28 ちょうど六個ね
「せんせー」
十人ほどの園児たちが、とてとてと近づいてきた。
その中の一人が、代表するように口を開く。
「あら、どうしたの?」
「アンジュちゃん、またいなくなっちゃったー」
「てんいしたー」
「あらあらそうなのー?」
ほかの園児たちも、いつもの日常であるかのように口々に言った。
保育士である早乙女萌歌は、早速アンジュの転移した原因を調べるべく、一人の園児の元へ行き、目線を合わせるようにしゃがんで聞いた。
「大地くん。今日はアンジュちゃんとなんのお話したのかなー?」
「トト○みたー」
萌歌はそれだけ聞いて、大地くんの頭を軽く撫でると、準備を始めた。
情報が足りないが十分だ。
まず、他の先生への伝達だ。
「彩芽ちゃんごめん。あとお願い」
「またですか……」
同僚である栗花落彩芽へ仕事の引き継ぎだ。
そして、着替えだ。今日の為にいくつかの勝負衣装はロッカーへ入れてある。
そして、目的地へ移動中に亨へ連絡する。
「すいません、亨さん。またアンジュちゃんが転移しちゃいまして」
『あ、はい。毎回すいません。俺も今向かってます』
「えっ!?」
『え?』
「あ、いえ……。場所分かります?」
『はい。アンジュから自撮りが送られてきたので』
そうだったと萌歌は思う。
アンジュは転移後すぐに、亨へ連絡するのだ。
知らないはずがない。
「そ、そうですか。あ、わたしも向かってます」
『そうなんですか? いつもすいませんね』
「いえ!」
少し勢い余って返事をしてしまった萌歌。だが、亨は気づいていない。
「では、駅前で待ってます」
『あっはい』
通話を終了して駅まで足を早めた萌歌。
まさか、そんなに早く連絡しているとは思わなかったようだ。
「これは急いで行かないとダメね」
恋する乙女はダッシュで駅へと向かった。
*
大学から急いで向かった。
そして、いつもの駅で降りると、しっかりとおめかしした萌歌さんがいた。
この人、普段からこういう格好をしているんだろうか。
あ、いや……今はそんなこと考えてる場合じゃないな。
「じゃあ行きましょうか」
「そうですね」
駅から公園の中を通り例の場所へ向かう。
今回は近くで良かった。愛知県の方だったら、もっと時間がかかっただろう。
だが、向かってる途中でアンジュから連絡が入った。
その場で立ち止まり、送られてきたメッセージを読む。
『ダメだったー→』
「どうしたんですかね?」
「分かりませんが、急ぎましょう」
「そうですね」
なんのことか分からずに、急ぎ足で向かう。
ゲートの前に行くと、しょんぼりとしたアンジュが待っていた。
「あ、おにーちゃ」
「どうした?」
「よやくないとだめだっていわれたー」
あー……そうだな。ここは日時指定で予約必須だわ。
「まぁ、そういう日もあるさ」
「ざんねん」
ダメなものはダメと少しずつ覚えてくれるといいんだけどな。
「もう、心配かけちゃダメですよー」
「あ、せんせー。またでーと?」
「ちょ、アンジュ何を言って……」
「そうよー」
「ちょ!」
「まぁまぁ、ここは、アンジュちゃんのためにも乗っておきましょう」
いやいや、何を言って……。
そんな時、萌歌さんはある提案をした。
「あ、そうだ。せっかくだからあそこのシュークリーム買いに行きませんか?」
「シュークリーム?」
「ええ。会えなかったんですし、お菓子の方に会いにいってもいいですよね?」
そして、元来た道を戻り、例のお店へと向かった。
閉店時間ギリギリだったが、何とか店には入れた。ところが……。
「売り切れですね」
「ざんねん」
商品は残っていたが、すべて予約分らしい。
今度予約して買いに来るか。
そんな時、一人の人物が来店した。
「あら……」
それは意外な人物だった。
俺の通う早稲林大学の先進理工学部にいる、首席と噂されている鼻持ちならない天才の栗栖ティナだった。
その落ち着いた佇まいも見た目も、俺と同い年とは思えない。頭の出来も違うし。
「あなた見たことあるわね」
「そ、そうなの……か?」
意外だ。俺も遠くから見ただけだったのだが。
そう言ってティナは、俺とアンジュと萌歌さんを見る。
「どういう組み合わせなのよ……」
だが、アンジュが例のシュークリームのポスターをじーっと見ているのを見て、「ふっ」と笑うと、会計を済ませて、箱をアンジュに渡した。
「これが欲しかったんでしょ?」
「いーの?」
「ええ。わたし、お得意様だし?」
なんで疑問系なんだよ。
「まぁ、パパには自分で買ってって言っとくわ」
「あ、お金……」
「おごりよ。もちろん可愛い子がしょんぼりしてるの見るのつらいもの」
「でも……」
「じゃあ、今度顔貸して。聞きたいことあるのよ」
「そ、それでいいなら」
そう言って、自分用らしい別のスイーツを受け取ると、颯爽と去っていった。
もしかしたらいいやつなのかもしれない。
振り返ると、なぜか萌歌さんが「ぐぬぬ……」と悔しそうな顔をしていた。
「うちでお茶していきます?」
「はい」
秒で返事してきたな。まぁいいか。
栗栖には後で何かお礼しないといけないな。
うちへ帰ると、エレナが不満そうな顔をしていた。
そして、なぜか環と操も家に上がっていた。
「お兄ちゃん浮気?」
「違う」
「え、じゃあ彼女」
「違う」
「え?」
どうして萌歌さんが驚くんですかね?
そして、萌歌さんを囲んで、エレナ、環、操の四人でLINE交換を始めていた。
お茶を入れて、リビングに戻り、シュークリームの箱を開けると六個入っていた。
「ちょうど六個ね」
俺、アンジュ、エレナ、環、操、萌歌さん。
アイリさんの分は無かったことになっている。
「よくこれ買えたよね」
「いつもお昼には売り切れちゃうのにね」
「へー、そうなんだ」
「実は譲っていただきまして」
「そうなの?」
「ええ、女性の方に」
萌歌さんがそう言うと、環と操がニマニマしながら立ち上がり、俺の両側へ回り込んだ。
エレナはテーブルの下で、俺の脛を蹴る。
一体なんだっていうんだ。
そんな中、アンジュだけが嬉しそうにシュークリームを食べていた。
「アンジュ、俺のもあげるよ」
「ほんと! わーい」
「ちょ、話逸らさないでよ!」
「そうよ。その女の人は誰なのよ」
「聞くまで帰らないからね」
「では、わたしも解決するまでいますね」
原因は萌歌さんなんですけどね。
結局、アイリさんが帰ってくるまで、詰問は続き、アイリさんはシュークリームの件で俺をさらに問い詰めてきたのだった。




