第24話 アンジュみたい
「エルネスト……」
エルネストの突き放すような物言いに、私は悲しい気分になる。だが、そう言い放った彼は、いつもとはまるで違っていた。
(何かしら。いつもは、あんなに堂々としているエルネストなのに。今は、なんだか……)
エルネストは、私の方を見もせず、不貞腐れたように唇を突き出して、柔らかい髪を乱暴にかき上げている。その様子に、私は、可愛い弟のアンジュを思い出していた。
(アンジュも、こういう時があるわ。不安な時や、拗ねた時。あの子は、どうしたらいいのか分からなくなって。こうやって、不貞腐れた顔で、私に突っかかって来るのよね……)
私は、無言でエルネストの横顔を見つめる。彼は、テーブルに置いてあった銀のカップを乱暴に取り、残りのワインを一気にあおった。そして、はあ、と息をつく。
「まあ、いいや。とにかく、俺は誰の助けも必要としてない。俺は、そんなに弱くないんでね」
「……そう。それは、良かったわ。でも」
私は、気付いたら立ち上がっていた。そして、こちらにふと顔を向けたエルネストに真っすぐ歩み寄り……その頭を、ゆっくり撫でていた。いつも、アンジュにそうしてあげているように。
「は……?」
エルネストは、椅子に座ったままぽかんと口を開けて、私を見上げている。私は、彼の柔らかなアッシュブロンドの髪を撫でながら、言った。
「あなたは、強い。とても、強い。あなたは、この地を守護する辺境伯として、立派に、重い責務を果たそうとしている。私は、そんなあなたを、本当に尊敬するわ。でもね、エルネスト。だからと言って、一人で、何もかも抱え込む必要はないと思うわ。信頼出来る誰かと支え合うことは、弱いことでも、恥ずかしいことでもない。あなたが、出会って間もない私のことを信頼してくれているかは、分からないけれど。少なくとも私は、『氷姫』ではあっても、『悪姫』ではないつもり。だから私は、自分の婚約者……それも、私達姉弟に力を貸してくれたあなたを陥れるような酷い真似なんて、しないわよ。絶対にね」
私が「信じてくれるかしら」と聞くと、エルネストは、唇を尖らせてそっぽを向いた。この、見事な不貞腐れっぷり。いつもの余裕と色気は、一体どこへ行ったのだろう。益々、アンジュみたい。私は、私と同い年のこの男が、最強騎士団の主であり、無敵の辺境伯でもある彼が、なんだか可愛く思えてくる。私は笑って言った。
「私、力はないけれど、頭だけは、よく回るの。だから、何かあなたの助けになれることも、あるかもしれないわよ?」
私は、いつもと変わらぬ声でそう言い、エルネストからそっと離れた。そして、椅子に立てかけてあったコンチェラを手にして、言う。
「私は、メラニーさんのように華やかでも、ラウラのように明るくもないわ。でも私、人のお話を聞くのは、結構得意なの。あなたがシメオンさんや他の人に言えないようなことでも、平気よ。私が貝のように口が堅いのは、ヴェノワ家では有名なんだから」
エルネストは、両手を組んで足を投げ出したまま、不貞腐れた顔をしている。暖炉の火が、彼の頬を温かなオレンジ色に染めていた。彼が私の言葉をどう受け止めたかは、分からない。でもいつか、彼が心に抱える苦しみを、重圧を、孤独を、私にも少しだけ、話してくれたらいいと思う。私は、何も言わない彼に向かって、優雅に頭を下げた。
「じゃあね、エルネスト。私、行くわ。忙しいのに、お邪魔してごめんなさい」
私は、「またね」と言って、彼の部屋の戸を閉めた。エルネストは、革の椅子に座ったまま、いつまでもピクリとも動かなかった。




