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氷姫の婚礼 ー氷の令嬢と野獣辺境伯の危険な関係ー  作者: 愛崎アリサ


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第13話 エルネストの贈り物

 その日を境に、私は自由に城内を出歩いて良いことになった。私の部屋の前に立っていた護衛の兵士は、気付いたらいなくなっていた。おかげで私は、一人で部屋を出る時に、もうあの槍に怯えることもない。ということはやはり、私は生贄ではないらしい。


(分からない……エルネストの求婚の目的は、一体なに? ヴェノワから彼が得たいものなんて、特に何も思いつかないけれど……ワイン……まさか、本当に?)


 私は、アンジュへの手紙を書き終えて、ため息をついた。私は今まで、アンジュと何度か手紙をやり取りしている。文面は、簡単な日々の報告だけだけど。


 封筒に手紙を入れ、机の上のガラス瓶から、ラベンダーのドライフラワーを一枝取り出す。これは、私がヴェノワにいた頃に作ったものの半分だ。私は、ヴェノワを出る時にアンジュにもう半分の瓶を渡し、約束していた。


『姉様と手紙をやり取りする時には、必ず、このラベンダーを一枝、封筒に入れるのよ。お互いの無事を、密かに知らせるために。きっとミゲルは、私達の手紙を盗み見るに決まっている。姉様はもしかしたら、ミゲルを騙すために、手紙に嘘を書くかもしれない。今回の計画を、ミゲルに悟られないようにね。だから、姉様が手紙に何を書いていても、これが入っていたら、姉様は元気です、という意味だから、安心するのよ』


 アンジュからこれまで来た手紙には、全てラベンダーが入っていた。もちろん私も、必ず入れている。もしもミゲルが勝手に私からの手紙を開けて、この枝が落ちて無くなってしまったりしても。ドライラベンダーならば香りが強いから、便せんに香りがついていて、アンジュにはすぐ分かる。これは私達しか知らない、お互いの状況を知らせるための作戦だ。


 私は、アンジュの手紙にラベンダーを一枝滑り込ませ、丁寧に封をした。ちょうど同じタイミングで、ノックの音と共に、ラウラの声が聞こえる。


「アイリス様! 今、宜しいですかっ?」


「ああ、ラウラ。いいわよ。ちょっと待ってね」


 扉を開けると、ラウラが何人かの侍女を引き連れて立っている。彼女たちは皆、大きな木の箱を手にしていた。ラウラが嬉しそうに言った。


「アイリス様! 閣下からお届け物です!! とっても素敵な贈り物ですよ!!」


 侍女達が運び込んだ大きな箱に入っていたのは、色とりどりの美しいドレスだった。私が持参した三着のドレスしかなくスカスカだったワードローブが、あっという間に、色鮮やかなドレスで埋め尽くされる。ラウラ以外の侍女は、それらを手早くワードローブに吊るすと、丁重に挨拶をして部屋を出て行った。私は戸惑ってラウラに問いかける。


「あの……これは一体?」


「閣下より、『先日の詫びだ』との伝言を承っております。私は、詳しいことは伺っておりませんが……何か、お心当たりはありませんか?」


 私は、あの夜のことを思い出して赤面する。


(あの時、確かに、代わりを用意するって言っていたけれど……彼に破かれたのは、あのたった一着だったのに)


 どれもこれも、とても上品で高価そうな絹のドレスで、私は言葉を失う。ラウラが言った。


「早速ですが、色々とお召し替えなさってみて下さい!! 閣下も、サイズが合うかどうか、試してみて欲しい、と仰ってましたので!! ……それと」


 ラウラが、気まずそうな笑顔で引き出しを開ける。


「あのう……ご気分を、害されないと良いのですが。こちらも、閣下からのお届け物です……驚かれたでしょう、すみません。何せ、ああいうお方ですから。そのう、多分、下心は、ないような、あるような……あはは! なんだか、私達の閣下が失礼なことをして、大変申し訳ありません!」


