きっかけ
それはほんの一瞬、目についたんだ。
「そのアザ…どうしたの?」
ぼくのその言葉に、彼女は腕を後ろに隠した。そして、苦笑いを浮かべ「なんでもないの」とウソをついた。
ウソだって分かるよ、そんなの。
だって君と知り合ってもう一年だよ?
そう口にしようとして、やめた。
これ以上は踏み込んでこないでと、彼女の表情が言っていたから。
――――バイト先の居酒屋で知り合って、早一年。
だいたい同じシフトで、休憩時間も同じ。
ここでは誰よりも君と、同じ時間を過ごしてきた。
バイト仲間の中では一番親しいと思ってたんだ。
それなのにぼくは、君のことを――――なにも知らなかった。
知っていることといえば―――名前、逢坂しおり。
地元の短大に通う、二年生。
笑うと口元にえくぼができる。
いつも穏やかで、誰にでも優しい。
ぼくのつまらない話を、楽しそうに聞いてくれる。
・・・だけど、自分の話はしない。
(彼氏・・・いたのか?)
それも、DVの。
咄嗟にアザを隠した理由が、ぼくにはそれしか浮かばなかった。
そして――――そう考えたらショックだった。
それは、彼女がDVに傷付いているということにショックだったのか。それに今まで気づかなかった自分にショックだったのか。
それともー―――彼女に彼氏がいたということがショックだったのか。
自分のこの感情が、どれに引っ掛かっているのかまだ分からなかったけど、ショックなのは確かだった。
それが、――――君のことをもっと知りたいと思ったきっかけ。




