リリアーヌの結婚式
リリアーヌの結婚式は、モンド男爵邸で、初夏の陽光の下、盛大に執り行われた。庭園には、色とりどりの花々が咲き誇り、招待客たちの華やかな装いと相まって、会場全体が、祝福に満ちた雰囲気に包まれていた。
エレノアとガレスは、朝早くから王都入りし、式典に参列した。持参した羊毛の織物は、丁寧に包装され、他の贈り物と共に、控えの間に並べられた。
会場の一角には、車椅子に座ったモンド男爵の姿もあった。以前の重篤な容体からは想像もつかないほど、穏やかな顔色をしている。エレノアは、その姿を見て、静かに安堵した。
会場に着くと、真っ先に、晴れやかな笑顔のリリアーヌが、二人を出迎えてくれた。
「エレノア様、ガレス様! 来てくださって、本当に嬉しいです」
「おめでとうございます、リリアーヌ様。心から、お祝い申し上げます」
エレノアがそう言うと、リリアーヌは、感極まったように、少し涙ぐんだ。
「エレノア様には、色々なことで、お世話になりました。今日、こうしてお祝いに来ていただけて、本当に幸せです」
式は、和やかな雰囲気の中、滞りなく進んでいった。誓いの言葉を交わすリリアーヌと、その相手である商家の青年の姿は、幸せに満ち溢れていた。
新郎は、穏やかな物腰の青年で、リリアーヌを見つめる眼差しには、深い愛情が滲んでいた。誓いの言葉を交わす二人を見ながら、エレノアは、以前リリアーヌが語っていた言葉を思い出した。「とても穏やかで、話をよく聞いてくださる方」――その言葉通りの相手なのだろうと、式の様子から、はっきりと感じ取れた。
参列者の中には、セドリックの姿もあった。式の合間、エレノアとガレスのもとへ、彼が挨拶にやってきた。
「エレノア。それに、ヴォルグレイブ卿も」
「セドリック様。……リリアーヌ様との、その後の関係は」
「幼馴染として、これからも、変わらず支えていくつもりだ。ただ、以前のような、距離の近さとは、少し違う形で」
「違う形、というのは」
「彼女には、彼女自身の家族ができる。僕は、その一歩外側から、見守る立場に変わっていく。……それが、健全な距離感なのだと、最近になって、ようやく分かった気がする」
その言葉には、以前と違う、成熟した響きがあった。エレノアは、静かに頷いた。かつて、境界のなかった二人の関係が、こうして、それぞれの人生を尊重する形へと、変わりつつあることを、静かに感じ取った。
「モンド家の婿養子のお話も、伺いました」
「ああ。……男爵から、正式にそのお話をいただいた。これからは、商いの道で、自分の力を試してみたいと思っている」
セドリックの表情には、これまでにない、確かな決意が宿っていた。
「正直、最初は、不安ばかりだった。伯爵家の跡取りという立場を離れて、一から商いを学ぶことに、迷いがなかったと言えば、嘘になる」
「今は、どうですか」
「今は、これで良かったと、心から思っている。……エレノアが、自分の意志で新しい道を選んだように、僕も、ようやく、自分の足で立つ生き方を、見つけられた気がする」
その言葉に、エレノアは、静かに微笑んだ。かつての婚約者が、こうして自分自身の言葉で、成長を語れるようになったことが、何よりも嬉しかった。
「ところで」
セドリックが、少し声を落として続けた。
「二人のことも、そろそろ、正式に発表するのだろう」
「ええ。実は、本日、この場で、お伝えできればと思っておりました」
エレノアの言葉に、セドリックは、柔らかく笑った。
「それは、良い日を選んだな。……エレノア、幸せになってくれ」
「セドリック様も」
短いやり取りだったが、そこには、これまでの因縁を、静かに手放した者同士の、確かな敬意があった。
披露宴が始まると、リリアーヌの父、モンド男爵が、皆の前で挨拶に立った。
「本日は、娘の門出に、多くの方々にお集まりいただき、誠にありがとうございます。……実は、この場をお借りして、もう一つ、嬉しいご報告があります」
男爵の視線が、エレノアとガレスへと向いた。会場中の視線が、一斉に集まる。
「ヴォルグレイブ辺境伯様と、フォスター伯爵家のエレノア様が、この度、正式にご婚約されました」
その発表に、会場から、温かい拍手が沸き起こった。エレノアとガレスは、互いに顔を見合わせ、静かに微笑み合った。
会場の隅には、参列していた父の姿もあった。父は、誰よりも大きな拍手を送りながら、目元を拭う仕草を見せていた。その様子に気づいたエレノアは、胸がいっぱいになった。
「おめでとうございます!」
「お二人とも、末永くお幸せに!」
その後、次々と、参列者たちが二人のもとへ祝福に訪れた。かつて、婚約解消の噂で好奇の視線を向けてきた者たちの中にも、素直に祝いの言葉をかけてくる者が、少なくなかった。人の噂とは、時を経て、こうして自然に移ろっていくものなのだと、エレノアは静かに実感した。
祝福の声が、会場いっぱいに響き渡った。かつて、婚約解消という形で幕を閉じた過去が、今、こうして新しい門出の場で、温かく祝福される形へと、変わっていた。
参列者の中には、かつて式典の壇上で一人立つエレノアを見た者たちも、少なからずいた。その一人が、感慨深げに近づいてきた。
「エレノア様。あの日の壇上でのお姿を、今でもよく覚えています。あれほどの困難を乗り越えて、今、こうして幸せそうなお顔を見られるとは」
その言葉に、エレノアは、静かに頭を下げた。
「ありがとうございます。あの日があったからこそ、今の私があるのだと思います」
その答えに、相手は、深く頷いた。当時、婚約者不在の壇上で一人立つ令嬢を、憐れみ混じりに見ていた者たちの目に、今、エレノアの姿は、まったく違う形で映っているようだった。
披露宴の終わり、エレノアは、リリアーヌと、もう一度、言葉を交わした。
「本当に、おめでとうございます。リリアーヌ様の幸せそうなお顔を見られて、私も、心から嬉しいです」
「エレノア様も、おめでとうございます。……あの頃は、色々とご迷惑をおかけしましたが、こうして、それぞれが幸せになれて、本当に良かった」
その言葉に、エレノアは、深く頷いた。誰も悪くなかったあの日々が、こうして、それぞれの新しい人生へと、確かに繋がっていた。
披露宴が終わりに近づく頃、父が、二人のもとへやってきた。
「今日は、本当に、良い日だった。……エレノア、お前が笑顔でいる姿を見られることが、私にとって、何よりの幸せだ」
「お父様……ありがとうございます」
「次は、お前たち二人の番だ。式の日取りが決まったら、すぐに知らせなさい。フォスター家としても、心を込めて、準備をさせてもらう」
その言葉に、エレノアもガレスも、深く頭を下げた。
帰りの馬車の中、エレノアはガレスの肩に、そっともたれかかった。
「今日は、本当に、良い一日でした」
「ええ。……これで、私たちの門出も、皆に知っていただけました」
「次は、私たちの番ですね」
エレノアがそう呟くと、ガレスは、優しく彼女の手を握った。
「ええ。……今度は、私たちが、皆に幸せな姿を見せる番です」
窓の外に流れる、初夏の王都の景色を眺めながら、エレノアは、これまでの長い道のりを、静かに振り返った。誕生日の夜の失望から始まった物語が、今、こうして多くの人々の祝福の中で、新しい章へと進もうとしていた。