 ラウラはぴょこんと頭を下げた。私は唖然として口を開ける。そこには、レースや刺繍も優美な下着が、ずらりと並んでいた。


 私は全身すっかり、エルネストの贈り物に着替えさせてもらった。ドレスも下着も、なぜか、サイズがぴったりで驚く。ラウラがはしゃいで言った。


「良かった、ぴったりですね! 仕立屋を呼ぶこともなく、アイリス様のお体に合わせて仕立てることが出来るなんて!!」


 あの夜、彼は私の体を見ている。ははは、と笑うラウラに、私は静かに頷いた。


「本当に凄いわ。つまり、彼は相当、女性の体を見慣れているわけね。ガルディエでの狂乱の宴は、国中で有名だもの。綺麗な女の人が、沢山来るんでしょう? エルネストは魅力的な人だから、きっと女性に大人気でしょうね」


 やっぱり、天性の女たらしだわ。私が、冷静を装いながらも内心、ムッとしたような、悲しいような気分でいると。ラウラが「あわわわ!!」と血相を変えて訴えた。


「待って下さい、アイリス様!! 誤解です、閣下は、確かに女を侍らせてはいますが……その中に、本気になったお相手など、一人もいません!!」


「そうなの?」


「本当に、本当なんです! 閣下は、ああいう難しいお方ですから! シメオン様が、前に言ってました。閣下は女性に情を持たない、と。欲望を満たしたら、おしまい。要は、娼婦と同じです。シメオン様が言うには、幼い頃の不幸のせいで、閣下は女性が信頼出来ないのだ、とかなんとか。私は、その辺の事情はよく知りませんけど」


 エルネストの、子供時代。そもそも私は、彼のことをまだほとんど知らない。ラウラが、両手を胸の前で組んで、うっとりと言った。


「それでも私は、閣下を心から信頼しているし、尊敬しています!! この城砦の誰もが私と同じ気持ちですし、なんなら騎士団の連中は、尊敬どころか崇拝していると言ってもいいほどです。だから私達……閣下には、絶対に、お幸せになって頂きたいんです!!」


 ラウラの目が、やけにギラギラしている。圧が強くて、少し怖い。「え、ええと」と怯える私に、ラウラは興奮して詰め寄って来た。


「私は、お優しくて落ち着いているアイリス様が、好きです!! だから、閣下のことを……誤解せず、好きになって頂きたいんです!! 閣下は色んな意味で難しい人ですが、アイリス様なら、これまでの派手であさましい女達と違って、きっと、閣下と上手くいきますよね? アイリス様は、私達の大切な閣下を、幸せにして下さいますよねぇ?!」


「あ、あの……」


 私は「くしょん!!」と小さくくしゃみをした。いくつか試着してみましょう、と興奮するラウラにドレスを脱がされ、下着姿で放置されていたのだ。ラウラは同姓だし、いつも着替えを手伝ってもらっているから、別に恥ずかしくはないけれど。いくら室内が暖かいとはいえ、さすがにこれでは寒い。ラウラが急に我に返り、「わああっ?! す、すみません!」と叫んだ。


「つい、話に夢中になってしまいました!! 急いで、次のドレスを……」


 慌ててラベンダー色の美しいドレスを引っ張り出すラウラに、私は笑って言った。


「平気よ、慌てなくても。ここは暖かいし、あなたと二人だから、別に……」


 と言った時。突然、荒っぽいノックの音がして、返事も待たずに扉が開かれる。私達が「え」と顔を上げると。そこには、噂の主、エルネストが立っていた。彼は、下着姿で呆然と突っ立っている私に一瞬目を見開き……すぐに、色気のある笑みを浮かべて言った。


「……いいね。このまま寝室に行ってもいいけど。どうする?」


 私は「きゃああ!!!」と体を隠して悲鳴を上げ、ラウラは私の前に立ちはだかりながら「閣下あ!! 女性の部屋に入る時には、返事を待たなければ駄目じゃないですかああ!!」と絶叫する。エルネストは、いかにも楽しそうに笑っていた。

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