↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷姫の婚礼 ー氷の令嬢と野獣辺境伯の危険な関係ー  作者: 愛崎アリサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/31

第12話 辺境伯閣下、射抜かれる

 彼はハッとした顔で、私を見下ろした。そして、「ははっ」とその柔らかそうな髪をかきあげ、いつも通りの声で言う。


「別に? あんたみたいな冷淡な女でも、『尊敬する』なんて言うことがあるんだ、って驚いただけ。……さあ、着きましたよ、お姫様。風が強いから、足元に気を付けろよ」


 エルネストはいかにも誤魔化すように言い、最上階の出口の前で優雅に頭を下げる。私は、彼の様子が気になりながら、「え、ええ……」と小さく答え、外に出た。と、急に、強い風が吹きつけて来て、私のアイスブルーのドレスが激しく風にはためく。私が小さく悲鳴を上げると、エルネストが笑って私の手を引いた。


「だから言っただろ。……ほら」


 言いながら、彼は私を引き寄せ、自分のマントで包んでくれる。その途端、ふわりといい香りが私を包んだ。まさに、このガルディエの澄んだ秋の空のような、爽やかで落ち着く香り。私を抱き寄せる彼の体の温かさと、その肌から立ち上る香りに、私の鼓動が跳ね上がる。


(エルネストの付けている香水、かしら……。昨夜も、この香りがしたわ)


 と思っていたら。急に「閣下!」とすぐ近くで人の声がして、私はびくりと身を強張らせる。エルネストは笑って、私を胸の前にしっかり抱き抱えたまま言った。


「ご苦労。どうだ、様子は」


「はっ、異常無しであります!!! あっ……」


 若い衛兵2人が、マントの中の私を見て、焦って目を泳がせる。エルネストは硬直する私の額に、ゆったりキスを落した。まるで、若い衛兵らが動揺しているのを楽しむように。


(この男……!!! ほんっとうに、性格が悪い!!!)


 どう暴れても、この腕はびくともしない。私はもがくが、そうすればするほど、彼は腕に力を込める。エルネストは、目のやり場に困っている気の毒な衛兵2人に、城主らしい凄みのある声で言った。


「見張りを続けろ。行け」


 衛兵は「ははっ!!!」と裏返った声を上げ、一目散に持ち場へ戻って行く。私はエルネストの胸を必死に押し返しながら、小声で抗議した。


「もうっ!!! どうしてあなたは、すぐこういうことをするの! 人前で……」


「だから、別にいいだろ? このくらい。それともこれも、あんたに言わせれば、『男女の秘め事』ってやつなのか?」


「べ、別に、そういうわけじゃ!!」


 エルネストは楽しそうに私の手を引き、屋上テラスを大股で歩いて行った。彼の豪奢な真紅のマントが、風にはためいている。エルネストは張り出したテラスの端に着くと、欄干に右肘を置いて真正面を眺めた。


「ここが、居館正面だ。ここからなら、城砦内の全体、それに城壁の向こうも見渡せる」


「わあ……!!!」


 私は、欄干に両手をついて身を乗り出す。なんて素晴らしい眺めだろう! 城門内には騎士団や使用人の人々が忙しなく行き交い、菜園や家畜小屋では、幾人かがのんびりと作業している。中央の坂を目で手前に辿って来ると、そこにはさっきの鍛錬場や前庭があった。ここからはエルネストの言う通り、城砦全体がよく見渡せた。見張りのための尖塔や跳ね橋のある城門、そして高い城壁の向こうには、例の、オオカミの生息する林が、黄金の草(なび)く晩秋の平野が、遥かに望める。私は、冷たい風を頬に受けながら、傍らのエルネストを見上げた。


「凄いわ! なんて素敵なのかしら。ガルディエは、いい所ね!」


「だろ? ガルディエは、世界で一番、美しい地だから」


 エルネストは、アッシュブロンドの髪を風に(なび)かせ、誇らしげに微笑んだ。本当に、この地を愛している人の顔付き。私は、なんだか嬉しくなる。故郷を愛する人は、好きだ。私だって、あの霧深きヴェノワが、大好きなのだもの。


