77、入れない街
ソアラ迷宮の入り口の階段は、かなり長いようだ。これは、1階層に高さがあるってことだよな。
「ジョーモさん、1階層まで、なかなかたどり着かないですね。ちょっとヤバそうな気がします」
「ソアラ湖に水が戻ったから、迷宮上部の岩盤が厚いだけかもしれないっすよ。この入り口は、湖底より高い位置にあったっすからね」
あっ、そっか。高原からの階段だから、長いのは当然だよな。迷宮は、湖底にある。高原の入り口から、ソアラ湖底に向かっているのか。それにしては、踊り場もあったし、折り返しというか、階段が何度も逆向きになった気もしたけど。
「あれ? 止まっちゃったね」
階段の前が詰まってきた。しかも、先を歩いていた人達の声が聞こえない。何か起こったのか?
「あーちゃん、この先に、魔物がいるのかな?」
「ん? 居ないよ。あっ、さっき、アロンさんが冒険者にブレスレットを配っていたから、欲しくて止まっちゃったのかな?」
あー、試作品をテストしてもらうって言ってたな。
背の低いケモ耳の女の子には、先は見えないだろう。大人に挟まれることで、彼女の手は冷たくなってきた。
「さっさと降りてくれないと、後ろが困ってるぞ!」
最後尾を歩いていたプラストさんが、怒鳴った。すると、皆が降り始める。ということは、魔物じゃなさそうだな。もしかすると、泥沼だらけで足場が悪いのかもしれない。以前は、2階層が沼地だったもんな。
階段には、明るい日射しが差し込んできた。外は夕方だったのに、1階層は昼間なのか。
しかし、静かだ。錬金協会の人達は、階段が長いことに文句を言っていたのに、何も話し声が聞こえない。
「静かすぎるっすね」
「ですね。あっ、ダンジョンコアが居るのかな」
ジョーモさんは、ゴクリと唾を飲んだ。
「ダンジョンコアは、1階層には居ないよっ。エドちゃんが来たことに、まだ気づいてないかも」
「そうなんだ。じゃあ、何も危険はないよね? なぜ……あれ? どういうこと?」
最後の踊り場から先は、左側には壁はなく、手すりだけになっていて、1階層が見渡せる。いや、見渡せない? 端が見えないほど広く、しかも……。
「街っすね」
ジョーモさんは、的確に表現している。もっと正確に言えば、人のいない街だ。
先に降りた人達は、街の門の前で、呆然としているようだ。
「エドさん、来てくれ!」
僕達が降りてきたことに気づいたギルド長が、僕を呼んだ。僕はケモ耳の女の子と手を繋いだまま、門の前にいるギルド長の方へと近寄っていく。
「ギルド長、1階層は広い街に見えますね。幻術でしょうか」
門の先には行けないようだ。街に入ろうとした冒険者が、押し返されている。
「門に、街の名前が書いてあるぞ」
そう言われて、門を見上げた。はい? エドの街?
「エドの街って、書いてありますね。あっ、ダンジョンコアが僕の名前を付けたのかな。しかし、文字を理解するようになったとは」
「俺の知識が正しければ、ダンジョンコアはエネルギー体だ。魔物化したダンジョンでさえ、ダンジョンコアはエネルギー体だ。人族の言葉を理解する魔物はいるが、人族の文字を理解する魔物など、聞いたことがない」
「街には、入れないんですよね?」
「あぁ、もしかすると、エドさんなら入れるんじゃないか?」
それで、呼ばれたのか。
「どこかに、結界を切るスイッチがあるのかな」
僕は、門に触れようとしたが、押し返されて触れない。ということは、幻術かもしれないよな。門の前には、更地の広場がある。以前の1階層の半分くらいの広さがあるから、階層の残り半分は、冒険者の立ち入りを禁止しているのかもしれない。
「迷宮が、人族に荒らされないようにしてるのかもな。魔物化したダンジョンには、幻術で立ち入らせない階層はあるぜ。街は初めて見たけどな」
プラストさんは、僕と同じ意見だ。
「ダンジョンコアは、エドさんを訪ねてトランクの街に来たことがあるから、こういう幻を見せているのかもしれません」
ムロさんがそう言うと、王都の騎士団の人達や高位の冒険者は、頷いている。だが、錬金協会の人達は動かない。あっ、怖くて動けないのか。
「とりあえず、1階層には他には何もないから、2階層に行ってみようか。錬金協会としても、休憩所を作りたいんだよな?」
ギルド長はそう言うと、2階層への階段を降りて行った。錬金協会の人達も、慌ててギルド長について行く。だが、皆は、別人のようにおとなしい。
◇◇◇
2階層は、天井が夕焼け空に見える。そして、また街があった。門の前は、草原かな。
ギルド長は、門に近づくと、手に持っていた魔道具で、門を照らした。また文字が書いてあるようだ。
「モモの街、と書かれている。宿屋の娘の名前か」
ギルド長は、独り言のように喋っているけど、何人もの目が僕を見ていた。
「はい、僕が泊まっている宿屋フローラルのお嬢さんの名前は、モモさんです。僕がダンジョンコアに初めて遭遇した6階層には、僕とモモさんとあーちゃんがいました。あっ、他にもいたけど……」
スージーも居た。だけど、6階層でスージーは、ダンジョンコアとは会ってない。2階層では、壺に入ったダンジョンコアが、スージーを治してくれたけど。
「その名前を記憶していたのか? 次、行くぞ!」
ギルド長は、3階層への階段を降りて行った。
◇◇◇
3階層は、夜だった。そして、やはり街がある。街には灯りがあるから、門の前でも真っ暗ではない。
ギルド長は、門に近寄り、また名前を探しているようだ。だけど、さすがにケモ耳の女の子の名前はないだろう。僕達は、あーちゃんとしか呼んでない。
「ここは、アスカの街らしい」
「ええっ? あたしの街?」
「なぜ、あーちゃんの名前を覚えてるんだろう? あっ、もしかすると、見た人の先入観とかが……」
「ギャッ!」
誰かの悲鳴が聞こえた。見回してみても、よくわからない。皆、それぞれ顔を見合わせている。
「キャハハハ!」
あれ? この声は……。
目を凝らして、キョロキョロしていると、大きな壺が僕を目掛けて、すっ飛んできた。あぶなっ! 僕は、なんとかキャッチできたが、足元にも転がってきた壺が、コツンと当たった。
「ダンジョンコアが二人とも来ました!」
僕がそう叫ぶと、皆が僕から、サーッと離れて行った。
「エド、遊ぼっ!」
キャッチした壺から、幼い女の子の顔をしたダンジョンコアが、にゅっと頭だけを出した。たぶん下半身は壺に根を張っているのだろうな。




