90、ヤヨイさんのスキル『精霊の下僕』
僕は静かに、ヤヨイさんの涙が止まるのを待った。
ジッと待っていると、両手で持つガチャ壺の中にマナの流れを感じた。僕と同じスキルを持つ人が発明した魔道具だから、僕にも扱いやすい。
このガチャ壺は、僕に何かを伝えていると感じた。ガチャ壺がヤヨイさんの感情を読み取って、僕に訴えかけているようだ。
ヤヨイさんの心の状態が大きく崩れ、彼女のスキルが暴走してしまっている現状は、街に深刻な影響を及ぼしかねない。
そうか。ただ待っているだけではダメか。
彼女のスキルの暴走が、付近の悪霊を惹き寄せているわけだから、彼女自身では、感情もスキルも制御できないのかもしれない。
まずは、彼女のスキルを知らないとな。
「ヤヨイさん、何があったかを話してもらう前に、僕の疑問に答えていただけませんか? たぶん、ガチャ壺もわからないのだと思います」
「何? ガチャ壺は、ただの魔道具だから、ガチャ壺が何かわからないなんて、思わないよ?」
あっ、涙が止まった。
「僕のガチャ壺は、色も違うように、少し変わってるんです。僕のスキルの影響だと思います。ヤヨイさんのスキルは、どんな能力があるのですか?」
予想外の問いだったのか、ヤヨイさんはキョトンとしている。派手なメイクをしてないと、とても気の弱そうな女性に見えるが、今の表情は少し幼く見えた。
そういえば、エルフ族もビーウルフ族と同じく長寿だよな。ケモ耳の女の子は、4〜5歳の姿をしているけど、年齢は46歳だ。ヤヨイさんは、エルフ族の血がわずかに入っているだけらしいけど、25歳という実年齢よりも、若いのかもしれない。
「私のスキルは『精霊の下僕』というレアスキルだよ。私は人族だけど、祖先にエルフ族がいたみたい。エルフ族は、精霊と対話するでしょ。私は人族だから、下僕ってことみたい」
「へぇ、初めて聞くスキルです。どんな能力があるのですか?」
「ん? 野山の精霊と話す能力だよ。野山の精霊は、どんな精霊も見えるし、弱い精霊なら、呼んだら来てくれることもあるよ」
「精霊召喚ですか?」
「そんな大したものじゃないよ。野山に行かないと、あまり能力を使えないから」
あれ? イアンさんが僕の方を見てる。何か合図されたけど、よくわからない。下を指差して、クルン? 黒い影に、何か変化があったのだろうか。
「野山ってことは、迷宮でも使えるんですか?」
「うん、使えるよ。迷宮内でも、水辺では難しいけど。あっ! でも、ソアラ洞窟は、何だか変だったな。盾になってくれる精霊を呼んだのに、来てくれなかった。それで、パーティのメンバーが次々と魔物の攻撃を受けて……」
その責任を取らされて、追放されたのか? また、彼女の表情が沈んでいく。マズイ。
「ヤヨイさん、それは、きちんと調べなかったパーティリーダーの責任ですよ。ソアラ洞窟は、ソアラ湖底にできた迷宮だから、迷宮内に草原はあっても、野山とは違うと思います」
「えっ? どう違うの? 湖底にできた他の迷宮では使えたよ。あっ、新しい迷宮だから?」
「僕には、よくわからない話ですが、これまでの迷宮と、最近できた迷宮では、管轄が違うようなのです」
僕の話では、わからないよな。ヤヨイさんは、思いっきり不思議そうな顔をしている。
「まさか、海の神ハルメシンが、動いているのですか!? あっ、邪魔をしました。申し訳ない」
突然、エルフ族の錬金術師トーマンさんが、大きな声を出した。僕もビクッとしたけど、ヤヨイさんも驚いた顔をして、トーマンさんの方を向いた。
「あっ、エルフのオジサン、どうしたの?」
ヤヨイさんは、彼をやっと認識できたようだ。おそらく、トーマンさんがここにいる理由を尋ねたのだと思う。マズイな。また、彼女の気分が……。
「お嬢さん、山の神オルケニウス様からの声を聞いたことは、ありませんかな? おそらく、山の神の使者が、語りかけたことがあるはずですが」
「声を聞いたこと? 迷宮に入ると、いつも聞こえるよ。あれ? そういえば、ソアラ洞窟では声が聞こえなかった。だから、呼んでも精霊が来てくれなかったの?」
ヤヨイさんの問いに対する返答は、トーマンさんには難しかったのか、僕に視線が向けられた。
「ヤヨイさんは、迷宮に入ると、山の神様の声が聞こえるのですね」
「うん、山の神の使者だと思うよ。普通の洞窟では聞こえないけど、迷宮と呼ばれる洞窟なら聞こえるよ」
僕は、ギルド長の表情をチラッと見てみたが、口止めはされてない。話す方がいいよな。
「ヤヨイさん、さっき僕は、管轄が違うと言いましたよね?」
「うん、意味はわかんないけど、言ってたね」
「僕は、神話の話はわからないですが、ソアラ迷宮のダンジョンコアとは、話せるんです」
「はい? ダンジョンコアが話す? キミは何を言ってるの? 頭、大丈夫?」
あっ、ヤヨイさんらしくなってきた。
「嘘じゃないことは、このガチャ壺を見てもらえばわかるはずです。嘘をつくと赤くなります」
「ん? 私はキミをスカウトしてないよ! あっ! わっ、わっ、何? 赤くなったけど、どういうこと?」
「僕のスキルです。ヤヨイさん、嘘を訂正してください」
「私が、キミをスカウトしたよ。わっ! 白くなった。でも、対象者の嘘を見抜くだけでしょ?」
そういえば、試したことはなかったな。
「僕は、Aランク冒険者です」
壺は、また赤くなった。やはり、声が聞こえる範囲の真偽を見抜くんだな。量産されているアクセサリーや髪飾りと一緒だ。
「嘘なのね?」
「はい、僕は、Cランク冒険者ですから」
壺は、白色に戻った。ヤヨイさんは興味を持ったみたいだな。目に輝きが戻っている。
「話すダンジョンコアが存在することは、わかったよ。それで、何なの?」
「はい。ソアラ迷宮のダンジョンコアは、海の子だと言っていました。また、海の神様の使者さまにも会いました。だから、ヤヨイさんのスキルは使いにくいんじゃないでしょうか」
「やはり、海の神ハルメシンが! あっ、失礼しました。我々エルフ族は、山の神オルケニウス様の加護を得ています」
また、エルフ族のトーマンさんの大声に、僕達はギクッとした。だけどこれで、ヤヨイさんが精霊を呼べなかった理由がわかったよね。でも、彼女の表情は晴れない。
「神様の話なんて、どうでもいいよ」
ヤヨイさんの呟きに、ガチャ壺は白いままだった。彼女は、そのせいでパーティを追放されたのではないのか?




