15 食べられるの?
ご飯を食べて市場をぷらぷらと歩く。
美味しそうな匂いが漂う。
あんなに食べたのに、すぐにフラフラするエレナさん。
アイリさんも気がつけば、手に串焼きを持っている。
「ほらー、アンジュー」
「ありがとー」
「お姉ちゃん、わたしのは?」
「え?」
「え?」
そんな様子を嬉しそうに頬張りながら、アンジュちゃんが眺めていた。
「亨さーん」
こういう時だけ甘い声を出すエレナさん。
気付かないフリをしていたら、足を踏まれた。
「いってーな」
「美少女がお願いしてるんだから、買ってよ」
「自分で買えばいいじゃん」
「値段見たら、躊躇っちゃって」
分かる。高いよな。二の足踏むよな。
だからって、俺の足踏まなくてもよくない?
それから暫く歩く。
「そう言えば、水族館あったわよねー」
アイリさんが、ほろ酔い気分で言った。
「水族館?」
「そうそう。シーラカンス飾ってるの」
「みたーい!」
アンジュちゃんが両手を上げて、飛び跳ねる。
よし、行こう。
「で、どこにあるんです?」
「んー、こっち?」
「お姉ちゃんこっちよ」
アイリさんは酔うと、コンパスが壊れるらしい。
そして、やってきました深海水族館。
アイリさんがニコニコしながらチケットを買っている。
「んふふふー」
大丈夫かな。酔いが進んでないか?
「大人二枚と子供二枚でー」
「えっ!?」
子供二枚って、まぁ確かに子供みたいなところあるしな。
向こうの人も驚いている。
エレナさんも、子供に見えなくは……ないな。
中身は子供だが。
「いってぇ!」
だから、なんでつねるんだよ。
フグみたいな顔してないで、言葉で言ってくれ。
大人三枚、子供一枚のチケットを購入して中に入る。
シーラカンスは剥製と冷凍があるようだ。
他にも多種多様な深海の生物が展示されている。
「さっむぅ」
どうやら保存の為にかなり温度が低く設定されているらしい。
速攻で目が覚めたようだ。
「ねぇ、シーラカンスって美味しいの?」
エレナさんが、早速味について疑問を持ったようだ。
普通食べようとするかね?
「いや、知らないよ。というか、食べられるのかアレ?」
「さぁ。魚だから食べられるんじゃないの?」
なるほど。エレナさんは生物と家庭科もダメ、と。
「深海魚なんだから、美味しいんじゃないの?」
「なるほどー」
なるほどじゃないよ。というか、アイリさんは適当言ってないよな?
「そんな、深海魚全てが美味しい訳じゃないでしょうに」
「まぁ、そうよね」
「じゃあ、あのダイオウグソクムシは?」
「おっきいシャコみたいなもんなんじゃない?」
実際どうなのか分からないが、その感想はどうかと思う。
もしかしたら、まだ酔ってるのかもしれない。
それでも、食べられるかもって判断がおかしい。
「わー! すごーい。かっこいー!」
まぁ、アンジュちゃんが喜んでくれて何よりだよ。
しかし、シーラカンスやダイオウグソクムシに喜ぶ幼女とは……。
「じゃあ、メンダコはどうなのよ」
「こんなかわいいものを食べようだなんて、最低ね」
それは、水槽の前に置いてあるオブジェをしげしげ見ていた。
本物は今日は展示してないらしい。
もしかして、それが海の中にいるなんて思ってないだろうけど、アイリさんのことだ、信じている可能性もある。
「おー、めんだこー」
「ねー、かわいいわよねー」
「こんなのいたら飼っちゃうわよね」
……本物も、このオブジェみたいに海を泳いでいると思っているのかもしれないな。
まぁ、特にアイリさんに関しては、ここまでの流れを見てると、本気で海の中にいると思っていても不思議じゃない。
じゃなかったら、あんなにアンジュちゃんに勧める訳がない。
そうして、一時間ちょい水族館を楽しんだ。
そして、水族館を出て、再び市場でお魚を買うのだが……。
「これ美味しそうね」
「ね。買って行きましょ」
二人とも捌けるのか?
普段の生活を見ていると、切るのすら難しそうなんだが。
「なぁ、それ、捌けるの?」
「何言ってんの亨?」
「そうよー。変なこと聞くわねー」
「あ、ごめん。出来るんなら……」
「亨が捌いてよね」
「あたし達が出来るわけないでしょ」
ですよね。分かってた。
俺は、お魚さんをじーっと見ているアンジュちゃんで気持ちを相殺していた。
アンジュちゃんが選んだものを買おう。そう決めた。
「アンジュちゃんが選んだのを捌いてあげるぞ」
「ホントー! やったー」
「待ちなさい。おかしいじゃないそれ」
「おかしくはない。捌けないのに買うんじゃない」
「くっ……」
そう言って二人は切り身の方を選んだが、やはり惜しかったのだろう。
「アンジュー、これなんていいわよー」
「おー」
「アンジュー、これも美味しいのよー」
「おー」
アンジュちゃんを使って、買わせようとするんじゃない。
そうして、大量のお魚を買った訳だが……。
「亨さーん。車、持ってきて」
上目遣いで頼むエレナさん。
「そうね。あたし、飲んじゃったし」
「分かったよ」
「アンジュはこっちで見てるから、ダッシュでね」
「は?」
「鮮度悪くなっちゃうでしょ?」
まぁ、そうだな。
……って、納得しちゃう俺もどうなんだろうな。
千本松原の駐車場まで走ることになるとは……。
俺の扱い酷くない?
