03 誤射。
朝、身体の痛さと空腹で起きる。
そういえば、昨日は何も食べていなかった。
スマホを開くと、六時半だった。
いつもより早く起きてしまった。
例の女性はどうしたろうかとベッドの方を見ると、苦悶の表情を浮かべていた。
「頭いたい…」
二日酔いだな。どんな飲み方したんだよ、全く。
流しでコップに水を汲んでテーブルの上に置いておく。
のそのそと、まるでどこかのホラー映画のような動きでテーブルまで這い出てきた。
液体なのか? と思うように、器用にテーブルに乗っかって水を飲み出した。
ぐうたらにも程がある。
飲み終わると、俺の方を見て不思議そうな顔をした。
そして開口一番にとんでもないことを口走った。
「え、私お持ち帰りされたの?」
まじで張り倒してやろうかこいつ。
俺は事の顛末を語って聞かせた。
青い顔でもするのかと思ったら、うつらうつらとし始めた。
またぞろ寝るんかと思ったら、そのまま土下座した。あの予備動作はなんなんだ……。
「ほんっとにごめんなさい」
まぁ、謝ってくれたなら……。
そっと顔を上げる女性。
「本当にごめんなさい。決まりかけてた仕事をライバル企業に取られて、飲まなきゃやってられなかったの」
社会人て大変だな。
「だからいつもの感覚でやっちゃって……」
その瞬間『ぐぅ』という音が聞こえた。
その女性は特に恥ずかしがる様子もなく俺に聞いてきた。
「ねぇご飯はないの?」
普通、こういう時って迷惑かけた代わりに勝手に朝ごはん作るもんなんじゃないの?
何で催促されてんだ俺……。
「ほら」と言いながら俺を台所へ押す。これは作らないとダメな流れだな。
「あぁ〜生き返るぅ。あんた料理上手ね」
箸で俺を指す女性。行儀が悪い。
ご飯と大根の味噌汁と目玉焼きとソーセージを焼いただけなんだが。あと、パックに入った漬物を出しただけだ。
大学生に料理のレパートリーを求めないでほしいが、まぁ文句言わずに食べてるからいいか。
「ところで…」
「何? あ、わたしは目玉焼きには醤油を」
「聞いてないです」
「え、じゃあ何?」
「こういう時って名乗るもんじゃないんですか?」
「あー……言ってなかった?」
「はい」
箸をテーブルに置いて、俺を真正面から見据える女性。
さっきまでとは別人のようだ。
「私は海道・メリー・愛理。アイリでいいわ」
あ、やっぱハーフなんだ。
「あ、俺は宇慶亨です」
「ん」
なんでそんな反応薄いんだよ。
しかし、『メリー』か。
「あの…昨日のアレは…」
「アレとは?」
「『貴女の後ろに』って言う、あの都市伝説的なやつです」
そこでメリーさんとやらはにっこりと笑った。
「私、メリーさんなんです」
「そうですね」
「あ、分かってませんね。ほら、よくホラーネタで言われるあのメリーさんです」
「……………」
マジか。でもメリーさんって少女だった気が。
メリーさんを上から下まで見たからだろうか、メリーさんはそんな俺に苦笑した。
「メリーってのは、まぁ一族的なもんだから」
「一族…あ、だからミドルネーム」
というか、メリーさんって普通に歳取るんだな。
「そ。これはうちの母が呪いが効かなかった父と結婚したからなのよ」
マジか。メリーさんって結婚するんだ。というか、そんな国際結婚みたいな感じなんだな。
そこからメリーさんは漬物をパリポリ食べながら、親の惚気話を語って聞かせてくれた。別に聞いてもないのに。
しかし、そこで俺は一つ思い至った。
つまり俺は呪われる対象であったと…。
「あの…」
「なぁに?」
「俺って何か呪われるようなことしました?」
「うーん。リストにあった通りなんだけど、法で裁かれない悪人をコロッとする感じ? でも、呪いが効かなかったのよねぇ」
スマホを取るメリーさん。
「うわ、何これ」
「ずっと鳴ってましたよ、それ」
メリーさんのスマホには家族からだろうか、LINEの通知と不在着信が多数残っていた。
「……まぁ、これは見なかったとして……」
視線を少しずらしてそんな事を言う。
メリーさんはスマホの画面をスワイプさせながら何かを探していた。
そして、指が止まる。
顔が青ざめ、やがて真っ白になる。
冷や汗がダラダラと流れ、顔色がみるみる悪くなっていく。
一体どうしたらそんなに焦るのだろうか。
そして、そっとスマホをテーブルに置いて、再び土下座するメリーさん。
「呪う相手を間違えました」
「今なんて?」
「ターゲットを間違えてしまいました」
「つまり、下手したら俺は死んでいた、と」
「はい。間違えても殺せちゃうので」
「………………………」
そこでメリーさんは顔を上げた。
「本来なら呪いは防げないはず。平然としているなんてあなたは一体……」
んなもん、俺が一番聞きたいよ。
でもまぁ、呪いじゃなくてゲロだからじゃないですかね?




