17 別に隠していたわけじゃない
「おにいー、ねぇー、おにぃー、いるんでしょー、開けてよー」
アパートの部屋をドンドンと叩く女子高生。
ドアを叩く度にアホ毛がみょんみょんと揺れる。
「あれー、おかしいなぁ」
チャイムも鬼連打するが、出てくる様子はない。
その時、隣の住人が勢いよくドアを開けた。
「おい、うるせーぞ!」
「あ、すいません。あの、ここに住んでいた──」
「あ? そこの住人ならこの前、引っ越したよ」
「引っ越した?」
それだけ言うと、隣人はブツブツ言いながらドアを閉めた。
「(まさか刑事ドラマみたいなこと言う日がくるなんてなぁ…………)」
ドアが閉まって、暫く呆然と隣人のドアを見つめていた。
そして、ハッとして、スマホを取り出した。
「そうよ。これで連絡取れば良かったんだわ」
どこか抜けていた彼女は、スマホのアプリを起動させて、その人物に電話をかけた。
「どうした?」
「今、おにいの部屋の前にいるんだけど、なんか隣の人が引っ越したって言ってるんだけど、どういうこと!?」
「ああ……言うの忘れてたわ」
「は?」
一体、兄に引っ越し費用を捻出するほどのバイトの稼ぎがあっただろうかと、訝しんだ。
そもそもこんな時期に引っ越すこと自体がありえないと彼女は思った。
「で、どこに引っ越したのよ!」
つい、声も荒げようというもんだ。
「えっと、前にでかいマンションあるだろ?」
「え、ええ……」
「そこの409号室。エレベーターあるから、着いたらチャイム押して」
「は!? へ!?」
「じゃ」
そこで通話が切れた。
「へ? ちょ、ちょっと待ってよ!」
叫んでも既にアプリは終了している。
かけ直すのもなんだと思い、アパートの向かいのマンションに向き直る。
「ホントにここに?」
ヤバイことに片足突っ込んでいるんじゃないかと思いながらも、件の部屋へ向かった。
「かい……どう……?」
明らかに違う表札を見て、確信した。
ヒモになっていると。
一回深呼吸してから、チャイムを押した。
ものの数秒でドアが開いた。
「おう、環か」
目の前の人物はいつも通りに名前を呼んだ。
「おにい、説明してよね」
「?」
何が分からないのか、首を傾げた。
そして、疑惑は確信に変わった。
奥の方から金髪の美幼女がとてとてと歩いてきて、「おにーちゃ」と呼んだ。
これはもう、確実によくないことをしていると。
「上がらせてもらってもいい?」
こう言えば、何かボロを出すだろう。
だが、目の前の人物は「おう、いいぞ。入って入って」と、スリッパまで用意した。
大きく目を見張って、何度もスリッパと自分の兄を見てしまった。
*
俺の住んでいるマンションに妹の環がやってきた。
そう言えば、引っ越したのを言うのを忘れていた。
そして、どうしてここに住んでいるのかを説明しようとしたところで、環はとんでもないことを言いだした。
「おにいは、ヒモになったの?」
「待て」
「違うの?」
ある意味合ってると言えば、合ってるが、違う。断じて違う。
「じゃあもしかして、内縁の夫!?」
より大げさに言うから、腕の中のアンジュがビクッとしてしまった。
「そもそも、どうしておにいは幼女を抱っこしてるの?」
「幼女とか言うな。アンジュだ」
「〜〜〜〜〜〜!」
忙しいやつだな。
口をパクパクさせて目を見開いている。指をさすな、指を。
どう説明したものかな。
そう思ったところで、玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー」
どうやらエレナが塾から帰ってきたようだ。
そして、リビングに入ってくると、俺も驚いた。
エレナは、俺のもう一人の妹である操と一緒にいた。
「な、なんでお兄ちゃんもいるの?」
「操……」
環も操も戸惑っている。
だが、エレナは目をキラキラと輝かせていた。
「そ、それ英愛学園の制服よね!」
「えっ! え、ええ……」
「やっぱりかわいい」
かわいいと言われて悪い気はしないのだろう。
「ふふん」と言って、一回転した。変なところでちょろい。
だが、すぐに目的を思い出したのだろう。
「おにい、説明して」
「そうよ、お兄ちゃん。どうしてここにいるのか説明して」
状況を理解しないまま、操も同様に問いただしてきた。
「仕方ないな。エレナ、手洗いうがいしたか?」
「あ、行ってくるわ」
「ん。じゃあお茶淹れるわ」
「「??????????」」
ホラー映画なみに首を傾げる環と操。
それ、首の筋を違えないだろうか?
俺はアンジュをソファに優しく下ろすと、キッチンへと向かった。
「い、一体どういうことなの?」
「お、お兄ちゃんが、女の子と生活してる?」
「しかも自発的にお茶を淹れに行ったわ」
「それはうちでもやってたでしょ」
「あ、そっか」
「それより、女子を呼び捨てにしてることの方が問題よ」
二人とも立ったままきゃあきゃあ言っていた。
そんなところで立ってないで、座ったらいいのに。
お湯が沸いたので、少し冷ましてからお茶を淹れる。
この前買ってきたお菓子とおしぼりを併せて出した。
「ほら、とりあえず座ったら?」
信じられないものを見る目で俺を見る二人。
とてとてーとアンジュが来たので、抱っこして椅子に座らせる。
「「!?」」
だから、何をそんなに驚くのだろうか。
「ただいまー」
今度はアイリさんも帰ってきたようだ。
今日は残業とかなかったのだろう。
「あれー、誰か来てるのー?」
その声を聞いて、二人は俺を女の敵みたいな顔で見るのだった。




