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幼馴染ばかり優先する婚約者はいりません。私は辺境伯と静かに暮らします  作者: ローナ


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時を超える手紙

懐妊から数か月が過ぎ、エレノアのお腹は、目に見えて大きくなっていた。季節は、実りの秋を迎えていた。


屋敷の中では、生まれてくる子どものための準備が、少しずつ進められていた。村の女性たちが、あの日約束してくれた通り、心のこもった産着を、何着も届けてくれていた。


「無理はなさらないでくださいね」


レジーナが、日々、そう気遣ってくれる中、エレノアは、少しずつ、仕事の量を調整しながらも、トビアスへの指導は、変わらず続けていた。


「奥様、そろそろ、この作業は、僕に任せてください」


トビアスが、そう申し出ると、エレノアは、素直にその厚意を受け入れた。


「ありがとう、トビアス。あなたに任せられることが、こんなにも心強いとは、思わなかったわ」


「エレノアさんが、少しずつ、僕たちに仕事を任せてくださるようになって、正直、嬉しいです。それだけ、僕たちのことを、信頼してくださっているということですから」


その言葉に、エレノアは、静かに微笑んだ。


「もちろんよ。あなたなら、もう、私がいなくても、十分にやっていけるはずだから」


トビアスは、誇らしげに頷いた。かつて、荷運びの合間に計算を頼まれるだけだった少年が、今では、屋敷の帳簿を任せられるほどに成長している。その姿を見るたびに、エレノアは、静かな喜びを感じていた。


ある静かな午後、エレノアは、自室の引き出しから、以前、父から託された、古い手紙を取り出した。ガレスの祖母が、遠い昔、北の地へ嫁いできた母方の伯母に宛てて綴った手紙だった。結婚式に持ってきて以来、大切にしまってあったものだった。


丁寧に封を開き、色褪せた文字を、ゆっくりと読み進める。そこには、北の地へ嫁いできた義姉を案じる、温かな言葉が綴られていた。手紙は、遠い王都を懐かしむ義姉を気遣う言葉から始まり、慣れない北の暮らしの様子を、丁寧に伝えていた。


『不安がないと言えば嘘になるでしょう。ですが、この土地の人々の温かさに触れるたびに、少しずつ、ここがあなたの居場所になっていくはずです』


その一文に、エレノアは、静かに微笑んだ。遠い昔に書かれた言葉が、まるで、自分自身の歩んできた道のりを、そのまま映しているようだった。


手紙の後半には、こう書かれていた。


『いつか、あなたの家族の誰かが、この土地を訪ねてくれる日が来たなら、この家は、いつでも扉を開けて待っています。どうか、恐れずに、その手を伸ばしてほしいと願っています』


その言葉に、エレノアは、目頭が熱くなった。まるで、時を超えて、自分に語りかけられているような、不思議な感覚があった。


その夜、エレノアは、ガレスに、この手紙のことを話した。


「この手紙に、こんな言葉が綴られていたとは、知りませんでした」


「私も、初めて、その意味を、深く理解できた気がします。……この土地に来ることを、恐れずに選んで、本当に良かった」


ガレスは、そっとエレノアのお腹に手を添えた。


「この子にも、いつか、この手紙を見せてあげたいですね」


「ええ。血のつながりが、こうして時を超えて、繋がっていく。それは、本当に、不思議で、温かいことだと思います」


「エレノアが、この土地に来ることを決意してくれたのも、もしかしたら、この手紙の言葉が、どこかで、後押ししてくれていたのかもしれませんね」


ガレスの言葉に、エレノアは、静かに頷いた。父からこの手紙を託された日から、遠い昔の誰かの想いが、自分の背中を、そっと押してくれていたのかもしれない。


「いつか、この子が、どんな道を選ぶのか。……私は、どんな道を選んでも、その意志を、心から尊重してあげたいと思います」


エレノアの言葉には、これまでの経験から得た、確かな信念が込められていた。ガレスは、その言葉に、深く頷いた。


「私も、同じ気持ちです。私たちの子には、誰かに決められた人生ではなく、自分自身の意志で、歩む道を選べる子に育ってほしい」


その言葉に、エレノアは、静かに微笑んだ。二人が共有するこの願いこそが、これから始まる家族の、確かな土台になるのだと感じていた。


数日後、王都から、リリアーヌとセドリック、それぞれから、心のこもった手紙が届いた。


リリアーヌの手紙には、こう記されていた。


『エレノア様のご懐妊、心よりお祝い申し上げます。私にも、先日、第一子を授かりました。同じ時期に、共に母になれることを、とても嬉しく思います』


その知らせに、エレノアは、思わず笑みをこぼした。かつて、複雑な因縁で結ばれていた二人が、今、同じ喜びを分かち合える関係になっている。その事実に、深い感慨を覚えた。


手紙には、さらに、こう続けられていた。


『父も、すっかり元気になり、初孫の誕生を、今から心待ちにしています。エレノア様のお子様とも、いつか、一緒に遊べる日が来たら嬉しいですね』


その一文に、エレノアは、温かい未来を、静かに思い描いた。かつて、それぞれの立場で苦しんだ日々があったからこそ、今、こうして子どもたちの未来にまで、優しい繋がりを望めるようになっている。


セドリックの手紙には、こう書かれていた。


『エレノアが、幸せな家庭を築いていることを、心から嬉しく思う。生まれてくる子には、きっと、エレノアの誠実さと、強さが受け継がれることだろう』


その言葉に、エレノアは、静かに頷いた。過去の因縁を完全に手放し、今は、互いの幸せを、素直に喜び合える関係になっていた。


手紙の末尾には、こう添えられていた。


『モンド家の商いも、順調に軌道に乗ってきた。いつか、エレノアたちの領地の産物を、うちの商会でも扱わせてもらえたら、これほど嬉しいことはない』


その提案に、エレノアは、思わず頬を緩めた。仕事の話も交わせるほどの、対等な関係へと、二人の繋がりは、確かに変わっていた。


夜、自室に戻り、エレノアは手帳を開いた。


『古い手紙を読み返した。リリアーヌ様も、ご懐妊されたとのこと。セドリック様からも、温かい祝福の言葉をいただいた』


書き終えて、エレノアは、窓の外に広がる、収穫を迎えた黄金色の畑を見つめた。この土地に来てから、二度目の秋。その実りの季節に、新しい命の誕生を待ちながら、エレノアは、これまでの道のりのすべてに、深い感謝を感じていた。


あの手紙を、そっと引き出しにしまう。いつか、この手紙を、生まれてくる子どもに見せる日が来るだろう。人から人へと受け継がれてきた、見知らぬ土地へ足を踏み出す勇気。それを、また次の世代へと、繋いでいけたらと、エレノアは静かに願った。


セドリックとの婚約、その解消、そしてこの土地での新しい人生。かつては、それぞれ独立した出来事のように感じていたものが、今振り返れば、一つの確かな道のりとして、繋がって見えた。誰も欠けることなく、それぞれが、自分の意志で選んだ道を歩み、それぞれの幸せに辿り着いている。その事実が、エレノアにとって、何よりの慰めであり、誇りだった。


窓の外では、収穫を終えた麦畑が、夕陽を浴びて、静かに黄金色に輝いていた。

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