22話.タリスマン
ほどなくして辿り着いたひと気の無い野外劇場では、スチューリアが一人黙々とゴミを拾っていた。
辺りにはまだ瓶や果物の芯や皮、骨や串等、劇場での飲食によって発生したのだろうゴミが散乱している。
「スチューリアちゃーんっ。お手伝いに来たよーっ」
「ユ、ユアナ……っ! 本当に来てくださったのですね」
生気の無い顔をしていたスチューリアは略奪女の姿を目にした途端にその瞳に光が灯り、頬まで赤らめてしまった。
……なんなの、その反応。
「ずっと一人でやってたの? 大変だったよね」
「いいえ! ワタクシがユアナにしたことを思えばこのような扱い、軽すぎるくらいですわ!」
本当にね。
『もしかしてユアナちゃんのおかげで改心したんですかねー』
いくらなんでもそう簡単に改心なんてするものかしら。
学園に恩赦を求めた略奪女に恩を感じるのはわかるけど……。
「ごきげんよう、スチューリア様。お元気そうね」
「ひっ、ジュノ様っ……! どうしてここに」
私の存在にやっと気づいたスチューリアは震えあがった。その反応も一体なんなのよ。
「言っておくけど手伝いに来たわけではないからね? あなたの様子が気になって見に来たの」
「ジュノさんも心配してたんだね!」
『ちゃんと苦痛を味わっているかの心配はしてましたね』
全然味わえていないようでがっかりしたわ。しかも略奪女が更にそれを軽減させるつもりみたいだし。
「この辺りのゴミを拾えばいいんだよね? わたしたちでパパッと済ませちゃうから、ジュノさんもスチューリアちゃんも休んでいてね。みんなー、いくよーっ」
「あっ、ユアナ……っ」
略奪女は早速化け物達を連れてこの場から離れてしまった。スチューリアの名残惜しそうに伸ばした手が空しく宙を掻く。
あの女の言葉に甘える訳ではないけど、スチューリアの様子がまだ気になっていた私はすぐには帰らずに客席に腰掛けることにした。
「随分と親しくなったようね? あんなに嫉妬心をむき出しにしていたのに、どういう風の吹き回しかしら」
やっぱり一番気になる点はそこだった。
理由は違えど略奪女への嫉妬という点についてだけはスチューリアに共感していた。
共感はしても、私の名も穢そうとした時点で全く同情はしていないけどね。
それなのにそのスチューリアが略奪女へ好意を抱くまでになるなんて、私には全く理解出来ない。あの時のようにまた演技をしているんじゃないかしら。
「ユアナは、こんなワタクシを助けてくださいましたから」
「そうね。アレが誰彼構わず手を差し伸べてしまうような愚かな女で良かったわね」
「ユアナを悪く言わないでくださいまし! ……い、いえっ、失礼いたしました」
睨みつけたかと思えばすぐに私を恐れた様子で謝罪する。その様子もやはり気になった。
「私、そこまであなたを怖がらせるようなことしたかしら? もしかして私のことで誰かから何か言われた?」
「誰か、とは……?」
「そうね、私のことを知っていて且つあなたに接触した人物となると、トワルテ様とか……アニマ様とかかしら」
アニマ様、という単語で肩をわずかに震わせるスチューリア。貴族令嬢ならもう少し反応を隠してほしかったわね。
だけどこれで殿下から脅されたこと自体は確定したかしら。
そう思っているとスチューリアの口からとんでもない発言が落とされた。
「ジュノ様は……あのお方の大事な方とお聞きしました」
「はっ?」
『えっ』
「ですがワタクシ、納得いきません。ユアナもジュノ様も大事だなんて……一体どちらを選ばれるおつもりなのですか!?」
「ちょっと待って!? 理解が追い付かないのだけど……?」
「ですから! あのお方の結婚相手のお話ですわ!」
あの馬鹿王子何吹き込んだのよ!?
