第19話 私、根に持つタイプなの
ガルディエ城に、夜のとばりが下りて。
私は、ラウラと共に食事室に向かっていた。今日の午後、二階の大広間は大盛況だった。あの旅芸人の女性が、騎士団の楽団を従えて歌と踊りを披露してくれたのだ。私もラウラと一緒に端の方から覗かせてもらったが、それはそれは、とても素晴らしい歌声と踊りだった。エルネストが彼女に夢中になるのも、当然だと思う。
「ねえ、ラウラ。さっきの女性は……メラニーさんは、もうお帰りになったの?」
大盛況の舞台は、陽が沈む前にお開きとなった。騎士団の人々は興奮しながら、騎士団寮だったり、下の居住区に戻ったりと、三々五々解散し、広間は既に閑散としている。
ラウラが、気まずそうに首を振った。
「いえ、今晩はここにお泊りになりますよ。陽が沈んでからでは、とてもこの城砦を出ることは出来ません。アイリス様も御存じの通り、この周りには、オオカミがうじゃうじゃしてますからね! ですので、メラニー様は宴の後はいつも、ここにお泊りになって行かれます。大抵は、幾日かごゆっくり滞在して行かれますね」
「そう……」
もしかして、エルネストの寝室に、泊まるの? と聞きたかったけれど、なんとなく言い出せなかった。余計なお世話だし……嫉妬しているみたいで、恥ずかしい。ラウラが、まるで私の気持ちを察したかのように、歩きながらさりげなく言った。
「この居館には、小ホールが幾つもありますから。そういう空き部屋を、メラニー様のために寝室にするんです。ベッドとドレッサーを運び込むだけですから、簡単なものですよ! 多分今日も、もう使用人の誰かが用意しているんじゃないかなあ」
私はホッとして、「そう」と答えた。良かった。エルネストの寝室は、私の寝室の隣なのだ。隣の部屋で、二人が幸せな夜を過ごしていると思ったら。
(いくらなんでも、惨めよね。でも、貴族の結婚なんて、きっと、こんなものなのだわ。お父様とお母様は、政略結婚だけどとても愛し合っていたから、私も本当は、そんな幸せな結婚生活を……って、わがままよね、そんなの。エルネストには、サインをもらった。それで十分でしょう。私は、それを目的にここに来たのだから。でも、改めてそう考えると、私って、とんでもなく失礼な女よね。彼の求婚を、利用するなんて。でも彼だって、別に私が好きなわけじゃないのだから、どっちもどっちなのかしら? ……はあ。アンジュ。姉様、いつもは頭が良く回るのに、エルネストのことになると、なんだかうまく考えられないの。一体、どうすればいいのかしら)
私は、冷静を装って密かにぐるぐる考えながら、食事室に入る。
ラウラが、「あっ」と小さく呟き、深々と頭を下げて脇に下がった。長方形のテーブルの先。エルネストが、既に食卓についていた。彼は酒杯を傾けて給仕と談笑していたが、私の姿を見ると、色気のある笑みを見せる。その優しい笑顔に、私の胸がどきりとした。
(エルネスト……どうしたのかしら。今日はやけに、機嫌がいいのね)
私はラウラに案内されるままに食卓につく。すぐに給仕が、酒と料理を持って来た。オーブン焼きにされた鶏肉からはハーブのいい香りがしている。今朝、私がラウラと摘んだものかもしれない。私が思わずラウラに視線を向けると、彼女は小さく親指を立てて笑っていた。
私とエルネストは、遠い距離で酒杯を掲げて乾杯した。今夜はなぜか、たまに目が合うとエルネストが微笑みかけてくれるから、私は不思議だった。
(エルネスト、今日は本当に変よ。メラニーさんが、いるからかしら? エルネストはやっぱり、彼女がお気に入りなの? でも、それもそうか。男性なら、ああいう華やかで色っぽい女性に惹かれるのも、当然よね。私は、『氷姫』なんて呼ばれるくらい、冷淡な雰囲気らしいから。……そういえば。エルネストにも、『無表情な女だな』とか、『俺が欲しいのはあんたじゃなくて、最高級のワイン』とか、散々言われたわね……)
彼に言われた数々の失敬な発言が、怒涛のように思い起こされる。私はなんだか、急にムッとしてきた。
(私は、メラニーさんのように妖艶でも、華やかでもないわ。でも、だからと言って、面と向かってあんな失礼なことを言われる筋合いは、ないわよね? 考えてみたら、彼は他にも、『俺はあんたの他に可愛がっている女性が沢山いる』とか、自慢げに言っていたわ。……だから何? そんなの私の知ったことじゃないし……こんな私にだって、エルネスト以外にも求婚してくれた男性の一人や二人、いるのよ?)
私は、これでも結構、根に持つタイプなのだ。私は、フォークとナイフを静かに置いた。そして、ワイン片手に上機嫌に給仕と何か話しているエルネストを、真顔で見据える。彼が、びくりと肩を揺らし、勢いよくこちらに顔を向けた。エルネストは身じろぎして、焦ったように言う。
「な……なんだよ?! なんか、凍えるような冷気が……」
さすが、『野獣』と呼ばれるだけあって、勘の鋭い男だ。でも、何か言おうにも、この長方形のテーブルが長すぎて、大きな声を出さないときっと聞こえない。食事中に大きな声で話すなんて、マナー違反だ。だから私は、何も言わなかった。エルネストが「だ、だから、何なんだよ?! 言いたいことがあるなら、はっきり言えって!」とビクビクしているのを、真顔で見つめていた。
ふいに、「失礼します!」という声と共に、食事室の入り口にシメオンが姿を現した。彼の後ろには、騎士団の人々も立ち並んでいる。緊迫した彼らの様子に、私はエルネストから視線を外し、眉を潜めた。何か、あったのだろうか……?




