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21話.平民街

 後日、略奪女に悪質な嫌がらせをしていた真犯人のことは学園からの掲示によって学園中に知れ渡ることとなった。

 魔法生物による監視付きの上、魔装具による魔法の一時的制限、及び一年間の奉仕活動を課す……掲示された文書にはそんな生温い罰則が書かれていた。


 本来ならもっと重い罰則、あの時私が言ったように封印によって永久に魔法を使えない体にした上で退学処分となる筈だったのだけど、他でもない略奪女が恩赦を願い出たことで軽い処分になったのだった。


『なんであんなの助けちゃったんでしょうねえ……それならゲームのジュノだって助けても良かったでしょうに』

「他の歴史の私の方が悪質なことをしていたんでしょう? 流石に庇えなかったんじゃないの?」

『それはーそうですけど……』


 亡霊は納得のいかない顔をしていた。


 ちなみにあの真犯人、スチューリアが凶行に走った動機は、あの時の会話から伺えた通り略奪女への嫉妬によるものだったらしい。


 入学日の半年も前から自然に魔力を覚醒させていたスチューリアはその力を周囲に見せつけては賞賛を浴びていた。

 実際、それは世辞などではなく学園内でも一目置かれる程のものだったのだとか。

 犯行に使われた透明化の魔法もとても高度なものらしく、しかもそれを独学で習得したのだという。


 しかし略奪女が学園に現れ、魔法の授業の度に自分以上の力を見せつけられてスチューリアのプライドは大きく傷ついた。

 よりにもよって平民育ちに負けるなんて屈辱は許せるものでは無かった。だから自分だけが使えて、略奪女は存在さえ知らないであろう透明化の魔法を使った犯行に及んだのだという。

 透明化の魔法は悪用されると厄介であるが故に、禁書にしか書かれていない禁術魔法。学園はスチューリアが何処で禁書を入手したのか調査中とのこと。


 あと私が疑われるよう仕向けたのはジュノ一派なる集団が特に略奪女を敵視していたからそれを利用しただけで、私個人に恨みは無かったらしい。なによその一派。知らないわよそんなもの。


『今回は災難でしたけど、これでもうジュノさんが理不尽に疑われることは無くなったんじゃないですかね? ユアナちゃんに協力していたとこも知れ渡ったようですし』

「略奪女が熱心に言いふらしているそうね。こっちは頼んでもいないのに」

『そこは感謝しておきましょうよ! おかげでジュノさんの呪いの評判も良くなったでしょ?』


 今回の件は亡霊が言う通り、結果的には私にとって悪くない結果になっている。

 呪いの魔法は善き行いにも利用出来るということは学園中に知られ、私は「呪いの力を祝福の力に変えようと尽力し、平民の学生にも手を差し伸べる心優しき令嬢」として再評価されるようになった。

 私の取り巻きに見えるような動きをしながら略奪女をいびっていた連中も立場が悪くなった様子。いい気味ね。

 そして懸念していた保有マナ不足の周知も、されている様子は全く無い。


「保有マナの件……殿下がスチューリアに口止めしてくださったのかしら」

『王子様の権力を使って口止めしたのかもしれませんね。アニマはあんまり権力振りかざしたがらないキャラなんですけど、ここぞって時はやってくれますから』


 そうだとしたら殿下には感謝しないといけないけど、その確認は出来ないのよね。殿下はご自身の正体を隠しているもの。


『スチューリアの奉仕活動場所ってたしか平民街でしたっけ。あたし、ちょっと興味あるんですよね』

「だったら今度の休日にでも行ってみましょうか。私もスチューリアの苦痛に歪んだ顔を一度は見ておかないとおさまりがつかないし」

『いやあ、気持ちはわかりますけど……相変わらず性格の悪さがにじみ出た発言しますね』




 それから数日後に迎えた休日の朝。

 学園の入り口では先に来ていた衛兵が私達を待っていた。


『えー、ビビ君、折角の休みなのにいつもの地味鎧で来ちゃったんですかー?』

「俺はご令嬢様の護衛で来たんだぞ。お守り出来る恰好で来るのは当然だろ」

『ちぇー。ビビ君の私服見られると思ったのに』

「非番の日にごめんなさいね。本当はゆっくりしたかったでしょう?」

「いえ、お貴族様がお一人で街に出るなんて危険ですから!」


 本当は私の家から護衛を呼び寄せるべきなのだけど、使用人達とはお母様の看病や妹のこと等でいろいろと揉めてしまって上手くいっていない。私自身、あまり一緒にいたくないというのが本音だった。

