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幼馴染ばかり優先する婚約者はいりません。私は辺境伯と静かに暮らします  作者: ローナ


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想いを確かめ合う夜

夕食の席は、いつもと変わらぬ様子で始まった。だが、エレノアもガレスも、どこか落ち着かない空気を纏っていた。会話は途切れがちで、二人とも、料理の味をほとんど覚えていなかった。レジーナだけが、それを面白がるように、二人を交互に眺めていた。


「今日の商会との話し合い、うまくいったのでしょう? もっと嬉しそうな顔をなさっても、いいのではなくて」


レジーナの軽口に、ガレスは曖昧に頷くだけだった。エレノアも、スープに視線を落としたまま、何も言えずにいた。


食後、レジーナは早々に席を立った。


「今夜は、疲れました。お先に休ませていただきますね」


その言い方には、明らかな作為があった。エレノアは、思わず苦笑した。


「レジーナ様、お心遣い、感謝します」


「あら、何のことでしょう」


レジーナは、悪びれもせず、軽やかな足取りで部屋を出ていった。二人だけになった応接間には、暖炉の火の爆ぜる音だけが響いていた。


「では……改めて」


ガレスが、静かに切り出した。エレノアは、居住まいを正し、彼の言葉を待った。


「丘の上で、言おうとしたことです。……エレノア。私は、あなたのことを、一人の女性として、お慕いしています」


その言葉は、これまでの手紙や会話の端々から、すでに感じ取っていたものだった。それでも、直接、はっきりとした形で告げられると、エレノアの胸に、これまでにない震えが走った。


ガレスは、少し緊張した面持ちで、さらに続けた。


「初めてお会いした日、あなたが式典の準備に追われながらも、決して投げやりにならず、丁寧に物事に向き合う姿を見て、心を惹かれました。その後、手紙のやり取りを重ねるうちに、その気持ちは、日に日に大きくなっていきました」


「……そんなに、早くから」


「ええ。ただ、あなたには婚約者がいらっしゃいましたから、その気持ちを、表に出すことはできませんでした」


その告白に、エレノアは、これまでの数々の手紙の一つ一つを、思い返さずにはいられなかった。実務的な文面の奥に、そこまでの想いが込められていたのかと思うと、胸が締め付けられるような気持ちになった。


「なぜ、今まで、言葉にするのを、ためらっておられたのですか」


エレノアの問いに、ガレスは、少し考えるような間を置いてから答えた。


「エレノアが、婚約を解消したばかりだったからです。傷ついた心につけ込むような真似は、したくありませんでした。それに、私自身も、この気持ちが、一時の感傷なのか、確かなものなのか、自分の中で、はっきりさせておきたかった」


「今は、確かなものだと」


「ええ。あなたがここに来てから、毎日が、確かに変わりました。仕事の相談ができる相手というだけでなく、あなたがいてくれることそのものが、私にとって、かけがえのないものになっています」


その言葉に、エレノアは、静かに、しかしはっきりとした声で応えた。


「私も、同じ気持ちです。ハーヴィー男爵令嬢のことで、心が乱れたとき、初めて、自分の気持ちに気づきました。あなたのことを、一人の男性として、お慕いしています」


二人の間に、しばらく穏やかな沈黙が流れた。だが、それは気まずさではなく、互いの想いを確かめ合った後の、満ち足りた静けさだった。


「セドリック様のことを、恨んではいませんか」


不意に、ガレスがそう尋ねた。エレノアは、少し驚きながらも、正直に答えた。


「恨んではいません。彼にも、彼なりの弱さと、それに向き合おうとする誠実さがありました。ただ、私が求めていたものとは、違う形だっただけです」


「そう言えるのは、エレノアの強さだと思います」


「強さというより……。あなたと過ごす時間の中で、過去を、恨みではなく、経験として受け止められるようになったのだと思います」


その答えに、ガレスは静かに目を細めた。


「これから先のことを、少し、お話ししてもよろしいですか」


ガレスがそう切り出すと、エレノアは頷いた。


「あなたの婚約解消から、まだそれほど時間が経っていません。世間の目もあります。だからこそ、私は、性急に事を進めたくはないのです。まずは、きちんとした形で、お父上にご挨拶に伺い、その上で、あなたのお気持ちに恥じない形で、お付き合いを進めていきたいと思います」


