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氷姫の婚礼 ー氷の令嬢と野獣辺境伯の危険な関係ー  作者: 愛崎アリサ


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第16話 エルネストの秘密

 アイリスとラウラが、仲睦まじく厨房棟に消えていく。自分が贈ったアイスブルーのドレスを身に着けたアイリスは、それは美しく上品だった。私室の窓に片手を付いて階下を眺めていたエルネストは、微かに口端を上げる。背後から、旅芸人メラニーの楽しそうな声が聞こえた。


「へーえ? (ぼう)に、そんな顔をさせる人間がいるなんてね! もしかして、例の、ヴェノワの氷姫? どんなの? 見たい、見たい!」


 エルネストが止める間もなく、メラニーは窓辺に立ち……階下を見下ろして口笛を吹いた。


「なるほどね。あの水色のドレスの子が、噂のアイリスちゃんか。さっすが、綺麗な顔してるじゃなーい! それに、あの品のある佇まい。まさに、氷のお姫様、って感じ!」


 そして彼女は、にまにまと意味深な笑みを浮かべてエルネストを振り向く。


「で? 坊が、そんなふやけた顔して呑気にあの娘を眺めてる、ってことは……やっぱり彼女は違った、ってことか! 良かったね、坊の取り越し苦労でさ!」


 エルネストは「まあな」と笑い。ふいに思いついて、真顔でメラニーを見た。


「いや、待て。なんだよ、その『ふやけた顔』って。どさくさに紛れて、人のこと(おとし)めてんじゃねえよ。それと、坊って呼ぶの、いい加減やめろ。もう子供じゃねえって何度も言ってんだろ、この年増」


 メラニーが「年増だって?! も一度言ってみな、このクソガキ!」と目を吊り上げるのを無視し、エルネストは暖炉前の椅子に腰かける。メラニーにとってエルネストは、自分の本当の子供みたいな存在、らしい。以前本人がそう言っていた。だから彼女は、いくつになっても、エルネストのことを、親しみと愛情を込めて『(ぼう)』と呼ぶ。


 メラニーは、今は亡きエルネストの母の親友で、元は母と同じく伯爵家の出身だ。なぜそんな伯爵令嬢が旅芸人などをやっているのかというと、年若い頃に美形の吟遊詩人との道ならぬ恋に身を焦がし、実家を出奔してしまったからだ、という。自由奔放なメラニーのやりそうなことだ。彼女の年齢は非公表……らしいが、19で自分を生んだ母とほぼ同年齢だと考えると、現在40過ぎくらいだろう。


 エルネストは、窓辺に立つメラニーを見つめた。メラニーが眉を寄せる。


「何よ? 変な顔して。もしかして、美しいあたしに欲情しちゃった? うふふ。坊は、あたしの大事な友達の忘れ形見だからね。いいよ、一回くらい、麗しいお姉様が夜の手ほどきしてやっても?」


 わざとらしく体をくねらせるメラニーに、エルネストは真顔で答える。


「いや、あんたも頑張ってるよな、と思って。うちの騎士団の奴らも、まさかあんたが40過ぎてるなんて、思ってもいないだろ。近づくと粗が見えるが、遠目には、若い女に見えなくもない。さすが、無駄にカラダに金かけてるだけはあるな。あんた今、どっかのジジイ貴族に取り入って、そのための大金巻き上げてるらしいから」


「こ、こいつ……!! どこでそれを!!!」


 ふいに、コンコン、とノックの音と共に「シメオンです」と声がした。エルネストは、入れ、と声をかける。シメオンが、一礼して静かに入って来た。


「失礼します。閣下、例の件ですが……っと。これはこれは、メラニー殿! こちらにおいででしたか!」


 シメオンの顔が、だらしなく緩んだ。メラニーが急に態度を改めて、「お久しぶりね」とシメオンに妖艶な笑顔を見せる。シメオンは日焼けした顔を赤黒く染め、鼻息荒く言った。


「相変わらずお元気そうで何よりです、メラニー殿! 貴殿がいらして、騎士団の奴らもそりゃあ興奮してますよ。是非また、いつものいやらし……じゃなかった、麗しい歌と踊りを披露してやって下さい!」


「うーん、そうね。まあ、そうしてあげてもいいけれど? その代わり……シメオン様もわたくしに、何かいいことをして下さらない?」


「わ、私が、ですか?! な、な、何かいいことって……」


 声が裏返るシメオンに意味深な視線を投げつつ、メラニーはエルネストの向かいに腰かける。彼女が足を組むと、ドレスのスリットが大きく裂けて、白い太ももが露わになった。シメオンは動揺してそっぽを向くが、その視線だけは欲望に抗えないようで、彼女の生足を食い入るように見つめている。エルネストは呆れて、ため息と共に言った。


「とりあえず、口閉じろよ、シメオン。よだれ垂らしてるぞ。メラニーもメラニーだ。俺の部屋で、俺の副官に、邪悪な色気振りまくんじゃねえよ」


「んまあ!! 嫌ですわ、辺境伯閣下!! わたくしの、溢れるばかりのこの魅力のどこが、邪悪な色気だと仰いますの?」


 口調は上品だが、シメオンに背を向けたメラニーは、恐ろしい怒りの形相でこちらを睨みつけて来る。エルネストは笑いをこらえながら言った。


「邪悪だろうが。どうせ純朴なシメオン引っ掛けて、あわよくば金品でもせしめようとしてんだろ。シメオン、引っかかんじゃねえぞ? この女、お前がよく付けてる黄金の腕飾りが欲しい、って、こないだ俺に言ってたからな」


「おーほほほ!! お戯れですわねえ、辺境伯閣下! シメオン様? 閣下は、こうしてわたくしをからかって楽しんでいらっしゃるのですわよ。どうか、お信じにならないで下さいませね。全く、閣下も、困ったお方ですわ!」


 メラニーはこめかみに青筋を浮き立たせてそう言った。彼女は奔放でありながら妙に慎重なところがあり、素のやりとりは、エルネストなどの近しい人間以外には絶対に見せない。こういう分別をわきまえたところが、いくつになっても男共に可愛がられる秘訣なのかもしれない、と密かに感心する。エルネストはふふ、と微かに笑い、言った。


「はいはい、分かったよ、麗しいメラニー殿。で、あんたの報告はあとで聞くとして……まずはシメオンだな。食人鬼(ラジール)の動きは」


 シメオンは背筋を正して「はっ!!」と答えた。


「では僭越ながら、私から」


 シメオンは、脇に抱えていた羊皮紙をテーブル上に広げながら、続ける。


「閣下のご指示通り、北部国境付近に放っていた斥候(せっこう)と、風詠(かぜよ)み師の見解をまとめて参りました。やはり、この一月以内の奴らの襲撃は間違いありません。気温が下がって、霧が出る日が増えましたからね」


 エルネストは頷いた。


「例の新しい火薬を試す、絶好の機会だ。食人鬼(ラジール)の奴らをこの城に惹きつけて、一網打尽にしろ。一匹たりとも逃すんじゃねえぞ」


「御意。このシメオンに、お任せを!!」


「前回のような失態は、もう二度と犯さない。食人鬼(ラジール)を取り逃す、なんていう大失態は……!」


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