「私には婚約者がいるのよ! 仮に選ばれたところでお断りするに決まっているでしょう!?」
「それでは困りますわ! あのお方から求婚されたらジュノ様は婚約破棄すべきです!」
「なんでそうなるのよ!? あなた、ユアナさんを応援しているんじゃないの!?」
「そっ、それはその、ほら、ユアナってやっぱり平民育ちですし、荷が重いと言いますか、ジュノ様の方がふさわしいからですわ!」
下手な取り繕い方を見て私は呆れてしまう。
「心にも無いことを……。あなた、私のことを雑魚扱いしていたじゃないの」
どうせ卒業すれば貴族として認められ、貴族の男と結婚することになる略奪女に対して尚荷が重いなんて言ってしまうあたり、殿下の正体は既に知らされている様子。
平民育ちでない私の方がふさわしいというのも一理はあるけど、私程度の魔力の持ち主をよりにもよって王家が取り込むはずが無い。
それ位のことはこの国の貴族令嬢であるスチューリアだってわかっている筈だった。
「それについては、ジュノ様が魔力を抑制されてしまうくらいに強い力を秘めているからなのでしょう? 今のワタクシのように」
ああ、そういうことになっているのね。
王太子妃候補に選ばれるくらいなのだからそれ程強い魔力の持ち主に違いないとこの女が勝手にそう解釈したのか、私の名誉を守る為に殿下が吹き込んだのかは知らないけど、これでこの女が私の魔力について周囲に漏らすことは無さそうで少し安堵する。
ここは乗っかっておくことにしましょう。
「そう、知ってしまったのね。……ただでさえ私が持つ力は周囲から恐れられているものだから、これ以上皆を不必要に怖がらせたくはないの。だからくれぐれも口外はしないでね?」
『なんて憂いと慈愛に満ちた聖女のごとき表情……。言っている内容は保身のための嘘でしかないのが怖い』
「もちろん誰にも言いませんわ。あのお方からも同じように言われていますもの。……それで、ジュノ様自身は本当にあのお方の求婚に応じる気は無いのですか?」
「アニマ様が私をどう思っているかは知らないけど、私は婚約者様一筋よ。他の殿方となんて考えられないわ」
『えー? 本当ですかあ? 王子様から言い寄られるのもアリかもって普通ちょっとは思いません?』
馬鹿なこと言わないで。王太子殿下だろうがなんだろうがクオレスの足元にも及ばないわよ。
もしかしてスチューリアは私が王太子妃になる女だと思って恐れていたのかしら。
ゆくゆくは王妃になる女に罪を擦り付けようとしたなんて考えたらたしかに気が気でなくなるかもしれないわね。
……だったら同じく王太子妃候補らしい略奪女にも震えなさいよ。
「そんな……このままではユアナが、ワタクシのユアナが……ううっ……」
『ユアナちゃんはモテモテだなあ……』
なんで急に泣き出すのよ……。いよいよもってわけがわからない。
私は目の前の女について理解することを諦めて帰ることにした。
「ご令嬢様。すみませんが少しの間だけ悪霊を貸していただけないでしょうか?」
帰り道の中、ずっと後ろを歩いていた衛兵が唐突に口を開いた。
「いいけど、どうかしたの?」
「あちらの店に連れて行きたいと思いまして……」
『なんですかあの店? かわいいお店ですけど、ビビ君の趣味ですかー?』