その言葉には、これまでの彼らしい、誠実さと慎重さが、そのまま表れていた。


「いつ頃、父のもとへ、いらしていただけますか」


「できれば、来月にでも。ただ、その前に、レジーナにも、正式に事情を伝えておきたいと思います。……もっとも、あの様子では、とうに気づかれているでしょうが」


その言葉に、エレノアは思わず笑った。


「本当に。今夜も、随分と分かりやすく、席を外してくださいましたから」


「トビアスたちにも、いずれ、きちんと伝えるべきでしょうね。皆、あなたのことを、慕っていますから」


その言葉に、エレノアは、これまでこの屋敷で築いてきた関係の一つ一つを、改めて思い返した。仕事を通じて始まった繋がりが、今、こうして新しい形へと育っていく。その過程を、誰にも急かされず、自分たちのやり方で進めていけることが、何よりも嬉しかった。


「父も、きっと、喜ぶと思います」


「そう言っていただけると、心強いです」


ガレスは、そこで少し表情を緩め、これまで見せたことのない、柔らかな笑みを浮かべた。


「正直に言うと、これほど嬉しい気持ちを、うまく言葉にできる自信がありません。……ただ、これから先、あなたと共に、この領地を育てていけることを、心から楽しみにしています」


その言葉に、エレノアの胸に、温かなものが広がった。これまでの人生で、こんなにも自然に、誰かと未来を語り合える瞬間があるとは、思ってもみなかった。


「一つだけ、お願いしても、よろしいですか」


エレノアがそう切り出すと、ガレスは真剣な表情で頷いた。


「何なりと」


「もし、これから先、私に何か言いにくいことがあったときも、今日のように、きちんと言葉にして伝えてください。曖昧なままにせず、正直に」


その言葉には、これまでの経験が、そのまま込められていた。ガレスは、その意味を正しく汲み取ったように、深く頷いた。


「約束します。あなたには、いつも、正直でありたいと思っています」


その言葉に、エレノアは、これまで積み重ねてきた不安や迷いが、静かに解けていくのを感じた。


話が一段落すると、暖炉の火が、小さく爆ぜた。ガレスが、ふと立ち上がり、窓辺に近づいた。


「そういえば、来月には、村の春祭りがあります。よろしければ、一緒に見に行きませんか」


「春祭り、ですか」


「ええ。雪解けを祝う、この土地の恒例行事です。まだ、正式なお披露目には早いかもしれませんが……」


「喜んで。皆さんと一緒に、お祝いできること、楽しみにしています」


その約束に、二人はどちらからともなく、微笑み合った。まだ何も公にはなっていないが、これから先の日々に、また一つ、大切な予定が刻まれた。


夜も更け、エレノアは自室に戻ると、手帳を開いた。今日という日の出来事を、どう書き記せばいいのか、しばらく迷った末、シンプルな一文を選んだ。


『ガレス様と、想いを確かめ合った。これから、父への挨拶を経て、正式にお付き合いを進めることになる』


書き終えて、エレノアは、その文字を、静かに見つめた。誕生日の夜の失望から始まった、長い道のりの果てに、こうして自分の意志で選んだ幸福が、確かにここにある。


これまでの手帳のページを、少しめくり返してみる。我慢の記録から始まり、違和感の記録に変わり、そして決意の記録へと移り変わってきた、この数か月分のページ。それらすべてが、今日という日にたどり着くための、確かな道のりだったのだと、改めて実感した。


もちろん、これから先も、順風満帆なことばかりではないだろう。父への挨拶、周囲の反応、そして正式な形になるまでの、さまざまな手続き。だが、それらの一つ一つを、これまでのように一人で抱え込むのではなく、これからは、隣に立つ人と共に、乗り越えていける。その確信だけが、何よりも大きな支えだった。


窓の外には、雪解けの進んだ大地が、月明かりの下、静かに広がっていた。長かった冬の終わりが、ようやく、はっきりとした形で訪れようとしていた。

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