101 科学の敗北ってこういうことを言うのかしら?
それはエレナから渡された水晶のカケラが発端だった。
この前、宇都宮へお出かけした時に、宝石採取の景品でもらったものだった。
食べたこと以外もちゃんと覚えていたんだな。偉いぞ。
そしてそれは、景品というには大きく、表面はザラついているのに、内部から微かに光が漏れているように見えた。
そして、エレナがそれを無造作に片手で掴んで持ってきた。
「ねぇ、これ指輪にならない?」
「いや、こんなでかいの指輪にしてどうすんだよ」
「いいじゃん。ね、お願い。わたしこういうの苦手だし」
「まぁいいけどさ……」
去り際に「(念願の悪役令嬢に一歩近づくわ)」と言っていたが、最近の悪役令嬢は、こういうの付けないと思うぞ?
それはそうと、簡単に引き受けてしまって後悔した。
エレナはすぐ出来ると思ったんだろう。
俺の背中を押して、部屋に押し込んだ。
仕方がない。お酒のケースを縫うように机へと辿り着く。
早速、傷つけないよう布を巻いて万力に固定して、表面のザラザラを削ろうとした。
だが、傷どころか、粉塵すら出なかった。
「どうなってんだこれ……」
ゴーグルを外して、顔を近づけて確認する。
「…………傷一つついてない……だと……」
さすがの俺でもお手上げだ。
これはもしかしたら、専用の機械でやらないとダメなんじゃないだろうか。
数時間部屋に籠もればいいと思っていただけに、面食らってしまった。
そうして俺は翌日、大学で汀の所属する研究室へ向かった。
「久しぶりに来たと思えば、まさか頼みごととは……」
恨みがましいような、でもどこか嬉しさを滲ませた顔で言う汀。
まぁ、理系なら工作するの好きだもんな。
「……なぁ、これはなんなんだい?」
「俺が知りたいよ」
汀はそれを両手で持って上へと掲げた。
汀が持つと、俺やエレナが持った時とは違う色を発した。
「まぁ、削るだけなら……」
汀がそう言うから、ここにある機械なら簡単に削れるんじゃないかと思ったんだ。
でも、傷どころか、粉塵一つ出てこなかった。
そして、たまたま居合わせた教授の坂大正一、千明治夫、祖慶応典が様々な機械を使って挑戦したが、ことごとく敗れ去った。
その場に居合わせた他の生徒もどういう顔をしていいのか分からないみたいだ。
しかし、いくつかの機械を試し、わずかばかりのカケラが削れた。
「なぁ、これ研究のためにもらってもいいだろうか?」
「え、ええ。いいですよ」
「ありがとう」
教授たちはウキウキしながら部屋を出て行った。
別にそんな大したもんじゃないと思うんだけどな。
やはり、研究者の血が騒ぐのか、他の生徒は汀と出口を見比べて、追いかける方を選んだ。
そして、そこに残された俺と汀。
まぁ、ここでダメなら別の方法を考えるか。
そう思って部屋を出ようとしたところで袖を掴まれた。
「え、なに?」
「もう行くの?」
なんでそんな最近音沙汰ない恋人みたいなこと言われないといけないんだ。
「ほら、LINEとかで話してるじゃん」
「いや……、最近返信遅いなーって……」
いや、多いんだって。入力中に来るんだもん。返信できないって。
すぐに話題変わるし……。
しかし、ここでもダメならもう一箇所に行くべきだろう。
汀が全然袖を離してくれないので、そのまま連れて行った。
「おや、ヤマウチさんではないですか!」
「いや、ヤマゾエ……ヤマザト……あれ?」
紗季とティナが幽霊でも見たような顔をしている。
「まさか、同じ大学の生徒だったなんて」
「あっしも驚きです」
まぁ、気持ちは分かる。
しかし、なんで毎回名前変えてたんだろうな。
「森川……汀……です」
「だそうだ」
「だそうだって……」
汀が不満そうにするが、知ったこっちゃない。
そして、ティナは別のことに意識がいっているようだ。
「それそうと、なんで袖掴んでんの?」
「俺もずっと思ってた」
「「「はぁ……」」」
なんで聞いた側がため息つくんだよ。
「で、今日は何の用? アンジュちゃんは来てないわよ」
「ああ、今日は別件」
そう言って、エレナの水晶を取り出した。
「これをブリリアントカットしたいんだけど、全然歯が立たなくて」
「文字通り歯が立たなかったのよ」
ということで、先ほどのやりとりを話したところ、目の色を変えて俺から奪い取った。
そして、すぐに、床にへたり込んでいた。
「な?」
「『な?』じゃないわよ。何よこれ。なんでこんな硬いのよ」
「さっき、教授連中にも手伝ってもらったけど、少しカケラが取れたくらいだったな」
それを聞いたティナは玲奈に、紗季は明日香に電話していた。
「ワクワクする素材が手に入ったと聞きまして」
「われを唸らせるものが手に入ったと聞いて」
玲奈と明日香がいかにもな服を着て、挑んだ。
高額な機械をいくつも使った。
結果はと言うと……。
「なんて硬さだ。これなんて名前の素材なんだ?」
「そもそもどこで手に入れたんだ?」
まぁ、そうなるよね。
そして、そうなれば教授陣が呼ばれるのも時間の問題だった。
能令和美、平成美、平昭和子の三人がエレナの石を前に集まっているが、どう見ても小学生、なんとか見方を変えて中学生、百歩譲って高校生にしか見えなかった。
いや、訂正する。三人とも小学生だ。よくて六年生。
綺麗に三段階にはならない。
さっきの男の教授陣は普通だったのに。
だって、三人中二人が椅子に乗っかって見ているんだぞ?
そして、そんなお子様教授も例に漏れず、エレナの水晶に敗れたのだった。
みんなガックリとうなだれ、床に座り込んでいる。
「科学の敗北ってこういうことを言うのかしら?」
「まさか、わずかな粒しか取れないなんて」
「それよりも機械の方が壊れたわ」
死屍累々といった感じで申し訳ないが、俺もそろそろバイトの時間だ。
軽く合掌して、石を回収して大学を後にした。




