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――そして準備を整え、当日を迎える。
狐坂自身は遠方の山頂に陣取り、破壊活動には参加しない。
失敗すれば、今回も逃走するつもりだったためだ。
なぜなら、自分が死んでは元も子もないから。
自分には、やらなければならないことがある。
復活した王に、全ての部下が死滅し、北海道が取り返されてしまっていることを報告しなければならないのだ。
それは、あの女の殺害より優先される。
そして、胃根が遺した凶石を王に食ってもらい、力を付けてもらう。
王さえ存命であれば、今の戦況もきっと覆せる。
それが、絶対に成し遂げないといけない事なのだ。
そのためにも、生き残ることが最優先。
失敗した際、深追いすれば反撃される。
雪山での襲撃時、撤退の判断が遅ければ攻撃されていた。
あの時の感覚を忘れず、素早い判断を心掛けなくては。
目先の結果に囚われて死んでしまうことだけは避けなければならない。
今の自分で、やれることはやった。後は運を天に任せるだけ。
狐坂は、山頂から相手の位置を把握しようとする。
ただし、細心の注意を払う必要がある。狙撃時ですら察知された。
多分、殺気で感づかれたのだろう。
なるべく攻撃する意思や、強い気持ちを抑え、九白真緒を探し出そうとする。
心の平静を保ち、生徒の集団を観察。するとほどなくして、九白真緒を発見する。
四人一組の班行動で工場の中へ入っていくのが見えた。
事前に手に入れておいた見学の予定表と工場の地図と照らし合わせる。
予定通りに見学が進むと仮定し、生徒が脱出困難な状況になった瞬間、自爆妖怪を全方位から解き放った。
これだけ大規模にやれば、損害を与えられるはず。
――これが最後の作戦だ。
自爆妖怪の突撃により、まずは出入り口を塞ぐことに成功する。
その間も、妖怪は内部へ侵攻を続け、あらゆる場所で爆発し続ける。
結果、大火災に発展した。
それでも念入りに爆発妖怪を送り込み続ける。
あらゆる通路を破壊し、中にいる人間が移動困難な状況にしていく。
工場は倒壊寸前。火災も広範囲に及び、消火が難しい状況となっている。
――よし、成功だ。
一旦、残りの妖怪を待機状態にし、経過を見る。
果たして、どう転ぶか。
救助に奔走しているところを狙い、施設破壊に巻き込む。
が、うまくいかなかった場合は、即撤退。
ここからの見極めが重要になってくる。
狐坂は観察を続けた。
◆矢間田妙
――眠れなかった。
気が付いたら朝になっていた……。
私は精神を安定させるため、リビングの窓から工場を見下ろした。
前日、オーナーの娘たちである雲上院礼香と九白真緒が挨拶に来た。
その流れで、自分が資産運用に失敗していることが発覚。
その日は休みを取り、雲上院礼香が紹介してくれたアドバイザーとのオンライン面談をずっと続けていた。
結論から言うと赤字。
一切儲けが出ていない。
普通の人であれば、自己破産するしかない状況。
――というものだった。
……終わってる。最悪だ。
しかし、希望もあった。それが、この工場だ。
ここの給料が高いため、何とか首の皮一枚で繋がった。
それもこれも、私が有能で高給取りだったお陰というところが大部分を占めるが、アドバイザーを紹介してくれた令嬢たちには感謝しなければならないだろう。
とにかく、この工場さえあれば、生き伸びることができる。
今まで金が流れ出る蛇口をせっせと作っていたつもりだったが、金を吸い取る掃除機を作っていたのだから笑えない。
そもそも金の生る木なら、すでに持っていたのだ。
私以外には回転させることが不可能という優位性が担保された、この工場を。
一体私は何を焦っていたのだろう。
決めた。私はこの工場と共に生きていく。この工場は私そのものなのだ。
迷いが晴れて吹っ切れた私は、寮の最上階にある自室のリビングで眼下の工場を見下ろしていた。
以前であれば、人里離れた場所に縛り付ける重りと感じていた。
しかし今の状況では、この工場が第二の自分と思えて愛おしく感じるのだから不思議だ。
これからは、自分と思って目いっぱい可愛がろう。そうしよう。
と決意も新たにした瞬間、―――――工場で爆発が起きた。
しばらく間をおいて、爆発が立て続けに起き出す。
