46 わたしの好きな人なの……
それはエレナがいつものように食べ物を求めてコンビニへ向かっていた時だった。
夏休みに入り、いつも以上にお菓子やアイスを食べているため、亨から制限されているのだ。
幸い、お小遣いは多めに貰っているため、亨にバレないように外で食べることにしているのだ。
夏の茹だるような暑さよりも食欲を優先しており、日中外を歩くだけでも、汗をかなりかくため、摂取カロリーはマイナスだと自認していた。
そんなエレナは今、最大の危機を迎えている。
なぜならば、中学での友人に捕まったからだ。
いつもなら他愛ない話をする程度なのだが、今回は違った。
先日の夏祭りに、亨と手を繋いで歩いていたところを目撃されたからだ。
エレナは逃げようとしたのだが、コーヒーとスイーツを奢ると言われ、断腸の思いで観念する方に決めたのだった。
「で、あれは誰なん?」
そう言ったのは、エレナの友人である秋山巡。
ボーイッシュな風貌で髪の毛はショートカットにしている。
この夏の間にいろんなところへ行ったのか、肌も小麦色に焼けていた。
服装もラフで、バムバッグをかけていた。
エレナの前にはでらたっぷりサイズのアイスオーレ、クロネージュ、ミックストースト、エビカツパンが並んでいた。
もちろんモーニングもある。山食パンにゆで玉子だ。
なぜこんなにも用意するのか。
それは彼女たちがお金持ちだからではない。
これだけの対価を払うに値すると見抜いているからだ。
その証拠に二人はアイスコーヒーしか頼んでいない。
巡は今後の御朱印巡りの計画を見直さなければならなくなったのだが、目の前の人物のこととなれば瑣末なことだった。
「ほら、遠慮しないで、ね?」
そう震える手で勧めたのは、エレナと小学生時代からの友人である冬室礼奈だった。
巡とは対照的に一切日焼けしたくないという意思を感じる服装だ。
ロングスリーブのワンピースにアームカバーとレースの手袋。
足もレギンスを履いており、逆に暑苦しく見えた。
髪の毛はハーフアップにしており、見た目だけはお嬢様感が漂っていた。
もっとも、この支出で、今回のコミケでの購入予定のものを見直す必要に駆られたが、礼奈としても瑣末なことだった。
「あ、うん。ありがと」
おずおずとモーニングから手に取るが、みるみるうちに食べ物が消えていった。
一体この細い身体のどこに入るのかと、改めて思い知らされたのだった。
「で、この前の彼。誰なの?」
礼奈が問う。
これだけのお金を費やしたのだ。まともな回答が得られるまで帰す気はなかった。
それに、今まで家が汚部屋だからという理由で家に呼んでくれなかったのだ。
それが、どうしたことだろうか。
そう問うた瞬間に顔を朱らめて俯いてしまった。
まだ、食べ物は残っている。
そんなエレナが、食べずに恥じらう。これは世紀の大スクープである。
そして、黙ってはぐらかすのかと思ったが、エレナは小さくだが答えてくれた。
「わたしの好きな人なの……」
「「……………………」」
求めていた答えであった。
聞きたかった答えであった。
それが、エレナの口からすぐに出てきたのだ。
二人とも一瞬、何を言われたのか分からなかった。
それ故に、黙ってしまって反応の初動が遅れてしまった。
巡と礼奈は互いに顔を見合わせ、互いにほっぺたをつねった。
「「いたい」」
どうやら夢ではなかった。
夢ではないということは、散財も現実なわけで。
真っ先に回復したのは巡だった。
「えっと、どんな人なの?」
「料理作ってくれて、洗濯してくれて、掃除してくれて、アンジュのお世話とお迎えしてくれて、勉強教えてくれる人」
「家庭教師?」
「いや、ヘルパーさん?」
「亨は大学生よ」
エレナも状況をよく分かっていないのだろう。簡単に情報を言っていく。
二人はガタッと席を立った。それほどの衝撃だった。
「待って、大学生!?」
「大学生と付き合ってんの?」
二人とも色めき立った。
「ど、どうやって出会ったの?」
「お姉ちゃんが連れてきて」
「え、待って。お姉さんの彼氏さん?」
「待って、情報が追いつかない。え、二股?」
間違ったことは言っていないのだが、説明の足らなさが問題だった。
そもそもエレナは見た目だけなら、学校でもトップである。
狙っていない男子などいないし、その付き合いやすさから男女問わず友人も多い。
それが、こんなスキャンダルが舞い込んできたのだ。
生徒集会が夏休み明けに開かれてもおかしくない。
「や、違うの。まだ、わたしの一方的な思いで」
「え、片思いってこと?」
「えー、それなのに手を繋いだの?」
「そう。……わたしから手を繋いだの」
「「きゃー!!」」
二人はあまりの衝撃にのけぞってしまった。
そしてオーバーヒートしたのか、湯気が出ていた。
アイスコーヒーでクールダウンするが、足らなかった。
しかし、エレナのあまりのウブさに二人ともお腹いっぱいで、これ以上聞くことが出来なかった。
もっと根掘り葉掘り聞く気が、エレナがすぐに白状したために予定が狂ってしまったのだった。
気がつけば、エレナの目の前にあった食べ物は無くなっていた。
「ごちそうさま」
「「こちらこそ、ごちそうさま……」」
そうして、這々の体で二人は帰っていった。
エレナもたくさん食べられて満足したのか、家に帰ることにした。
「おっ、おかえりー」
家に帰るといい匂いがした。
「何か作ったの?」
「いや、最近お菓子とか禁止してて、お腹空いてるんじゃないかって思って、簡単なもんだけどスイーツ作ったんだ」
匂いの元を辿り、冷蔵庫を開けると、プリンとパンナコッタ。そして、焼き菓子としてクッキーがあった。
「食べるか? コーヒーか紅茶淹れるけど」
「食べる!」
エレナは元気よく返事したのだが、その時、亨のスマホにアンジュから連絡が入ったため、迎えにいくことになった。
エレナは当然ついていくのだが、亨が心配した。
「すまんな。お腹空いてないか?」
「大丈夫よ。それよりも早くアンジュ迎えに行かないと」
ほんのりと朱い顔でそう言った。
「(それに、まだお腹いっぱいだし……)」
それでもクッキーだけは袋に入れて持って行ったのだった。
向かう途中で別の友人に目撃されるのだが、それはまた別の話。