 そこでいつも亡霊の面倒を見てくれている衛兵に頼んで、亡霊も含めて三人で街に出ることに決めたのだった。


「あなたにはいつもお世話になっているわね。お代は弾むわ」

『可愛い女の子二人に挟まれる上にお金まで貰えちゃうんですか!? 役得ですねえビビ君っ!』

「そんな浮かれた気分になれる程俺の神経は図太くないぞ……」

『あらま、それはもったいない。ま、ジュノさんはちょーっとだけおっかないですもんね!』

「お前もだよ!」

「……も?」

「ひいいっ! 申し訳ありません!」


 ちょっと聞き返しただけで睨みつけたわけでもないのに、そこまで過剰な反応して謝ってこなくても……。

 私、そんなに衛兵を怖がらせるようなことしたかしら。

 平民が貴族を畏怖するのは悪いことでは無いと思うけど、どうも釈然としない。




 王都の外側に位置する平民街は私が想像していた以上に活気のある場所だった。

 様々な店が所狭しと並ぶ街並みは窮屈にも見えるけど、屋敷や王城には無い華やかさがある。


「平民街ってもっと粗末なところだと思っていたけど……意外と立派なのね」

『ジュノさん現地でそういうこと言うのやめましょうよ……』

「ご令嬢様が想像していらっしゃるのは貧民街の方だと思いますよ。この辺りは平民の中でも富裕層が暮らしている場所なので治安もいいんです」

「言われてみればみんな亡霊よりずっと良い身なりをしているわね」

『部屋着のあたしと比較するのもやめてくださいよ……。あたしどころか、ジュノさんと比べたって見劣りしないくらいじゃないですか?』


 流石に私の方が良い生地を使っているわよ。……多分。

 それにしてもスチューリアはこんな場所で奉仕活動をしているのね。つくづく甘い処分ですこと。


『わわっ、なんですかあれ! 串焼き? お肉ですかっ?』


 亡霊は出店の一つに釘付けとなっていた。

 その店は客に調理風景を見せつけるように調理魔道具を表に出している。

 上下に二つある魔法陣型の大きな歯車の間には細い光の柱が数本立ちのぼっていて、それぞれの光の周囲では肉を刺した串料理が踊るように回っていた。


『ちょっと小ぶりの漫画肉みたいで、おいしそうだなあ……匂いもすっごくいいし……』


 いつも以上に興味津々ね。

 あんな品の無い食べ物に惹かれるなんて、やっぱり平民には平民の食べ物が合うってことかしら。


『ねーねージュノさん、あれ買っていきませんか?』

「あなた食事出来ないでしょ」

『それはわかってますけど! どんな感じか気になるんですよお。だからせめて人が食べている様子だけでも!』

「仕方ないわね……」


 亡霊の熱意に押された私は衛兵に頼んで買いに行ってもらうことにした。

 まあ、平民の味を知るのも勉強よね。




「お待たせしましたご令嬢様! 頼まれた肉串二本です!」

「ありがとう。片方は衛兵君の分だからそのまま受け取って?」

「あ、ありがとうございます! いただきます!」

『えー、あたしの分はー?』


 食事が出来ない者の分まで用意するわけ無いでしょう……。

 そう思ったけど、肉の匂いを嗅ぎながら物欲しそうに見つめてくる亡霊の姿を見て考え直す。


「ねえ。あなたって、視覚聴覚、それに嗅覚もあるのよね。もしかしたら味覚もあるんじゃない?」


 私は衛兵と会話をする振りをしながら、周囲から目立たない程度の仕草で亡霊に肉串を差し出してみる。


『ううん。もしかしたらあるかもしれませんけど、大抵の物体は何の抵抗も無くすり抜けちゃうんですよ? どのみち食べられませんよ』

「噛めなくても舐めてみればいいじゃない。食感は味わえなくても、味だけはわかるかもしれないわよ」

「そういえば遠い異国には霊のために供物をささげる文化があると聞きますし、そうやって味わってる幽霊もいるかもしれませんね」

『え……本当に舐めちゃっていいんですかっ!?』

「……確認程度によ」


 亡霊は少しでも肉を味わえるかもしれないという期待に目を輝かせる。


『ではいただきます!』


 早速亡霊は肉串に舌を這わせた。

 最初は表面を舐めるだけだったけど舌を少し埋まらせたり、しまいには顔ごと埋めて中を舐め回しだした。

 きったないわね……確認程度だって言ったのに。


「お前……ご令嬢様ドン引きさせてるぞ……」

『だって全然味しないんですもん。どうやらあたしの味覚は無くなっちゃってるみたいですねえ……』


 しかも散々舐め回しておいてその感想……。


 相手は実体の無い体なのだから気にしない方がいいのかもしれないけど、少し食欲が無くなってしまった。

 折角買って来てもらったのだから食べるけど。


 肉串は串の中央に肉があるから自然と両端を持って肉に噛み付く形になる。

 何層にも重なって巻かれている数種類の肉はそれぞれが異なる香辛料で味付けされていて、想像していたよりも複雑な味わいをしていた。けれどそれぞれの味が喧嘩をするようなことはなくしっかりと調和が取れている。肉の質も悪くない。

 見た目こそ低俗感溢れているけれど、正直言って普段私達が口にするものと引けを取らない位には出来が良かった。


『ジュノさんがワイルドに肉を頬張るのってちょっと面白いですね』


 なによそれ。野蛮ってこと?

