とある異世界の話
「起立。礼。着席──」
いつも通りの光景のはずだった。ただ目に映るのはぼやけた人間たち。その日は黒々と輝る文字たちがぴかぴかとして、目にも頭にも入ってこなかった。どうしてだか周りの声が遠い。遠い? 違う。声を声と認識しているはずなのに、全然理解ができない。
そうしているうちにもっと頭の中が騒がしくなってきた。それなのに、意外と自分は冷静で。まるでその時を待っていたかのように、口が勝手に動いたんだ。
「マジカル……スピリッツ……?」
その言葉を呟いた瞬間、視界が大きく歪んだ。
全く知らない言葉なはずなのに、待ってましたと言わんばかり自分の鼓動が早くなるのを感じる。痛いくらいに激しくなっていくそれに苦しくなって、目を閉じてその場にしゃがみ込んだ。
呼吸が荒い。喉の奥がキュッと閉まって、苦しくて熱い気がする。だけどそれでも脳裏に浮かぶ「懐かしい」という言葉。俺は何に対して、いや誰の気持ちを持っている?
わからないまましばらくうずくまっていたと思う。周りはどうかしていると思っているだろうか。
だけど、やけに静かだ。静かすぎるくらい。先ほどまでの声と認識していたはずの音すら、自分の心音でいっぱいの耳には届いていない。
薄目を開けてみると、漆黒の闇という表現が相応しいくらいの、知らない世界が広がっているように感じた。知らない? 忘れていたんじゃないのか?
何かが思い出せそうな、胸の詰まりを感じる。それも自分の幻想? 妄想? もうどっちだっていい。
今の世界が変わるなら、どうだっていい。このままなくなってもいい。
ただ、ただ欲を言うのであれば。
「誰かと、笑い合いたかったんだ。俺」




