋から電話があった。
『式はいつなんだ?』と。
その後、誤解を解くのにかなりの労力を要したのは言うまでもない。
そして、なぜか俺がヒモをやっているって話になり、その誤解を解くのにもかなりの時間を要するのだった。




