二人だけの結婚式ではなく
「まずは、日取りと、式を挙げる場所を決めなければなりませんね」
レジーナが、いつになく張り切った様子で、話を切り出した。
「王都で挙げるべきか、それとも、この地で挙げるべきか。エレノアの意見を、聞かせていただけますか」
ガレスの問いに、エレノアは、少し考えてから答えた。
「私は、この土地で挙げたいと思っています。村の皆さんに見守られながら、式を挙げられたら、これ以上ない幸せです」
その答えに、ガレスは、嬉しそうに目を細めた。
「私も、同じ気持ちでした。ただ、王都の格式を重んじる方々からは、色々と言われるかもしれません」
「それでも、構いません。私たちの結婚式は、私たちの意志で、決めたいのです」
その言葉に、ガレスは、深く頷いた。
「分かりました。……正直、私も、この土地で、村の皆に見守られながら式を挙げることに、憧れがありました。ただ、あなたに、王都の華やかな式を諦めさせることになるのではと、案じていました」
「諦める、というより、これが、私の望む形なのです。以前の私なら、きっと、周りの期待に合わせて、王都での式を選んでいたでしょう。でも今は、自分が本当に望むものを、選ぶことができます」
その答えに、レジーナも、満足げに頷いた。
「良い心構えです。この土地の教会は、決して大きくはありませんが、皆で心を込めて飾り付ければ、十分に立派な式になりますよ」
トビアスも、興奮した様子で、話に加わった。
「僕、もう色々と考えているんです。入り口には、村で採れた花を飾って、通路には……」
その熱心な様子に、屋敷中が、和やかな笑いに包まれた。準備が始まったばかりだというのに、すでに、皆の心は、当日の光景を思い描き始めていた。
日取りについては、村の収穫が一段落する、秋の初めに決まった。
「秋の初めなら、村の収穫祭とも、時期が近くなりますね」
トビアスがそう指摘すると、レジーナが、興味深そうに頷いた。
「それなら、収穫祭と合わせて、村全体でお祝いすることもできそうですね。村人たちにとっても、二重の喜びになるでしょう」
その提案に、エレノアもガレスも、大いに賛成した。村の恵みに感謝する祭りと、二人の門出を祝う式が、共に行われる。それは、この土地に根ざした暮らしを選んだ二人にとって、これ以上ないほど、ふさわしい形に思えた。
父にも手紙で報告すると、すぐに、心のこもった返事が届いた。
『秋の式、良い時期を選んだな。フォスター家からも、多くの者が参列できるよう、手配しよう。何か、こちらで用意すべきものがあれば、遠慮なく言いなさい』
準備は、村の人々を巻き込みながら、着々と進んでいった。教会の飾り付けは、村の女性たちが、進んで手伝ってくれることになった。
「エレノア様の花嫁衣装、私たちにも手伝わせてくださいな」
村の裁縫上手な女性たちが、そう申し出てくれた。エレノアは、その温かい申し出に、快く応じた。
「ぜひ、お願いします。皆さんの手で作っていただけたら、これ以上の宝物はありません」
「ヴォルグレイブ領特産の羊毛を使って、この土地らしい、温かみのあるドレスに仕上げましょう」
女性たちの一人が、そう提案すると、皆、熱心に意見を出し合い始めた。刺繍の模様、レースの飾り、どれも、この土地の伝統を活かした、独自のデザインが練られていく。エレノアは、その様子を見ながら、王都の仕立て屋で誂える豪華なドレスとは、また違う種類の、温かな美しさを感じていた。
トビアスも、式当日の進行の手伝いを、率先して引き受けてくれた。
「僕にできることなら、何でもやります。エレノアさんの晴れの日ですから」
「頼りにしているわ、トビアス」
「任せてください! 招待客の名簿の管理も、席次の案も、エレノアさんに教わった通りに、きちんと仕上げてみせます」
その頼もしい様子に、エレノアは、かつて自分が式典の準備に一人で追われていた日々を思い出した。あの頃とは違い、今は、こうして信頼できる仲間と共に、準備を進めることができる。その違いを、エレノアは、静かに噛み締めた。
その言葉に、エレノアは、この屋敷と、この土地の人々との絆が、これほどまでに深く育っていたことを、改めて実感した。
準備を進める中、エレノアは、自分自身の心境の変化にも、気づいていた。以前の自分なら、式の準備は、誰かに任せ、ただ流れに身を任せるだけだっただろう。だが今は、一つ一つの決定に、自分の意志を反映させることが、当たり前のようにできていた。
「花嫁衣装の色は、どうしますか」
「教会の飾り付けは、どのような花を」
「披露宴の料理は、村の特産品を、どう取り入れるか」
そうした一つ一つの問いに、エレノアは、自分の希望を、迷うことなく口にした。それは、これまでの人生では、あまり経験したことのない、確かな自己表現の積み重ねだった。
「披露宴の料理には、ぜひ、あの羊肉の串焼きと、蜂蜜の焼き菓子を」
エレノアがそう提案すると、村の料理人たちは、嬉しそうに頷いた。
「あの春祭りで召し上がった料理ですね。喜んで、腕によりをかけて作らせていただきます」
かつて、初めて村の祭りに参加したときに味わった料理を、自分たちの結婚式にも取り入れる。その選択には、この土地で過ごしてきた日々への、確かな愛着が込められていた。
ある晩、準備の合間に、レジーナが、しみじみと言った。
「あなたが最初にこの屋敷に来た日のことを、よく覚えています。婚約解消の直後で、どこか、傷ついた様子を隠しきれずにいらっしゃいました。あの頃のあなたは、まだどこか、遠慮がちで、控えめな方でした。今は、随分と、堂々とした様子になられましたね」
その言葉に、エレノアは、静かに微笑んだ。
「皆さんが、私の意見を、きちんと聞いてくださったからだと思います。それが、これほど大きな違いを生むとは、以前は、想像もしていませんでした」
自室に戻り、エレノアは手帳を開いた。
『結婚式の日取りは、秋の初め。村の教会で挙げることに決めた。村の皆が、それぞれの形で、準備を手伝ってくれている』
書き終えて、エレノアは、これまでの手帳のページを、改めて、ゆっくりとめくり返してみた。
誕生日の夜、初めて手帳に一行を書き記した日のことを、今でも鮮明に覚えている。あのときの自分は、ただ、日々の違和感を、密かに記録することしかできなかった。それが今では、自分の意志で選んだ幸せを、誇らしく綴るページへと変わっている。
その変化の過程には、多くの人々との出会いと、数え切れないほどの困難があった。だが、そのどれもが、今のエレノアを形作る、かけがえのない一部だった。
窓の外に広がる、夏の日差しに照らされた大地を見つめた。これから訪れる秋の日まで、まだ数か月の時間がある。だがその一日一日が、これまでの人生で経験してきた、どの時間よりも、確かな喜びに満ちていた。




