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氷姫の婚礼 ー氷の令嬢と野獣辺境伯の危険な関係ー  作者: 愛崎アリサ


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第14話 俺は変態じゃないからな!

「……ていうかさ。あんな時間に、着替えてる方が悪いんだろ? 別に俺は、悪くねえし」


「あなたが悪いわ。ラウラの言う通りよ。女性の部屋に入る時には、返事を待ってからにしないと駄目だと思うわ」


「なんだよ。相変わらず、色気も素っ気もない女だな」


 私は無言で、エルネストについて歩く。私は今、エルネストと共に、居館地下の書庫に向かっていた。城内を案内してもらった時にその存在だけは聞いていたが、訪れるのは初めてだ。以前私が、ラジールについて知りたい、と言ったから、エルネストが書物を紹介してくれるらしい。彼はこのところよく書庫を訪れていて、それで私を連れて来ることを思いついたそうだ。


 地下はひんやりして、地上の喧騒がぐっと遠ざかった気がした。石造りの廊下は、点々と配されたランプの灯に橙色に照らされている。薄暗く、静かな地下空間。人の気配はない。私は、隣を歩くエルネストを見上げて言った。


「エルネスト」


「なんだよ」


「贈り物……本当にありがとう。どのドレスも、信じられないほど素敵で……驚いたし、とても嬉しいわ。でも、本当にいいの? あんなに沢山。あなたが破いたのは、たった一着だったのに。とても高価そうだし……私、本当に、なんて御礼を言ったらいいか」


 と言って、私が、彼に贈られた美しいラベンダー色のドレスで深々と頭を下げると。彼は、唇を尖らせて、ぶっきらぼうに応える。


「代わりのをやるって約束だからな。俺は、ケチケチしたのは嫌いなんだよ。破いたのが何枚だろうが、関係ない」


「……あなたは、優しいのね。本当にありがとう。私、大切にするわ。……ただ」


「ただ?」


「下着はちょっと……過激な気がするわ。エルネストは、ああいうのが、趣味なのね」


 私が真顔で言うと、彼は噴き出した。


「な……ななな、いきなり何言い出すんだよ、あんた?! そんな、真面目な顔で?!」


 彼は珍しく顔を赤らめて、のけぞっている。私は首を傾げた。


「? ごめんなさい。何か、変なことを言ったかしら。でも、本当にそう思ったんだもの。エルネストは、ああいう、いやらしいのが好きなのね、って」


「やめろって!! なんだよ、そんな冷たい顔で淡々と、まるで俺が変態みたいな……わ、悪いかよ!? 男なんて、みんなそんなもんだろうが!! お、俺だけが、特別おかしい、ってわけじゃないからな!!」


 エルネストは真っ赤な顔で喚いた。エルネストはいつも堂々として、余裕があるのに。動揺している彼は、なんだか可愛らしい。


(変なの。いかにも女慣れしているエルネストなのに。なんだか、子供みたい)


 エルネストが、「あーもう! あんたといると、なんか調子狂うんだよ!」とブリブリ怒りながら、大きな飴色の木の扉を開けて言った。


「ごほん! ……ガルディエに伝わる書物は、全てこの書庫にある。あんたも、暇な時に好きに読んでいいよ。大半は、戦術書なんだが……綺麗な挿絵付きの物語なんかも、少しは置いてあるんでね」


「わあ……すごいわ!! 書物が、こんなに沢山あるなんて!」


 室内はそれほど広くはないが、床から天井まで届く書棚がずらりと並んでいる。私は目を輝かせて書棚に近づいた。エルネストが、ふふ、と笑って、書棚にかかった梯子に腰かける。


「あんた、本当に好きなんだな。前に言ってたよな、ヴェノワには大きな書庫があって、よく本を読んでいた、って」


「ええ。私、子供の頃から本を読むのが好きだったの。私はあなたと違って、腕力も強くないし、何の特技もない、平凡な人間だから。知恵くらいは、身につけておきたいと思ったのよ」


 私は、適当な書物を手に取りパラパラとめくる。ヴェノワには無かった本がぎっしり詰まった書棚は、私にとっては宝の山だ。エルネストが、「へえ」と腕組みをした。


「あんた、つくづく変わった女だな。女ってのは、宝石にドレス、他はそうだな、甘い菓子でもやって、あとはベッドで可愛がってやれば、それで喜ぶもんだと思ってた。戦術書や法律書を読んで、喜ぶ女がいるとはな」