 でも確かにこんな姿、クオレスには見せられないわね……。




「あれ。もしかしてジュノさんっ?」


 その忌々しい声を耳にした私は一瞬むせそうになった。

 今一番会いたくなかった人物ではないけれど、だからって彼以外になら見せてもいい訳ではないのに!


「ユ、アナ、さん」

「やっぱりジュノさんだあ!」


 嬉しそうに駆け寄ってくる略奪女の周りには私が呪いで獣化した物達がついてまわっていた。


「ひいい! なんだあれ!?」


 不気味な物体の群れに怯えた衛兵は略奪女が近づく前に私達から遠ざかって行ってしまった。

 ……私を守る気あるのかしら?


「……まだ呪いを解いていなかったの? 解呪の言葉は教えたでしょう?」

「みんなお利口さんだしかわいいから、このままでもいいんじゃないかなって……もしかしてダメだったかな?」

「別にいいけど……」

「よかったあ! 素敵なお友達をありがとう、ジュノさん!」

『まじか……。ジュノさんのせいでユアナちゃんがおかしな物使いキャラになってしまった……』


 知らないわよそんなこと。せいぜい周囲から気味悪がられてしまえばいいわ。


「ところで、手に持ってるのって肉串だよね? わたしもそれ大好きなんだっ!」


 嬉しそうに言ってくるけど勝手に私の好物認定しないでほしい。たしかに美味しかったけど。


「平民の味がどんなものか調べたかっただけよ。……そんなに好きなら食べる?」


 この女の前で食べ続ける気にならない私は半分程食べた肉串を略奪女に差し出した。


「えっ、いいの? でもジュノさんがおなかぺこぺこになっちゃうんじゃ……」

「私のような淑女にはこれで充分なの」

「小食なんだね。そ、それじゃあ、いただきますっ!」

『ててーん! 食べかけの肉串でユアナちゃんからの好感度が1あがった!』


 なにそれ。


 略奪女は食べかけを躊躇無く食べる。恵んでおいてなんだけど、いやしいわね。

 ……亡霊ほどではないか。


「えっ……おいひい! ここの肉串、すっごくおいしいよ!? わたしの村にあったのは屑肉を寄せ集めて作るお料理だったのに、ここの、すごくいいお肉使ってる……」

「ユアナさんって村育ちなの?」

「うん。私、ここからずっと離れた村で暮らしてたんだ。なんにも無いとこってよく言われちゃうんだけど、村のみんなが優しくていい人なんだよ」


 この女みたいな奴がいっぱいいるの? 想像したら寒気がしてきたわ……。


『そうそう、ユアナちゃんは田舎の村で生まれ育ったんですけど、仕事のお手伝いで王都に来た時に偶然水路に落ちた子供を見かけて、そこを助けようとしたところで魔法の力が覚醒しちゃって、多くの人達から魔法を使う姿を目撃されちゃうんですよ! そこがゲームのオープニングでしたねー』


 それでこの学園に来ることになったという流れね。

 そんなに離れたところから来たのなら当然この女も寮暮らしでしょうし、この辺りに住んでいるわけでは無いわよね。だったらなんでこんなところに……。


「あの、もしかしてジュノさんもスチューリアちゃんに会いに来たの?」

「……ちゃん?」


 肉串をあっという間に平らげた略奪女の言葉に、私は少し困惑してしまった。

 なんであのスチューリアをそんな呼び方してるのよ……。


「実はわたし達、あの後仲良くなっちゃって。これからお手伝いに行くところなんだよ」

『あのクソアマとまで!? もうちょっと友達選びなよユアナちゃん!!』


 嫌がらせしてきた加害者をお友達に、ね……。お人好しもここまでくるとため息しか出ない。


「ジュノさんもよかったら一緒に行かない?」

「……そうね」


 本当はこんな女と一緒になんていたくない。だけどどうせ向かう場所が一緒なら同じ、むしろ断る方が面倒になりそうだと思った私は誘いに応じることにした。




『ほらビビ君、ジュノさん達行っちゃいますよ!』

「あ、あんなのと一緒に行かなきゃいけないのか!?」


 なに後ろでもたついているのよあの衛兵は。もう置いていってしまおうかしら。


「もしかしてあの人ってジュノさんの護衛さん?」

「今日はね。普段は学園の衛兵をしている人なのだけど……多分役に立たないから気にしなくていいわよ」


 そう言っても案の定気にした略奪女は衛兵のところまで駆けだしては「どうしたの?」だの「この子たちはこわくないよ!」だのと言い寄ったけど、臆病な衛兵はその場で震えるばかりだった。

 あの女の手をもってしてもたらし込めないなんて事もあるのね。……まあ、元はと言えば私が呪いで生み出した化け物達のせいなのだけど。

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