第27話 襲来
楽しい午後のお茶会も終わり。私は、ラウラと共に自室に戻っていた。夕暮れ近くなっても、雨は降り止まない。私は、暖炉前のテーブルに刺繍セットを並べて、にこにことラウラを手招きした。ラウラが、申し訳なさそうにおずおずと言う。
「あのう、アイリス様。本当に、いいんですか? 私は使用人の立場なのに、今日も、アイリス様直々に刺繍を教えて下さるなんて……」
「もちろん! 今日は雨だし、ラウラも、お仕事は終わりにしていいから。ほら、遠慮しないで、そこにどうぞ。この前の続きを、教えてあげる」
「えへへ……じゃあ、お言葉に甘えて、遠慮なく!! 失礼しまーす!」
ラウラは「わーい!」と嬉しそうに言い、私達は暖炉前の椅子に仲良く腰かけた。私は刺繍が趣味だから、暇な時には、刺繍が苦手だというラウラに刺繍の手ほどきをしている。ラウラは明るくて元気だから、彼女とお喋りしながらの手仕事はとても楽しい。
私はここ数日、ラウラに教わって、ガルディエ流のお守りを作っていた。男性の腰ベルトに付ける木綿の小さな袋で、ガルディエでは、戦の勝利と無事を祈って、女性から男性に贈られるものらしい。女達は皆、好きな絵柄を表に刺繍し、中には、愛する男性へ向けたメッセージを入れるそうだ。ラウラは、密かに思いを寄せている男の子が騎士団にいるらしく、その人に贈るとはしゃいでいた。私はもちろん、エルネストのために、一生懸命これを作っている。
私の隣で刺繍針と格闘していたラウラが、「それにしても!」と顔を上げ、目を輝かせた。
「先程の閣下のご様子には、本当に驚きました!! いつも威圧的な閣下に、あんな一面があるなんて……あの場にいた私共の間では、アイリス様の噂で持ちきりでしたよ!」
私は驚いて手を止め、ガルディエの紋章を丁寧に刺繍した布を膝に置いて言う。
「私の? どうして?」
ラウラは「それはもちろん!」と満面の笑顔で力説した。
「ああして閣下が寛いだご様子なのは、アイリス様が閣下のおそばにいらっしゃるからに違いない、ってみんなで話してたんです!! だって閣下、アイリス様がここにいらしてから、本当に変わったんですから! 今までの閣下は、女性を傍に侍らせていても、どこか不機嫌で怖くて……本当に近寄りがたかったんですよ!!」
はしゃいで頬を染めるラウラに、私は眉を寄せて言った。
「そうなの? でも……前に彼、私の他に、可愛がっている女性が沢山いる、と言っていたわよ? 彼は、婚約者が私で、本当に良かったのかしらね」
なんとなく、嫌味っぽくなってしまった。私は、「ごめんなさい、変な意味じゃな……」と言いながら顔を上げ、ぎょっとする。ラウラが、両手を頬に当てて、顎が外れそうなほど大口を開けていた。
「……す、すみません、すみません!! 私達の閣下が、とんでもなく無礼なことを申し上げて、本当にすみません!! どうか、お願いです、アイリス様っ! 好色漢で素行不良な閣下を、どうかどうか、お許し下さい!! 使用人一同を代表して、このラウラが、心から謝罪させて頂きますから!」
好色漢で素行不良って。私は、ラウラから繰り出される怒涛の悪口に苦笑しながら、「ええと……」と身を引いた。ラウラは、いつだったかと同じ迫力で、目をギラギラさせて私に詰め寄って来る。
「アイリス様!! 閣下の暴言は、どうか水に流してあげて下さい!! だって閣下は、アイリス様を、特別に思っていらっしゃるんですから!! これは、絶対に本当です!! 長年閣下に仕えて来た使用人の私共が言うんですから、間違いありません!!」
彼女は「まあ、私はまだここに来て数年ですけど」とぼそりと付け加えつつ、続けた。
「閣下はああいう難しいお方ですから、使用人一同、あの方のお考えはいつも分からなかったのですが……先程のことで、私共は確信しました!! アイリス様は、閣下にとってたった一人の、大切なお方に違いない、と!!」
ラウラは、どこか夢見ている顔付きで、鼻息荒く身を乗り出す。私が口を挟む隙など無い。
「閣下は確かに、これまで女性関係では、派手なことをしてらっしゃいました! 悪名高い、狂乱の宴がいい例です! でも、そんな閣下が、アイリス様といる時は、まさかあんな甘えた顔をお見せになるなんて……もう、先ほどの食事室では、その場にいた全員が思いました!! 私共の大切な閣下をお幸せにして下さる女性は、アイリス様しかいない、って! 私共一同、お二人のご婚礼の日を、それはもう、楽しみにしておりますので!!」
「そ、そう……? ありがとう……」
室内にビリビリ響くラウラの声に、私は辺りを見回して怯えながら答える。彼女は縫いかけの刺繍を手に、「はい!」と満面の笑みで頷いた。
(ラウラはもちろん、この城砦の人たちは、本当にエルネストのことが大好きなのね。いい城主なのだわ、彼は。でも、ラウラが言うように。彼が少しでも、他の女性達と私を、違う目で見てくれているのなら……)
この求婚に、何が隠されているのか分からないけれど。もしも、エルネストと私の結婚が、本当に愛情で結ばれたものになるのなら。
(なんて、幸せなのかしら。ねえ、アンジュ。姉様、初めて、大好きな人が出来たのよ! でも、彼が私のことをどう思っているのか、分からないの。姉様、いつもは頭がよく回るのに、エルネストのことになると、なんだか上手く考えられないのよ。これじゃあ、アンジュにも笑われちゃうわね!)
それから数日後。雨も上がり、濃い霧が立ち上り始めた夕暮れ時。突然、城砦中に雷のような鐘が鳴り響いた。
「食人鬼が来たぞぉ!! 騎士団は、装備を整えて、城門に集まれぇ!!」