「あなたの可愛がっている女性達は、きっとそうなのでしょう。それでいいと思うわ。あなたのように魅力的な人なら、きっと、そういう可愛い女性達が、いくらでもあなたのことを愛してくれると思うから」


 私は書物に目を落したままそう言いながら、ちくりと胸が痛むのを感じていた。エルネストが私を好きでないことは知っているし、そもそも私は、この求婚には何か裏の事情が隠されていることにも気づいている。その事情が何であるにせよ、私は、彼を非難することは出来ない。私だって、この求婚に応じたのは、アンジュのため。アンジュを救うために、私はいわば、彼の求婚を利用したに過ぎないのだから。


 エルネストは、何も言わなかった。私達の間に、冷たい沈黙が下りる。なんだか苦しくなって来た。別に、彼に『そんなことねえよ』と笑って否定して欲しかったわけではないのに。


(どうしよう。なんだか悲しくて、顔を上げられないわ。一体、どうしたら)


「……あんたさ。俺の顔、好き?」


 エルネストの平坦な声に、私は「えっ?」と顔を上げる。エルネストは、図書室にあるテーブルの一角に腰を下ろし、大きく伸びをして、言った。


「俺の母親は、綺麗な人だった。俺は、母親似なんだ。この髪も、瞳も、母にそっくりだと良く言われていた。俺の母は優しい人で、俺は大好きだったよ。でも、俺が七つの時に死んだ。殺された」


 殺された? 突然の告白に、私は本を書棚に戻し、彼の隣の椅子に座った。彼は頭の後ろで手を組んで天井を見つめたまま、続ける。


「俺の母は、親父……先代のガルディエ辺境伯の、第二夫人だった。親父が、若くて綺麗な俺の母を可愛がるから、そりゃもう、第一夫人は大激怒だ。母も俺も、すげえいじめられた。俺は何度も親父に訴えたが、奴は無視した。あの人は戦ばっかりで、女の喧嘩は見ぬふりだ。そのうち、母は死んだ。飯食ったら、血吐いて倒れてそのまま。俺は泣いたよ。世界の終わりだ、と思った。で、親父も、城内の不祥事を、さすがに放ってはおけなかったんだろうな。自分の妻を……第一夫人を、処刑した。俺は、胸がスッとしたね。ざまあみろ、って思った」


 エルネストの声は、どこまでも静かだ。私は、微かに「そう……」と頷いた。


「俺は、ガルディエの嫡男だ。親父の第一夫人には子が出来ず、俺は一人っ子だった。だから俺は、女にもてたよ。戦に明け暮れる親父の代わりに社交界に出れば、何もしなくとも女が寄って来る。俺は毎晩のように、何人もの女をベッドに連れ込んだ。でもどの女も、爵位と、この顔のことしか言わない。段々、どいつもこいつも、汚い肉の塊にしか見えなくなった。あの、クソ意地汚かった第一夫人と同じだ、って思った」


 エルネストはふいに体を戻して、四角い木のテーブルに肘をついた。そして私に、冷たく微笑む。


「……可愛い女性達が、俺のことを愛してくれる? 冗談だろ? 奴らが愛するのは、『辺境伯』という俺の地位と……奴ら自身だけだ。俺は、あんなクソ汚い女共を俺のそばに置くなんぞ、考えただけで吐き気がする。俺は、俺がその気になった時に、体を貸してくれる女がいりゃそれでいい。俺は、誰のことも愛さない。だからあんたも、俺に余計なこと期待すんなよ? 俺はあんたの望みを果たした、その見返りに俺が望むのは……あんたじゃなくて、最高級のヴェノワワインだけだから」


 私は、何も言えなかった。オレンジ色のランプに照らされた彼の美しい翡翠の瞳には、言葉通りの冷酷と……どうしようもない寂寥(せきりょう)、が浮かんでいたから。




お読み頂き、ありがとうございます。

戦を控えたガルディエ城に、美しい来客が…

次回「第15話 彼に、お似合いだわ」どうぞお楽しみに!

明日の更新は、11:30、15:30、20:30の3回です。宜しくお願いします。

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