24 きんつばもたべたい
アイリさんはお酒を頼むでもなく、脚を組むでもなく、膝の上で両手を握り合わせ、訥々と語り始めた。
それは、エレナがまだ小さく、各地へ転移していた頃の話だった。
アンジュは、まだ生まれたばかり。
両親は忙しかったのか、家にいない日の方が多かったらしい。
会社へ入ったばかりのアイリさんは、仕事のノルマと家事を抱え、二人を託児施設へ預けていた。
迎えに行けるのは、いつも日が暮れてからだったという。
帰ってから、料理を作ったり、いろいろしていた時に、エレナが転移を覚えたんだそう。
それからは、エレナを迎えに行っては、その土地で営業をする。
さすがに、生まれたばかりのアンジュまで連れて回ることはできず、その頃だけは両親が面倒を見ていたそうだ。
アンジュと違って、ほぼ毎日だから大変だっただろう。
ちなみに、ご両親は常に海外にいたらしい。
まじで、何をやっているのかは分からない。
「まぁ、メリー一族も人手が足りなくてねー。少子高齢化の波には勝てないっていうね」
「え!? メリーさんって少子高齢化なんて関係あるの?」
「あるわよ。大ありよ。あたしら分家にまで仕事が舞い込んでくるんだもの」
「そ、そうなんだ……」
アイリさんもあのゴスロリ着てやるんだろうか?
でも、俺の時は普通にスーツ姿だったよな。
「アイリさんもゴスロリ着るの?」
「あれ、パーツ多いから嫌。リボンとか安全ピンつきまくりだし、部位ごとにパーツ外れるし、何よりあたしにフリフリは似合わない」
「だって、あれってアイデンティティでしょ?」
「そうなのよね。本家からは着るように言われてるのよ。パニエとか広がってスースーするし」
また出たよ本家。それよりも衣装の指示があるんだな。
「やっぱりあれは、メリーさんの矜持みたいなものなんだ」
「んー、まぁ、そうね。まぁ分家によって着る色が指定されてるのよ」
「へー」
「うちは緑系ね」
「そうなんすね」
金髪に緑って結構合うよね。まぁ、アイリさんはともかくエレナは着る気なさそうだな。
大きくなったアンジュに期待かな。
「そういえば、親御さんって今何してるんです? 連絡とか取ってます?」
「取ってるわよ。確か……今は……アメリカでー……なんだっけ、アルファベットのつく……ETCいや、JCB違うわね。なんだっけRATM……SOADだったかな?」
最後二つはバンド名だな。
まぁいいや。
少し落ち着いたのか、俺の方を向いて話すようになった。
「で、まぁエレナが大変でねぇ」
「あ、分かります」
「そこは、分かってても、言わない方がいいわよ」
メッと俺のおでこを押した。
「それで、エレナってね、やたら高いところとか崖みたいな危ないところばっかり行ってね」
それは気が休まらないよな。
「それでまぁ、気晴らしに地方で競馬とか競輪とかやったら、ハマっちゃって」
ん?
「エレナが選ぶと結構当たったのよね。八割くらい?」
んん?
「営業もエレナ連れてくと、結構契約取れてね」
昭和の営業マンみたいなやり方してる……。
「それが、アンジュだと必ず当たるんだもの」
前言撤回。やっぱりダメだこの人。
でもまぁ、いろいろ限界だったんだろうな。
やることはやってるし。
エレナは塾に行かせるし、アンジュは保育園に行かせてる。
家計も支えてるし、空気も一応読める。
まぁ、競馬も趣味の範囲で済ませてるし、お小遣い内でやりくりして、他に致命的な迷惑…………は、まぁ、かけていないということで。
お酒に逃げるのは仕方ないし、人には向き不向きがある。
だから、まぁ、家事とかは俺が支えていこうと思うんだ。
いろいろ残念な形になったのも、やむにやまれない事情があったんだろう。
一応、ギリギリ立っていられた人なんだ。
そこは尊敬したいと思う。
そんなアイリさんは、俺を見て微笑んだ。
「まぁ、これからもよろしくね。頼りにしてるわ」
「はい」
そんなことを話していたら、富山を過ぎていた。
もう少しで金沢だ。
「あと少しで着くわね」
「そうですね」
駅に着いて、いつものようにレンタカーを借りる。
「亨ちゃん慣れてるわねぇ」
どうして、少し引いた感じで聞くんですかね?
チャイルドシートを無事取り付け終わると、呆然としていた。
「どうかしましたか?」
「あ、いや……。いいパパになれるわよ……」
「? ……ありがとう……ございます?」
そして競馬場へ向かうと、お馬さんのオブジェの前にアンジュがいた。
「アンジュお待たせー」「待たせたな」
「あいりねーちゃ、おにーちゃ」
無事で良かったよ。
しかし、最近はこういうものに興味を持つみたいだ。
この前のイカはリアルだったが、この馬はデフォルメされていてかわいいな。
その後、アイリさんが、アンジュを連れて、馬券売り場へと向かった。
「おい」
「いいからいいから」
アンジュもなぜか自信満々にしている。
胸をドンと叩いて見上げているが、いいのだろうか。
アイリさんの方へ顔を向けると、同じように鼻息荒くしていた。
結果はというと──
「アンジュちゃん大好きー」
「うおー」
流石に最終までいるわけにはいかないので、二レースほど馬券を買ったのだが、まさかこうしてお寿司を食べられることになるとは思わなかった。
「ほらほら、アンジュのお陰で勝てたのよー。好きなの頼みなさい」
「ほんとー」
「ほんとよー」
アンジュは目をキラキラと輝かせて、右から左へと一通り見回して、手を上げて言った。
「のどぐろー、ばいがい、しまえびー、あとなめらー」
「お嬢ちゃんすごいね」
板前さんもちょっとびっくりしている。
「じゃあ、あたしも同じので」
そうして、かなり食べても、まだ勝ち分は余裕で残っていた。
これはアイリさんもハマるわけだわ。
「「アンジュごちそうさまー」」
「おう!」
なぜか両腰に手を当て胸を張っている。
「きんつばもたべたい」
俺とアイリさんは顔を見合わせて、吹き出してしまった。
「仕方ないわね。とびきり美味しいお店知ってるの。行きましょう」
そうしてアイリさんおすすめの和菓子屋さんへと向かったのだった。




