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91、エドのギブアップ宣言

 ヤヨイさんの表情が、また暗く沈んでいく。それに呼応するかのように、黒い影が揺れる。マズイよな。


「ヤヨイさん、ガチャ壺に何があったか、話してもらえませんか?」


 ダメだ。また聞こえてない? 僕は、持っているガチャ壺を、彼女に近づけた。



「えっ? 今、何が言った?」


 良かった! 白いガチャ壺が、彼女の意識を引き戻すんだな。


「ガチャ壺に、何があったか話してください。今の僕は、追放ざまぁ支援局員です。ヤヨイさんがパーティから追放された理由を教えてください」


 彼女がソアラ迷宮で、盾になる精霊の呼び出しを失敗したことが追放の原因なら、キチンと説明すれば、理解が得られるはずだ。次々と魔物に襲われたと言っていたよな。誰も亡くなってなければいいけど。



「…………な……ことで……」


 急に声が小さくなって、聞き取れない。


「ヤヨイさん、もう一度お願いします」


 僕がそう言うと、彼女は、キッと僕を睨んだ。


「だーかーらー、私は何もしてないのに、私が寝取ったって言われたの!!」


 寝取った?


 ちょ、ちょっと待って。そういう話は、僕には無理すぎる。そもそも僕はキスもしたことがないんだからな。



 僕が動揺したことに、イアンさんが気づいたようだ。


「色恋沙汰が、追放の原因だそうですよ、エドさん」


「あ、は、はい。えーっと、ヤヨイさんは何もしてないのに誤解されて、追放すると言われたのですか」


 僕は、イアンさんのおかげで、なんとか立て直す。


「何もしてないというか、ちょっとはしたけど、最後まではしてないし、そもそも彼の方から、私に愛してると言ってきたの! それなのに、彼が別れたはずの恋人がパーティ内にいて、私が寝取ったって言い出して……」


 無理だよ。無理すぎる。僕の頭は限界だ。


 それなのに、まだ終了の案内が出ない。ガチャ壺は壊れたのか!? どうしよう。もう無理だ。



「エドさんは、こういう話は苦手なようですね。よくある揉め事ですよ」


「僕の限界を大きく突破しています」


 僕のギブアップ宣言に、イアンさんは苦笑いだ。すると、壁沿いにいたムロさんが口を開く。



「ヤヨイさんは、悪い男に騙されたんですね。パーティ内に、別れたはずの恋人がいたという話でしたが、別れたというのは、男の嘘でしょう。それを理由に追放されたのなら、逆に良かったと思いますよ」


 えっ、ちょ、ムロさん、僕と同い年だよな?


「他人の恋人を誘惑して寝取るような女とは、信頼関係が築けないと言われたの。私は、そんなことしてないのに」


「恋人がいるのに、それを隠して他の女の子に手を出すクズは、ビョーキですからね。男なんて、星の数ほどいますよ? そんなクズのことは、さっさと忘れる方がいい。ヤヨイさんは綺麗だから、言い寄る男が多いんですよ」


「そう、かな? 私は綺麗なのかな?」


「当たり前じゃないですか。じゃないと、恋人がいる男が、それを隠して、愛を囁くわけがないでしょう?」


 ムロさん……凄すぎる! 僕とは人生の経験値が違いすぎるよ。同い年だとは思えない。



 ムロさんが、僕に合図をしている。何? あっ、仕事を忘れてた。


「ヤヨイさんがパーティを追放された理由は、男女の複雑な……」


 ダメだ。言葉が出てこない。



「そうよ! パーティ内の男女のゴタゴタで、私は追放されたのよ! 私のせいじゃないのに」


 あっ、良かった。 今の彼女の言葉で、不幸な冒険者の話、完了可能、という表示が出た。ムロさん、ありがとう! 



 僕は、ガチャボタンを出現させるために、白い壺を左右にユサユサと振る。すると壺が淡い光を放ち始め、目まぐるしく色が変わっていく。


「な、何? どういう仕掛け?」


 壺の色が真っ黒になったところで、変化が止まった。



「僕のガチャ壺は、色が変わっていくんです。ヤヨイさん、ガチャのボタンが出現しました。どれか一つを押してみてください」


 壺には、左から、武器、防具、魔道具の3つのボタンが出現している。


「どうして、3つしかないの? そもそも、なぜ何が出てくるかを選べるのよ?」


 ヤヨイさんは支援局員をしていたから、ガチャ壺にこだわるなぁ。


「たぶん、ヤヨイさんの話を聞いて、ガチャ壺が相応しいものを考えて、創造するのだと思います」


「はい? ガチャ壺は、ただの魔道具だから、何をつくろうかなんて考えないわよ」


「ヤヨイさん、どれか押してくださいー!」


 僕の悲鳴のような声に、彼女は同情してくれたのか、ポチッと押した。ん? 何を押した?



 壺の上部から、カプセルが飛び出す。カプセルが天井近くでパカッと割れて消えると、小さな木箱がゆっくりと、彼女の手元に落ちてきた。魔道具を選んだのか。


 説明が出てきたので、僕はそれを読み上げる。


「ヤヨイさんが引き当てたのは、効果付き口紅セットです。それを使って復讐するも良し、売ってお金に変えても良しです。以上、追放ざまぁ支援局でした」


 最後のセリフを読み上げると、壺はパッと消えたが、目の前の文字は、まだ残っている。



「口紅セット? すごい! こんなにたくさん? わぁっ! かわいい色から大人っぽい色まで、何色あるの?」


 説明文を表示して、僕は問いに答える。


「えーっと、3種類ずつ12色ありますので、36個です。口紅の種類は、魅了効果、威圧効果、付加なしの3種類になっています。強い効果ではありませんが、ヤヨイさんの言葉を信じさせる程度の効果はあります」


 あれ? 全然、話を聞いてないよね。


「この木箱もかわいいね。すごい物を引いちゃったよ。あはっ。やっぱり私って、ツイてるよね」


 口紅を手に取って眺めている彼女の表情は、いつものヤヨイさんだと感じた。



「エドのガチャ壺は、こんな化粧品まで排出するのか。だが、効果はすごいな」


 ギルド長の言葉を、僕は一瞬、誤解した。効果の弱い状態異常を放つ物だと言いそうになったけど、口を開く前に、違うと気づいた。


 口紅の木箱を持つヤヨイさんに、笑顔が戻っている!




「ギルド長、結界のスイッチを切ってください。集まっていた悪霊を、元の場所へ追い返します」


「あぁ、わかった」


 会議室にいた黒い影は、イアンさんが放った青い火の玉を追いかけて、壁をすり抜けて行った。



 僕は、ドッと疲れを感じた。イアンさんとムロさんがいてくれて良かった。しかし、こんな化粧品で、コロッと立ち直るのか? 僕には、女心はわからない。



「なるほど。これが、エドさんのスキルなのですな。勉強になりましたよ」


 エルフ族の錬金術師のトーマンさんは、ホッとした優しい笑みを浮かべていた。



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