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89、亡霊の街のこと

「街全体が悪霊に取り憑かれる?」


 僕は、その意味が理解できなくて、エルフィナの街で錬金術師をしているというトーマンさんに、聞き返してしまった。エルフ族の初老の彼は、精霊にも精通しているだろう。


「ええ、そうです。えっと……」


 トーマンさんは説明に困ったらしく、ギルド長に視線を向けた。ギルド長は、頭をぽりぽりと掻くと、イアンさんの方を見ながら口を開く。


「エドの感覚では、人が取り憑かれることはあっても、街全体が取り憑かれるということが想像できないのだな。俺も、よくわかっていないが」


 するとイアンさんがため息を吐き、口を開く。悪霊を抑えているから、しゃべりたくないのだろうな。



「死の街に変わるということです。亡霊の街ハンスタットのように」


 亡霊の街? 知らないな。


「ハンスタットという街は、どこにあるのですか?」


 僕が素朴な質問をすると、ギルド長が口を開く。


「西門を出て街道を10日ちょっと歩いて行くと、Aランク以上の冒険者が集まるハコロンダという街があるのは知っているな? ハコロンダから、魔物馬車で3〜4日行くと、危険ダンジョンが密集したエリアがある。魔物化したダンジョンがたくさん発見されている危険地帯だ。その中央付近の平原にある街が、ハンスタットだ」


「魔物化したダンジョンに囲まれているのですか?」


「あぁ、ハンスタットは、深いダンジョン群に囲まれているから、冒険者が集まる賑やかな街だったんだよ。今のハコロンダのようにガラの悪い冒険者ではなく、純粋に深層を探索したい冒険者が集まっていた」


「それが今は、亡霊の街?」


「そうだ。キッカケは不明だが、誰かが悪霊を集めてしまったらしいな。ハンスタットの街全体が、ある日突然、黒い霧に包まれ、すべての住人は一晩で死んだ。正確に言えば、強い悪霊に一晩で生気を奪われ、殺されたんだ。その後は、住人の魂は亡霊として、街にとどまっている」


 それって、取り憑かれたというより、悪霊に虐殺されたんじゃないか。悪霊が人に取り憑いても、取り憑かれた人は死なないけど、街が取り憑かれると、人の身体から魂が抜き取られてしまうのか。



 僕は、ようやく事態の深刻さを理解した。


 ヤヨイさんのスキルは、彼女が心にダメージを受けると、こんな形で暴走してしまうらしい。エルフ族の血がわずかに入っていることが影響している、と説明されたけど、具体的にはよくわからない。


 もっとエルフ族の血が濃ければ、こんなことにはならないのだろうか?


 あっ、それでアロンさんは、ヤヨイさんが支援局員を辞めようとしたとき、あんなに引き止めていたのかな。


 この場にアロンさんが居ないのは、責任を追及されることを恐れて、逃げたのか。もしくは、彼が居ても、役に立たないからかな。




「エド、頼めるか? イアンがいるし結界もあるから、彼女の心が乱れても、ここにいる限り、悪霊をこれ以上呼び集めないはずだ」


 ギルド長の話は、逆に言えば、会議室の結界が破られると、悪霊を集めると言っているように聞こえる。もしくは、イアンさんが魔力切れを起こすと、マズイということか。


「わかりました。でも、ヤヨイさんとは、全く目が合わないんですけど、話は聞こえているのでしょうか」


「今の彼女は、悪霊の声しか聞こえてないらしい。トーマンさんの術も完全に弾かれるようだ」


「えっ……じゃあ、無理ですよ」


「ガチャ壺には、対象者を引きつける力があるはずだと、アロンさんが言っていた。だが、他の支援局員では、無理だった。エドのスキル効果に期待するしかない状態だ」


 他の支援局員が、既に試したんだな。それでダメだったから、ギルド長は、自ら僕を呼びに来たということか。でもガチャ壺は、他の支援局員の物と同じ素材から作られている。僕がやっても、結果が変わるとは思えないけど。



「とりあえず、試してみます」


 僕は、ヤヨイさんが座る席の横に立った。彼女の正面の席には、悪霊を抑えるためにイアンさんがいる。


 位置的に、ヤヨイさんに気づいてもらえそうにないけど、まずは、ガチャ壺を出してからじゃないと、僕のスキルは働かない。



 僕は、左手首の腕輪に触れ、魔道具を起動した。



「不幸な冒険者を発見しました」


 決まった最初のセリフを言っても、ヤヨイさんは無反応だった。彼女の横顔をしっかりと見て、対象者をガチャ壺に覚えさせた後、次のセリフを話す。


「不幸な冒険者さんに説明しますね。突然の追放って、ムカつきますよね? 復讐したいですよね? そんなアナタを支援するのが、私達、追放ざまぁ支援局なのです」


 そこまでセリフを読み上げると、白い壺が出てきた。壺を両手で持ち、ヤヨイさんの顔の前に近づける。


 あっ、彼女が首をかしげた。壺が見えている? 僕はさらにセリフを続ける。


「この壺は、魔道具です。アナタの不幸な話を聞かせてください。それに応じてレア度が決まります。話が終わったら、ガチャを引くことができるのです。武器や防具そして魔道具の中から、不幸なアナタが復讐するために役立つ物が得られますよ」


 ヤヨイさんは、手を伸ばして、白い壺に触れようとしている。触らせてもいいのかわからないけど、ダメだとは言われていない。


 だが、彼女は、白い壺に触れる寸前で、パッと僕の方を見上げた。その目は、以前の彼女とは別人のように、うつろなものだが、目が合ったと感じた。


「さぁ、アナタの不幸な話をしちゃってください」


 セリフは、ここまでだ。



「キミは、私がスカウトした少年?」


 あっ! しゃべった!


「はい、ヤヨイさんに腕をつかまれて、錬金協会に連れて行かれたエドです」


「喋れるようになってるね。でも、おかしくない? なぜキミの壺は白いの? 普通は土色だよね?」


「たぶん、僕のスキルが『混ぜ壺』だからだと思います。嘘をつくと、このガチャ壺は、赤く染まります」


「ふぅん、変わってるね。そんなことより、私は、どうしてここにいるの?」


 記憶がないのか? ギルド長の方を見たけど、口出しをするべきではないと考えたのか、手でバツ印を作っている。


「僕には、わかりません。冒険者ギルドに来たら、対象者がいることを見つけたんです。ヤヨイさん、何があったんですか? 僕のガチャ壺に話してください」


「私は……うっうっ……」


 ヤヨイさんは、話し始めようとしたみたいだけど、涙が溢れてきて、言葉が上手く出てこないようだ。



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