火の手が上がり、燃えていく。逃げ惑う人。混乱する現場。
その中でも爆発は止まず、瓦礫の山が増産されていく。
「私の工場が……、私自身が燃えていく……」
一体どうしてこんなことに……。
安全管理は完璧だった。
昨日、偶然視察に来た令嬢たちと同行した副工場長から、問題なかったと報告を受けたばかりだ。
それが……、こんな連続爆発を起こすなんて、いくらなんでもおかしい。
心中で混乱が渦巻き、冷静さを奪いに来る。
だが、私は負けなかった。ここで取り乱せば、私が消えてなくなる。
気合いで冷静さを保ち、爆発の原因を探る。
すると、爆発の発生に癖があることに気づく。
あれは、内部で爆発していない。外部で爆発している……。
何か原因があるはずだ。じっと目を凝らし、違和感を探す。
そして、突撃する妖怪の存在に気づいた。
「……あれか」
私の工場を傷つける不届き者は。
破壊行為を行った妖怪は複数。数えきれない。
一見、野生の妖怪が下山して襲い掛かってきたように見える。
が、高所にある自室から分析すると、組織だった動きだと分かった。
どこかに、妖怪たちを操っている親玉がいる。そう考え、全体をくまなく見る。
そして、妖怪たちが枝葉に分かれる前の本流を見つけ出す。
「……そこか!」
工場から直線状にある山の山頂付近。そこに、この騒動を起こした元凶がいる。
「絶対に許さん!」
私は怒りに身を任せ、ロッカーを開錠する。
中には、使い慣れた仕事道具が詰まっていた。
最近は霊術師としての仕事は休業状態だったが、手入れは怠っていない。
慣れた手つきで素早く武装し、最後に防刃コートを羽織る。
そして、屋上のヘリポートへ向かう。
確か、昨日令嬢たちが視察に来た際に乗ってきたヘリが、まだ停めてあるはず。
「すぐに会いに行くから、待っていろ!」
私はヘリに乗り込んだ。
◆九白真緒
工場の爆発。広がる火災。自爆する妖怪。
そういった事が頭の中をぐるぐると回る。
「マオちゃん!」
と、隣にいたレイちゃんから名を呼ばれ、はっと我に返る。
そうだ、こんなところで呆けている場合ではない。
対応しないと……。救助しないと……。
しかし、妖怪の動きは迅速だった。
出入口となる部分を爆破。更には主要通路も破壊。
外から内にかけて、じわじわと攻め入っていく。
時間が経つにつれ、簡単に避難できない状況になっていく。
私とレイちゃんは、何とか妖怪の侵攻を止めようとするが、うまく行かない。
倒すと自爆してしまうためだ。
そのため、どうしても積極的に攻撃できない。
なるべく被害が少なくなるタイミングを狙って各個撃破するしか手が思いつかない。
倒した後に自爆するので、そこで一旦足止めを食らう。
処理はできるが、時間がかかってしまう。
その後、なんとか侵入してきた個体を防ぎきることに成功。
更に周囲を探査し、潜んでいる個体も全滅させた。
一応せん滅したが、工場に大きな被害が出てしまった。
外の森や山に飛び火しなかったのは幸いである。
しかし、手を打つ前に内部に侵入してしまった個体は、野放しにしてしまった。
工場内で倒すと、爆発が起きて迂闊に手が出せなかったためだ。
しかし、手が出せなかったそれらの個体も全て死滅した。
理由は単純。自らの体当たりで自爆してしまったのだ。
こんなことなら、ある程度割り切って、さっさと倒してしまうべきだった。
と、後悔してしまうが、今となっては後の祭りである。
一応、設備の消火機能が作動しているが、追いついていない。
ここまで大規模な火災となると、消防を待つしかないだろう。
ただ、火を消すことは出来なくても、救助はできる。
ここからは、取り残された人たちを助けに動く。
そうレイちゃんと話し合っていると、耐熱装備を着用した後藤さんたちと合流できた。
皆で地図を見て打ち合わせを行い、救助と消火活動を開始する。
霊術で大きな穴を開けて、一気に人を移動させたいところだが、それはできない。
穴を開けるということは、空気の通り道を作ってしまうということ。
専門知識がない私たちがやると、火災の勢いを増すことに繋がりかねない。
それに、適当に穴を開けると、工場の基礎を破壊する恐れもある。
爆発と火災でダメージを負っているところに、大穴を開けてとどめをさしてしまったら本末転倒である。
ここは、はやる気持ちを抑えて、地道に動くしかないだろう。