そうして戻ってくると、アイリさんはお土産屋さんで地酒を三本程買っていた。
「お刺身に日本酒はマストよね」
その手には、日本酒の小瓶まで握られていた。
既に開けて飲んでいる。こいつ……。
アンジュちゃんをチャイルドシートに乗せると、横にアイリさんが乗った。
「おちゃけくちゃーい」
教育に悪いなこの人。
隣はエレナさんが、どこか嬉しそうに乗った。
「じゃあ、行きますよ」
「はーい」「ふぁーい」「ぐぅ……」
もう寝落ちしたらしい。
だが、例のお店へ近づくと、エレナさんに入るよう言われた。
「亨! リベンジ!」
「ええ……」
運良く空いていた場所に停める。
「ほら」
「分かったよ」
そう言って、急ぎ向かうが、そこには『本日の受付は終了しました』と記載されていた。
まぁ、仕方ないな。
これをエレナさんに伝えると、意外なことにすんなり受け入れた。
「まぁ、しょうがないわね」
「あ、怒らないんだ」
「わたし、そんなことで怒ったりしないわよ?」
キョトンとした顔で見るエレナさん。
胸に手を当てて思い出してみたらいいんじゃないでしょーかねー。
アンジュちゃんも寝ているので、安全運転で帰路に着くことにした。
「こうしてドライブするのもいいわね」
「俺は疲れるけどな」
「そこは、嘘でも肯定しなさいよ」
いやぁ、ワガママが多くてな。それを控えてくれたらなぁなんて、俺も思うわけで。
「ほら」
「あ、ありがと」
カフェオレにストローを挿して渡してきた。
たまにこういうことできるんだもんなぁ。
「なんかいろいろ押し付けちゃったし?」
「分かってるなら、もう少しなんとかなんないの?」
「んー……」
なぜ、そこで考え込むんだ。謎だ。
厚木ICを超えたあたりでエレナさんが声をかけた。
「ねぇ、さっきのインター左じゃないの?」
「あ」
話に夢中で曲がるとこを間違えてしまった。
海老名からは圏央道入れないんだよな。
「とーおーるー?」
「大丈夫だって」
このまま真っ直ぐでもなんとかなるし。
用賀で降りて、環八から井の頭通りを通って、マンションへ向かう。
渋滞が凄かった。
初心者マークで走る距離じゃない。
「ほ、ほら……着いただろ?」
「ん。まぁ、いいわ。ご苦労様」
荷物をエレナさんが持って、俺はぐっすり眠るアンジュちゃんを抱き抱えて、部屋へ向かった。
アイリさんは、エレナさんがほっぺたを、三回ほどペシペシしたら起きたので、そのまま後ろを着いてきている。
「もう少し優しい起こし方は出来ないの?」
「起きないじゃない」
「え、そうなの?」
いや、最初からほっぺた叩いてたよ。
まぁ、そんなこと言わないんだけどな。
ということで、俺は早速買った魚を捌いて、今日食べない分は下拵えして冷蔵なり冷凍したりした。
頭やハラワタの入った袋は三重にして捨てた。
排水溝の掃除も今日中にした方がいいだろう。
だが、まずは買ってきたお魚で早めの夕飯だ。
ご要望通り、なんちゃってお刺身の盛り合わせだ。
流石、居酒屋でバイトしてただけあって、綺麗に捌いて盛り付けられた。
あと、捌く前にご飯炊いてよかったー。
三人ともモリモリ食べるな。
「亨ちゃんはやっぱり上手ね」
「ありがとうございます」
「やっぱ、生わさびは必要だったわね」
「買ってこいと?」
「そうは言ってないわよ。売ってたからさー」
ふいっと顔を背けたエレナさん。
「おにーちゃ、おいしー」
「いっぱい食べるんだぞー」
「うん!」
大きく頷く笑顔のアンジュちゃん。
「ちょっと、対応が違いすぎない?」
「そうよ」
そうなるのは、自分の胸に手を当てて、考えてから言ってほしい。
「もうー、亨ちゃんも飲む?」
「なんで勧めるんだよ」
「だって美味しいから」
そう言うなら…………、いやダメだ。ここで飲んだらアイリさんになってしまう。
飲める年齢になったら、もう一度奢ってもらおう。
俺はそう決意して、固く固辞した。
まぁ、すっかり出来上がっていて、そんなことどうでもよくなっているらしいが。
しかし、あの水門の展望台には登れなかった。
また飛んだりしないだろうな。
……なんて、この時の俺は呑気に考えていた。
アンジュちゃんは、首を傾げるが、そんなこと覚えてすらいないのか、美味しそうにお刺身を頬張っていた。




