36 メリーさん……
最悪だ。
まさかティナにまでうちがバレるとは。
金曜日の夜。
夕飯の準備をしている時だ。
チャイムが鳴ったので、てっきりアイリさんが何かネットで頼んだものが届いたと思って、よく確認せずに開けたらティナがいた。
すぐさま閉めようとしたら、足先を挟んでドアを無理矢理こじ開けて、中へ入ってきた。
後ろには紗季もいて、俺に向かってペコペコ頭を下げていた。意外だ。
ティナの脱ぎ散らかした靴を直してから、「お邪魔しますぞ」と、いつもの口調で入っていった。
俺も中へ戻るとティナの膝の上にはアンジュがいた。
アイリさんは、今日は残業で遅くなるのでいない。
エレナも今日は塾だ。
つまり、俺の味方をしてくれる人はいない。
アンジュもティナ相手だと裏切るし。
「どこへ行くの?」
「あ、いや……お茶でも……って」
「いらないわ。ほら、席に着きなさい」
「俺なんも悪いことしてないんだけどな」
「まだ、説明受けてないから」
「えーっと、桃原さんも?」
「面白そうだったので……」
なんとも歯切れが悪い。
「では、この前わたしの研究室にいたのと、プールの時に一人でいた理由を教えてもらおうかしら?」
研究室の件は紗季も初耳だったらしい。すぐにティナの方を向いた。
アンジュも裁判官気取りで「こたえなしゃい」と言っている。
アンジュに関することなんだがな。
だが、お湯を沸かすのに火をかけていたのを思い出して、急いでキッチンへ向かった。
幸い沸騰直前だった。
今日は作れそうにない気がして、ガスの元栓も閉めた。
リビングへ戻ると、ティナと紗季の二人が狼狽えていた。
「あ、そっちにアンジュちゃん行かなかった?」
「いや、来てないぞ」
「じゃ、じゃあどこに」
「どうしたんだよ」
この慌て方は尋常じゃない。
「あなたがキッチンへ向かった時に目を離したらアンジュちゃんがいなかったのよ」
「あっしも気づかなかったですぞ。何せ、ずっとティナ殿の膝の上にいたのですからな」
なるほど。
今日は何がトリガーになったかは分からないが、そろそろ来てるはずだ。
俺はスマホを手に取る。
「け、警察呼ぶの早くない?」
「そ、そうですぞ。そもそも我らは何にもしてないわけで」
「あー、いいから、いいから」
スマホから目線を離さずに答える。
そこには綺麗な夜景をバックにアンジュが写っていた。
今回も誰かにお願いして撮ってもらったんだろうな。
ピースサインしながらテイクアウトしたであろうドリンクを持っている。
「待って、え……これどういうこと?」
「こ、これは前に撮ったものですかな?」
俺のスマホを覗き込むティナと紗季。
「いや、多分さっきだな」
そう言うと、絶句して呆然とする二人。
科学とか得意だからこそ、オカルトに耐性がないのかもしれない。
「で、どうするの?」
「そりゃあ迎えに行くけど」
「嘘でしょ?」
嘘も何も事実だしなぁ。
「別に信じないならいいぞ」
「……わたしもいく」
「あ、あああ……あっしも」
電車や地下鉄を乗り継いで、目的地へ向かう。
直接行ける地下鉄ないのな。
駅からも少し歩くし。
まあ、二人とも移動中いろいろ聞いてこなくて助かったよ。
チケットを買って、エレベーターに乗る。
この時点で二人の顔は完全に疑っていた。
そして、エレベーターのドアが開くと、アンジュが「ずずずずー」と飲み物の残りを最大に啜っている最中だった。
「お待たせ」
「まったー」
「「え? え?」」
その様子に二人はただただ困惑するのだった。
「じゃ、帰ろっか」
「や。まだ、やけーみるの」
「仕方ないな」
そう言ってアンジュの後をついていく。
「ちょ、ちょっと待ちなさい」
「そ、そう……ですぞ」
「これが説明できるとでも?」
「くっ」「……」
まぁ、しようと思えばできるんだが、ティナと紗季的には自分で解いてみたいだろうしな。
だから、敢えて言わない。
「メリーさん……」
「て、ティナどの?」
「あ、いや……。それなら可能性はなくもないかなって。でも、あれは……」
凄いな。すぐそこまで辿り着けるなんてな。
もしかしたら、アンジュが見せて分からせようと敢えて転移したのかもしれない。
そんなアンジュは窓に張りつくようにして、夜景をじーっと見ていた。
気がつけば、ティナと紗季も黙って夜景を見ていた。
「お金払ってるんだもの。見ないと損よね」
結構、そういうところは現実的なんだな。
「あっし、東京タワー初めてですぞ」
「俺もだよ」
「アンジュも!」
「実はわたしもなのよね」
「じゃあ、アンジュに感謝だな」
「そうね」「そうですな」
その時、アイリさんから用があったのか、メッセージが届いた。
『亨ちゃん、今どこ→』
こんな漠然としたメッセージが来るのは初めてじゃないだろうか?
『←東京タワーにいます』
『なら、好都合だわ。新橋で飲んでるから来なさい→』
気がつけば、ティナと紗季が俺のスマホを覗いていた。
「何、これから飲みに行くの?」
「多分、酔ってるからタクシーかなんか呼んでほしいんだと思う」
「ふーん」
「な、なんだよ」
「タクシーなら丁度いいわね。わたしも乗せてって」
真顔でとんでもないことを言い出した。
「あ、あっしは帰りの方向違うので、この辺で。大田区なんで。ではでは」
紗季は空気が読めるらしい。
ティナと一緒にいたらそうなるか。
さて、十分に夜景を楽しんだだろう。
アンジュを抱きかかえて、アイリさんの飲んでる場所へと向かった。
まさか、あんなことになるとは思わなかった。




