第26話 熱いものは、苦手です
エルネストは、動揺したままケーキにフォークを突き刺して、口に入れた。アイリスが目を見張る。
「ひ、一口で?! ちょっと、大きすぎないかしら」
彼女の言葉が終わる前に、エルネストはごふふっ!!と激しくむせていた。アイリスが「大変!」と背中をさすりながら慌てて言う。
「大丈夫!? お水、お水を……」
彼女が渡してくれたコップの水を、一気に飲み干す。どうにか一息つくと、アイリスがホッとした顔で、こちらを覗き込んできた。髪と同じ、澄んだ菫色の、美しい瞳。
「はあ、びっくりした。駄目よ、エルネスト。ゆっくり食べないと」
「う、うるせえな!! あんたは俺の、母親じゃないだろうが!!」
と叫んでハッと気づくと、室内中の視線がこちらに向いていた。エルネストはムッとして彼らを睨みつける。
「……なんだよ? なんか文句あんのかよ、お前ら?」
主の凄みのある声に、彼らはサッと視線を逸らせて各々の会話にぎこちなく戻った。エルネストは「ふん!」と不機嫌に鼻を鳴らし、ティーカップに手を伸ばして一口飲む。
「あっ……つ!!」
ぶふっと吹き出すエルネストに、アイリスが「きゃあ!?」と小さく叫び、慌てて絹のハンカチを出した。
「大丈夫? ……そういえば、エルネストって、猫舌よね。ごめんなさい、もう少し、冷ましておけば良かったわ」
「な、なんであんたが、そんなこと知ってんだよ?! ってか!! 何してんだよ?!」
アイリスは真剣な顔をして、絹のハンカチでエルネストの口元を拭っている。
「動かないで、口元にお茶が垂れているから。このままじゃ、シャツの襟が濡れちゃうわ。ああ、それと、あなたが熱いものが苦手だってことは、お食事の時に気付いたの。あなたいつも、熱いスープとかお茶とか、随分長く、ふうふうして冷ましているから」
エルネストは、恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じる。いつも無表情でいるくせに、まさか、そんなところを見られていたとは。エルネストが固まっていると、アイリスが「これでいいわ」と体を起こし、こちらを見上げて微かに首を傾げる。彼女の優美な仕草から立ち上る自然な色気に、エルネストの体の奥が、意思とは関係なく熱を持ち始めていた。
「良かった、綺麗になったわ。お茶のお代わり、入れる?」
「要らねーよ!! もう飲んだ!!」
「そう? ケーキは? もう一切れ、食べる? さっきは、丸ごと飲み込んでいたけれど」
「う、うるせーよ!! いいだろ、別に!!」
アイリスは、不思議そうにしている。周りの奴らが、会話している振りをしてこちらに聞き耳を立てているのも手に取るように分かった。エルネストは、頭に血が上るのを自分でも感じる。
(ああああー!! 何してんだよ、俺は!! もう無理だ、限界だ!!)
アイリスを、自分のものにしたい。でもそれは、力づくでは、駄目なのだ。アイリスに、自分を、愛して欲しい。辺境伯としてではなく、ただのエルネストとして、自分のことを、大切に思って欲しい……。
「エルネスト、どこへ……」
「るっせえな!! もう食ったから部屋に帰るんだよ、文句あるか!!」
エルネストは動揺して叫びながら、食事室をあとにする。自分でも制御の効かない激情に、その場から逃げ出すほかなかった。
(俺はあいつを、傷つけたくない。……それに何より、俺は、あいつに、謝っても謝りきれないほどの罪があるんだぞ? アイリスが、もし、このことを知ったら……)
エルネストは「うあああ! 俺は、どうすりゃいいんだよ?! どうしたら、あいつと……」と絶叫しながら、誰もいない雨の廊下を、私室に向かって大股に歩いて行った。
お読み頂き、ありがとうございます♪
様子のおかしいエルネストと、それを目撃した城内の人々。
城中の皆がアイリスとエルネストの幸せを願う中、遂にあの敵が…。
次回「第27話 襲来」どうぞお楽しみに!
明日からは1日1回、12:10の更新になります。
これまでと時間が変わりますので、宜しくお願い致します。
ブクマ、リアクション、ポイント評価、とっても嬉しいです、ありがとうございますー!!