「そ、そんなわけないだろっ。贈り物を選ぶんだよ!」
衛兵が指さした先にあったのはハーブの店だった。
可愛らしい店構えで、私も少し興味があるけど……邪魔したら悪いわね。
「わかったわ。私はこの辺りで待っているから、いってらっしゃい」
「ありがとうございます! すぐ戻ってきますので!」
「ゆっくりでいいわよ。この辺り、思っていたよりも治安が良いみたいだし」
『ジュノさんみたいな恰好の女の子がいっぱい歩いていますもんねえ。貴族だってバレて狙われることなんて無さそうですよ』
そこは否定したいところだけど、否定したら話が進まなくなってしまいそうだからそういうことにしておきましょう。
「お心遣いありがとうございます! それでもご令嬢様を長い間お待たせするわけにはいきませんので、なるべく早く済ませます! じゃあ……い、行こうか」
『いや、何気にビビ君、あたしからの了承は得てませんよね?』
「だ、だめだったか?」
『いいですよ? 誰へのプレゼントか知りませんけど、あたしのイカれたセンスで最高のサプライズにしてやりますよ!』
「真面目に選んでくれよ!?」
亡霊ってば、明らかに嫉妬しているわね。本人はその気持ちに気づいているのかしら。
私は生温かい目で二人を見送ってやった。
ベンチに腰掛けた私は街行く平民達の様子を眺める。
様々な人々が通り過ぎていく中、私の目に留まってしまうのは若い男女が仲睦まじく歩く姿だった。
「いいな……」
私だってクオレスと一緒に出掛けたことは何度もあったのに、今では目の前にある光景が遠いところにあるものに感じてしまう。
いえ、最初から遠かったのでしょう。
楽しんでいるのはいつも私だけで、クオレスは義務感で付き合っていただけなのだから。
でも私はクオレスにも私といる時間を楽しんでほしいと思っていた。
そのためにいろいろ調べて、彼が興味を持つかもしれないものを探したの。全部無駄だったけど。
あれ以来クオレスとは会っていない。やっぱり合わせる顔が無かった。
謝罪して仲直りしたばかりだったのに、どうしてこうなってしまったのだろう。
以前ならこんな風にはならなかったはずなのに。
……あんなものを思い出してしまうからよ。
思い出したいわけでもないのに、今ここにある現実以上に真実味のある光景として悪夢が目の前に現れてしまい、平静ではいられなくなってしまう。
まるで呪いのようだった。
なにもかもあの女のせいよ。
あの女さえいなければ悪夢のような歴史が生まれることも無かったもの。
クオレスが手紙を書くことだって無かった。私がこうして悩む必要なんて何も無かったはず。
あの女がクオレスを誑かしさえしなければ。
……いいえ、そうではないわね。あの女が誑かそうとしたわけではないのでしょう。
だって、あの女はあの女としてただそこにいるだけで周囲を惹きつけてしまうのだから。
そんなの、存在そのものが罪じゃない。……やっぱり、許せない。
「――ジュノさん! 良かったあ。また会えたね」
そんな忌々しい声の主が再び私の前に現れる。
「……何。私に何か用?」
傍にスチューリアや化け物達の姿は無い。
もしかして一人で抜け出してきたの? 私を探しに?
