102 ヒヒイロカネでいいじゃろ
「まぁ、駄目元で行ってみるか」
俺はバイト先の神社にいる龍姫さまに例の水晶を見せた。
「ほう。まさか。お主から持ってくるとは思ってなかったぞ」
龍姫さまはニコニコと嬉しそうに言った。
でも、そういうのは、パソコンで動画を見ながら言わないで欲しかった。
龍姫さまはパソコンを閉じると、その水晶を持ち上げて言った。
「これはの、ただ削っても形は変わらんのじゃ」
「え?」
「して、これをどうしたいのじゃ?」
珍しく真剣な顔で俺を見た龍姫さま。その目は正確に俺の目を射抜いていた。
「エレナに頼まれまして」
「なんて頼まれたんじゃ?」
「指輪にしてほしいって」
「ほう」
バカにするでもなく、慈愛に満ちた表情をした。こういう顔もできるんだなと思ってしまった。
「では、一緒に作業しようか」
「え?」
「にっちもさっちもいかなくなって、わがはいのところに来たんじゃろ? それくらい分かるわ」
ドヤ顔でそう言う龍姫さま。
最初からここに来れば良かったよ。
「さすがですね」
「まぁ、伊達に長生きしとらんて。……さて、着替えるか」
「え?」
「粉まみれにしたら逢佳に怒られるからの」
こういうところが締まらないんだよなぁ。
ということで、龍姫さまの言う通り着替えた。
まぁ、巫女装束でやるわけにもいかないしな。
しかし、今から山修行に行くのか、それとも鉄火場に入るのかって格好になった。
そして、奥の部屋へ案内されるとそこはガチな作業場だった。
作業台の上には作りかけのプラモデルやガレージキットが置かれていた。
それを横に丁寧に置くと、水晶をそこに置いた。
「では、やり方を教えるぞ」
「はい。お願いします」
「では、エレナちゃんだったかな。その子の顔を思い浮かべるのだ」
「え?」
「こういうのは、気持ちが入ってこそだぞ? プレゼントする相手のことを思う。さすれば、自然と力が伝わるんじゃ」
そういうもんなのかと思い、言われるままエレナの顔を思い浮かべて、水晶を両手で包み込んだ。
なんだろう。自然と身体の中心から熱くなるのを感じた。
そして、手のひらはものすごく熱かった。
でも不快な熱さじゃない。ぽかぽかと春の陽気のような、でも少し汗ばむようなそんな熱さだ。
手のひらに伝わるゴツゴツとした感触がいつの間にか無くなっていた。
「そろそろいいじゃろ」
そう言われて、手のひらを広げると、雫のような形をしていたそれは、なんというか……ずんぐりむっくりと鏡餅のような形になっていた。
「ふむ。潜在意識でこうなったんじゃろうな」
エレナを思っていたら、こうなってしまったんだ。他意はないと思いたい。
「まぁ、こっちのが加工しやすいからええじゃろ」
「そうですね」
そうして龍姫さまに言われるまま、加工していった。
それはもう見事なブリリアントカットだった。
多分、これがダイヤモンドなら何億と値がつきそうだが、生憎とよくわからない結晶だしな。
ほんのり内部が虹色に光っている。とても綺麗だ。オパールの光のようにも見える。
「して、エレナちゃんの指のサイズは分かっておるのか?」
「あっはい」
エレナに言われて測っていたんだよな。全部の指のサイズ。
十個も指輪を欲しがるなんてな。
龍姫さまは頷くと、「よっこいせ」と言いながら立ち上がると、タンスの上にある小箱から何かを探していた。
「ふむ。ヒヒイロカネでいいじゃろ」
聞き間違いかな? そんなファンタジーな金属あるわけないだろ?
龍姫さまはそのまま奥へ引っ込むと、十分くらいで戻ってきた。
「これをここにつけて……」
あの短時間で指輪の部分を作るとは思わなかった。
そして、大きな指輪の箱にそれを入れた。
「なんか、成金貴族の悪趣味な指輪って感じですね」
「お主、けっこう容赦ないの」
だって、そう思うじゃん? これ腱鞘炎どころか指持ち上がらないんじゃないだろうか。
そんなこんなやっていると、いつの間にか、アンジュが転移してきていた。
「ただいまー」
「おかえりアンジュ」「おーよく来たのー」
俺は萌歌さんに到着確認の連絡を入れた。
『一体、どこに行っているんですか? わたし、気になります→』
そんなメッセージが届いたが、こればっかりは教えられる内容じゃないんだよな。
指輪が無事にできたのはいいが、俺自身はエレナに何をプレゼントしたらいいのだろうか。
そして、何を……。いや、どれだけの量のご馳走を作ればいいのだろうか。
せっかくなので、今日も手伝いに連れてこられた柊真くんに聞いてみた。
「プレゼント……ですか」
「そう。例えば……そうだな。柊真くんが、逢佳さんにあげるとしたら、何を送る?」
「そうですね……」
柊真くんは腕を組んで、上を見上げ、そのまましばらく固まってしまった。
「思いつきませんね」
「そうか……」
本人がいたらどんな顔をするだろうか。
「まぁ、本人に聞けたらいいんですけどね」
「そうだよなぁ」
それができたらどれだけ楽か。
しかし、エレナって何を送られたら喜ぶんだろうか。
思いつくのは、肉、果物、お菓子……食い物ばっかりだな。
あ、いいものを思いついた。これならば喜ぶんじゃないだろうか。
お願いついでに龍姫さまのところへ行って、思いついた内容を提案すると、龍姫さまは軽く頷いた。
「そうじゃな。サービスついでにやってもいいぞ」
「ありがとうございます」
「ただし、条件がある」
そりゃあ、何でもかんでもやってもらう訳にはいかないよな。
「まぁ、はい」
変なことじゃなきゃいいだろ。さすがに魂をよこせなんて言われないだろう。
「まず、お主男物の下着履いてるじゃろ? ちゃんと正しい方を履いてこんか」
「……………………」
「それと、いっぱい衣装作ったのから着て欲しいんじゃが」
「…………分かりました」
まぁ、ここまで来たら大して変わらないからな。
俺の中の何かが壊れていく感じはあるが……。
「冗談じゃよ。そんなあっさりと了承されたら、お願いできんて」
良かった。さすがに下着まで変えることになったら、俺もどうなっていたやら……。
「ただ、力を込めるのはいいが、最終的には本人次第じゃぞ? そこまでの力は世界をおかしくしてしまうからの」
「あ、大丈夫です。そこは俺がなんとかしますので」
「そうか…………。なぁ、やはり下着は……」
俺はにっこりと微笑むと部屋を後にした。
「ちょ……」
一度、却下したんだ。もうその話はいいだろう。
そして、その日のバイト終わり。
柊真くんはそそくさと帰ってしまった。
俺はアンジュを抱っこしているのに、逢佳さんに袖を掴まれたままだ。
「なんですか?」
「柊真くんはわたしに何をくれるって言ってましたか?」
これは言っていいんだろうか。
「それは、さ。直接聞いてみたらいいんじゃないかな?」
「聞けないからこうして聞いてるんじゃないですか」
逢佳さんは珍しく片方の頬を膨らましていた。




