遠縁からの手紙
朝食を終えてすぐ、エレノアは父の書斎に呼ばれた。
扉を開けると、フォスター伯爵は手にした書状を机に置いたまま、こちらを見た。
「昨夜届いた手紙のことだ。ヴォルグレイブ卿——お前の母の遠縁にあたる辺境伯からだった」
「何と書かれていたのですか」
「来月、社交シーズンに合わせて王都へ出てくるそうだ。滅多にないことだが、ついでに我が家にも挨拶に寄りたいと」
エレノアは小さく首をかしげた。会ったこともない親戚が、わざわざ訪ねてくる理由が分からない。
「なぜ、今になって」
「さあな。だが、あちらの領地は北の国境に近い。文官も人手も、うちより余程厳しいと聞く。何か思うところがあるのかもしれん」
父はそれ以上多くを語らず、机の引き出しから古い肖像画を一枚取り出した。
「お前の母の姉が、若い頃にヴォルグレイブ家へ嫁いだ。もう随分と前の話だが」
絵の中の女性は、どこか亡き母に似た面差しをしていた。エレノアは初めて聞く話に、しばらく言葉を失う。
「お母様は、そのお話をなさったことはなかったわ」
「あちらは冬が長く、行き来も少ない土地だ。疎遠になるのも無理はない」
父の声には、懐かしさとも寂しさともつかない色があった。エレノアはその肖像画を、しばらく見つめていた。
書斎を出たあと、エレノアは自室に戻り、引き出しの奥から小さな手帳を取り出した。何のためかは自分でも分からない。ただ、今日聞いた話を忘れたくなかった。
『ヴォルグレイブ卿、来月来訪。伯母上のこと』
一行だけ書いて、手帳を閉じる。日記をつける習慣など、これまで一度もなかった。
その日の午後、セドリックが屋敷を訪ねてきた。来週の慈善バザーに、二人の連名で寄付品を出す約束になっている。その相談かと思えば、彼は少し気まずそうに切り出した。
「実は、寄付品なんだが。リリアーヌが刺繍の得意な職人を知っていてね。彼女に頼んで、もう少し華やかな品に変えてもらったんだ」
「……相談もなく?」
「悪気はないんだ。ただ時間がなくて。君なら任せても大丈夫だと思って」
エレノアは一瞬、喉の奥に小さな石が詰まったような感覚を覚えた。だが顔には出さず、静かに尋ねる。
「品はどう変わったの」
「白い刺繍布から、青地に花の刺繍が入ったものに。気に入らないなら、戻せるよう頼んでみるが」
「いいえ。それでいいわ」
任せても大丈夫、という言葉が、褒め言葉なのか、都合のいい言い訳なのか、エレノアには分からなかった。
セドリックが帰ったあと、エレノアは自室の窓辺に立ち、先ほどの手帳をもう一度開いた。
『寄付品の件、相談なし』
二行目を書き足しながら、これがただの記録なのか、それとも何かの前触れなのか、自分でもまだ分かっていなかった。
そこへ、玄関の方から侍女の慌てた声が聞こえてきた。
「お嬢様! あの、モンド男爵令嬢が……エレノア様に、直接お会いしたいと」
エレノアは窓の外に目をやった。玄関先の馬車の傍に、見覚えのある金色の巻き毛の令嬢が立っている。
リリアーヌが、一人で訪ねてきていた。