 エルネストが、体だけはこちらに向けたまま、右肘を欄干(らんかん)に乗せて前方を指さす。


「あんたの故郷のヴェノワは、あの方角だ。さすがに、あんたの生家のヴェノワ伯爵家は遠すぎて見えるはずもないが……あの、濃い緑に煙る一帯。あれが、ガルディエとヴェノワの間に横たわる、白霧(はくむ)の森だ。あんたの屋敷は、あの先だろ?」


 私は遥か遠くを眺めて、「そうよ!」と頷く。白霧の森。霧深きヴェノワ地方でも、最も有名な霧の名所だ。この森の中央には、鏡のように美しく凪いだ湖があって、霧の晴れた日には、ボート遊びに興じる人も多かった。


「ヴェノワ伯爵家は、あの白霧の森の、すぐ隣なのよ。私は子供の頃から、霧の晴れた日には、よく遊びに行っていたわ。あの森の中にはとても綺麗な湖があって、弟のアンジュは、そこでボートに乗るのが大好きなの。アンジュは『姉様、僕に任せて!』って言って、いつも私を乗せて、湖の中央まで連れて行ってくれるのよ。私はよく、アンジュの大好きなチェリーパイを焼いて、お茶と一緒に籠に入れて持って行ったわ。アンジュと一緒に湖の上で食べるパイは、とっても美味しいのよ!」


 私はすっかり幸せな気分で、エルネストを見上げた。彼の恐ろしく整っていて美しい顔に、驚きが浮かんでいる。私は不思議に思い、首を傾げる。


「……エルネスト? どうしたの?」


 彼はハッとして、「あ……いや」と、珍しく口ごもる。そして、右手で口元を覆い、横を向いた。ばたばたと、彼の豪奢な真紅のマントが、秋の風にはためいている。


(どうしたのかしら。なんだか、頬が……赤い?)


 エルネストが、「あー……」と呟いて、気まずそうに頭に手をやった時。「閣下!」と聞き覚えのある声がして、あのシメオンが階段から姿を現した。エルネストは、なんだかホッとしたように、この巨躯の配下に顔を向ける。シメオンが、重い靴音を響かせながらテラスを大股でやって来て、私をちらと見て大声で言った。


「閣下!! アイリス様とお楽しみのところ、申し訳ございません!!」


 シメオンが、赤黒い顔で気まずそうに視線を彷徨わせるので、なんだか私まで恥ずかしくなってくる。エルネストが笑って腕組みをした。


「別に、お楽しみでもなんでもねえよ。で、何だよ?」


「はっ!! 今般のラジール迎撃戦について、軍務部より、例の新型火薬の試作品が完成した、とのこと! 閣下のご意見を賜りたいので、少々お時間を頂戴出来ませんでしょうか!」


「分かった。じゃあ、そろそろ行くか」


 私達は三人で階下へ向かう。例の若い衛兵が2人、「見回りありがとうございました、閣下!」と背後から絶叫した。私は、若者二人の、エルネストへ向ける尊敬の眼差しをちらと見て、考える。


(今日出歩いて分かったことは、エルネストが城内で、とても慕われていることだわ。どこへ行っても、皆の彼を見る目が、輝いているもの。やはり、あの生贄の噂は、根拠のない嘘に違いない。もしエルネストが本当に女性を生贄にしているなら、彼らは自分達の城主を恐れ(さげす)むはずだし、生贄に囚われた私のことも、もっと違う目で見るはずよ。……でも)


 私は、シメオンと話しながら階段を下りて行くエルネストの背を見つめる。


(だとしたら、さっきの……彼の顔が一瞬曇ったのは、一体何だったのかしら。エルネストはあの時、『俺達は絶対に、負けることはない』と言っていた。そうよね。このガルディエが食人鬼(ラジール)に突破されたことなど、少なくとも私の知る限りでは、一度もないはずよ……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。