「うんっ! あのね、さっき渡しそびれちゃったんだけど、これ、ジュノさんに……!」
少し恥ずかしそうに差し出した手の中にあったものは、小さなクリスタルで作られた魔道具だった。
「なによそれ」
「タリスマンだよ。癒しの魔法をこめて作ったから、回復魔法が使えない人でもちょっとだけ傷を癒せるようになるよ。授業で作っていたものなんだけど、この前スチューリアちゃんからカバンちゃんごと落とされた時にちょっとだけ壊れちゃって、皆から手助けしてもらいながら作り直したんだ。ジュノさんにはお世話になったし、もうあんな目に遭ってほしくないなって思って……」
「いらない」
私はタリスマンには一切手を伸ばさず、立ち上がってその場から離れようとした。
「そんなっ……どうして?」
「どうして? 受け取って貰えて当然みたいな態度ね。平民風情が図々しいと思わないの?」
「だって、わたし……ジュノさんと仲良くなりたいって思って……ジュノちゃんとお友達になりたいの!」
「馴れ馴れしく呼ばないで! あなたと仲良くなる気なんて一切無いわ」
思い切って呼んだ様子が一層腹立たしい。
あなたを慕う者なんていくらでもいるのに、どうしてそんな悲しそうな顔をするの。どれだけ強欲なのよ。
「……アニマ君から言われたんだ。ジュノさんにはジュノさんの事情があるから、無理に仲良くなろうとしないほうがいいって。でも、わたし諦めたくないよ! ジュノさんが何を抱えているのかはわからないけど、ジュノさんが優しい人だってことは知ってるから……!」
「あなたは人を見境なく善人扱いしているだけじゃない。そうやってあの嫌がらせ犯のことも庇ったんでしょう。あんなろくでもない禁術を使う危険人物を野放しにして、良いことをしたつもり? あれがまた悪事をしでかしたらあなたのせいよ。わかっているの?」
本当はスチューリアのことなんてどうでもいい。私はただこの女を責めたいだけだった。
「たしかにスチューリアちゃんは危ない魔法を持ってる。でも、魔法は使い方によって良くも悪くもなるものだから……魔法使える人みんなが危ない人ってことになっちゃうよ。ジュノさんの魔法だって危ない力って言われているけど、良いことに使おうと頑張っているよね?」
少しはたじろぐかと思ったのに、略奪女はこちらを真っ直ぐ見て言い返してくる。
その強い意志を秘めた瞳が、この女なりに考えた上でスチューリアを救う選択をしたのだと物語っていた。
「スチューリアちゃんは実際に悪いことをしちゃったけど、やり直す機会があってもいいんじゃないかって思ったんだ。村では悪いことをした子はその時はいっぱい怒られるけど、皆そうやって成長していくんだよ。誰も村から追い出そうとなんてしなかった。わたし一人に意地悪をしようとしただけでスチューリアちゃんが何もかも失っちゃうなんて、そんなのわたし望んでないよ」
「何処までも平民の感性なのね」
私はそんなつまらない議論がしたいわけじゃない。
だから略奪女のご高説をその一言で切り捨て、話を終わらせるために渡しそびれていた物を取り出した。
「これ、返すわ」
「あ。それ、机の上にあった手紙……。たしか時間が無かったからカバンちゃんの中に入れて……そっか。ジュノさんが拾ってくれたんだね」
「私の婚約者様が書いたものよ。だからその手紙について聞きたいことがあったら私を通しなさい。勝手に近づいたら容赦しないから」
「そうなんだ。うん、わかった。お返事を書いたらジュノさんに渡すね」
睨みつけているのに略奪女は全く怖気づかない。
人の悪意に鈍感なのか、わかっていてそんな態度がとれるのか私には判別出来なかった。
本当は手紙なんて渡したくなかった。クオレスとこの女の間に接点なんて作りたくないもの。
だけど私が邪魔したところで、クオレスが再び私に隠れてこの女に接触しようとするかもしれない。
それなら私が間に入って関わらせることで二人が直接交流する機会を潰した方が良い。
そう考えた私はいつでも返せるようにと手紙を肌身離さず持ち歩き、それでも渡したくない気持ちもあってわざわざ渡しには行けなかった。
今だって、手紙を持つ手が震えてる。
二人が関わり合うのを怖がってる。
略奪女はその手紙を軽い手つきで取ってしまった。手顔を受け取ったのに、その場から離れようともせずに私を見つめてくる。
「あの、ジュノさん。お友達になれなくても、これからもジュノさんと会って、お話してもいいってことだよね……?」
遠慮がちに話す略奪女の言葉に、私はすぐに返事を返せなかった。
たしかに、私を通すということは、私がこの女と関わっていくということになる。
「……そういうことに、なるわね」
「よかった。わたし、がんばるね」
その晴れやかな笑顔に嫌気がさす。
たとえ世界の全てがこの女を愛してしまったとしても、私だけは屈したくない。屈してなるものか。




