二つの会場
披露宴は、教会に隣接する広場で、盛大に催された。長机には、村の料理人たちが腕によりをかけた、羊肉の串焼きや、蜂蜜の焼き菓子、季節の野菜を使った料理が、所狭しと並べられていた。
「乾杯の音頭を」
村長の呼びかけに、皆が杯を掲げた。
「本日は、ヴォルグレイブ卿とエレノア様の、輝かしい門出を祝う、めでたい日です。お二人の未来に、そして、この土地の末永い繁栄に、乾杯!」
「乾杯!」
会場中に、朗らかな声が響き渡った。
宴が始まると、村人たちは、次々と、二人のもとへ祝いの言葉をかけにやってきた。あの隣村の家畜小屋の一件で出会った村長も、遠方からわざわざ足を運んでくれていた。
「あのときの出会いが、まさか、こんな形で実を結ぶとは。エレノア様には、心から感謝しております」
「私も、あの日のことを、よく覚えています。皆さんとの出会いが、今の私を作ってくれました」
子どもたちは、花輪を作って、二人の首にかけてくれた。
「エレノア様、これ、僕たちが作ったんです」
「まあ、ありがとう。とても素敵だわ」
エレノアがそう答えると、子どもたちは、はにかみながらも、誇らしげな笑顔を見せた。
宴もたけなわになった頃、トビアスが、少し緊張した面持ちで、皆の前に進み出た。
「僭越ながら、一言、ご挨拶させていただきます」
会場が、静かになる。
「エレノアさんが、この屋敷に来てくださってから、僕の人生は、大きく変わりました。数字の読み方も、人との向き合い方も、すべて、エレノアさんに教わったことです。旦那様、エレノアさん、本当に、おめでとうございます」
その言葉に、エレノアは、静かに目を潤ませた。ガレスも、感慨深げに頷いている。
「トビアス、こちらこそ、ありがとう。あなたがいなければ、私一人では、この土地の仕事を、ここまで整えることはできませんでした」
エレノアの言葉に、トビアスは、涙を堪えながら、深々と頭を下げた。
続いて、レジーナも、杯を手に、静かに立ち上がった。
「ガレス。あなたの父君、母君が、今日という日を見られたなら、どれほど喜んだことでしょう。エレノアさん、この子を、これからもよろしくお願いします」
その言葉に、ガレスは、目頭を熱くしながら、深く頭を下げた。
「レジーナ、これまで、本当にありがとうございました。あなたがいなければ、私は、こうしてエレノアと出会うことも、幸せになる道を選ぶこともできなかったでしょう」
「大げさですよ。……でも、そう言ってもらえると、長年、この屋敷を守ってきた甲斐があるというものです」
レジーナは、そう言いながら、目元を拭った。その姿を見て、エレノアもガレスも、思わず笑みをこぼした。
宴が進むにつれ、王都からの参列者たちも、村の温かい雰囲気に、すっかり打ち解けていった。かつて、社交界で好奇の視線を向けてきた者たちも、今は、心からの祝福を口にしている。
セドリックが、少し照れくさそうに、二人のもとへやってきた。
「エレノア、ガレス卿。改めて、おめでとう。……正直、こんなに温かい結婚式は、王都では、なかなかお目にかかれない」
「セドリック様も、ぜひ、ゆっくり楽しんでいってください」
「ああ。……エレノアが、こうして心から笑っている姿を見られて、僕も、肩の荷が下りた気がする」
その言葉に、エレノアは、静かに頷いた。過去の因縁を、完全に手放した者同士の、穏やかな会話だった。
「こんなに温かい結婚式は、初めてです」
顔見知りの令嬢が、そう感嘆の声を漏らした。
「王都の格式ばった式とは、まるで違いますね。でも、これほど幸せそうな花嫁を見たのは、久しぶりです」
その言葉に、エレノアは、静かに微笑んだ。
日が傾き始めると、予定通り、宴の後半は、村人たちが準備してくれた納屋へと、場所を移した。灯された明かりの中、色とりどりの飾りが、幻想的な雰囲気を醸し出していた。天井から吊るされた子どもたちの紙細工の花が、灯火に照らされて、優しく揺れている。
「本当に、雨に備えて良かったですね」
トビアスが、誇らしげに、会場を見渡しながら言った。
「ええ。こうして、昼と夜、二つの美しい会場を、皆で作り上げられたことが、何よりの喜びです」
エレノアの言葉に、トビアスは、満足げに頷いた。
「見事な会場ですね」
王都から来た客人の一人が、感心したように言った。
「村の皆で、心を込めて作りました」
エレノアがそう答えると、客人は、深く頷いた。
「これほどの心遣いが、あなた方への祝福を、何よりも雄弁に物語っていますね」
夜が更けるにつれ、音楽が奏でられ、人々は、思い思いに踊りの輪に加わった。村の楽師たちが奏でる、素朴だが心温まる旋律が、納屋いっぱいに響き渡る。エレノアとガレスも、皆に見守られながら、最初の一曲を、静かに踊った。
「まるで、あの春祭りのようですね」
エレノアがそう囁くと、ガレスは、優しく笑った。
「あのときと同じ相手と、こうしてまた踊れることが、何よりの幸せです」
一曲が終わると、次々と、他の村人たちも踊りの輪に加わり、会場は、これまでにない賑わいを見せた。父も、村の女性に誘われ、慣れない手つきながらも、楽しそうに踊りに参加していた。その様子を見て、エレノアは、思わず笑いがこぼれた。
「お父様が、あんなに楽しそうにしているところ、初めて見ました」
「良い光景ですね。……こういう素朴な楽しみを、案外、皆が求めているのかもしれません」
ガレスの言葉に、エレノアも頷いた。王都の格式ばった社交とは違う、飾らない喜びが、会場いっぱいに満ちていた。
夜遅くまで続いた宴は、最後には、村人たちの温かい歌声で締めくくられた。古くから伝わる、収穫を祝う歌だという。素朴な旋律に、皆の声が重なり合い、会場全体が、一つの大きな家族のような、温かい一体感に包まれた。エレノアは、その歌声に包まれながら、これまでの長い道のりと、これから始まる新しい人生の両方を、静かに噛み締めていた。
すべての祝宴が終わり、二人きりになった夜、エレノアは、窓の外に広がる、満天の星空を見上げた。
昼間の喧騒が嘘のように、屋敷には、静かな夜が訪れていた。エレノアは、手にしていた花輪を、そっと窓辺に置いた。子どもたちが心を込めて作ってくれた花輪は、まだ、かすかに、野の花の香りを放っていた。
「今日は、本当に、色々な人の顔が見られました」
エレノアがそう言うと、ガレスは、優しく頷いた。
「あなたが、これまでこの土地で築いてきたものが、今日という日に、すべて形になって表れていました」
「あなたのおかげでもあります。あなたが、最初に私を、実務者として迎え入れてくださったから、今の私がいます」
その言葉に、ガレスは、静かに首を振った。
「あなたは、いつも、周りの誰かの功績だと言いますね。でも、今日この場に集まった人々の笑顔は、あなた自身が、一つ一つ、丁寧に築き上げてきたものです」
「今日という日を、一生忘れません」
「私もです。……これからも、共に、たくさんの日々を積み重ねていきましょう」
その言葉に、エレノアは、深く頷いた。長い我慢の日々を経て、ようやく辿り着いた、この上ない幸福の夜だった。




