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70、イアンさんが逃げた

 僕達は、そのまま、トランクの街に戻ってきた。


 ケモ耳の女の子は、ムロさんに迷宮を見せたかったみたいだけど、魔道具を通じてエシャナさんから、絶対に近寄るなという命令があったようだ。


「ムロちゃんは、いつ王都に帰るの? エドちゃんのご飯は美味しいよっ」


「俺達は、仕事で来てるからな。食事も決められた場所でしかできない。騎士団長の命令は絶対だ」


「エシャナちゃんは、優しいよ?」


「それは、あーちゃんが民間人だからだよ。俺達から見れば、非常に厳しいが、とても尊敬できる素晴らしい人だ。エシャナ騎士団長は、王都の外への活動をメインにする部隊の長だが、統率力は騎士団長の中で、断トツで高いと評されているよ」


 ムロさんは、エシャナさんのことになると、饒舌になるようだ。しかも、目を輝かせている。憧れの存在なのだろう。


「ふぅん、エシャナちゃんはすごい騎士団長だから、王都の外での活動を任されるんだねっ」


「あぁ、素晴らしい人だよ」


 街の中を歩きながら、目を輝かせて語るムロさんは、これまでよりも若く見えた。17歳の青年の顔かな。




 あれ? 僕の目に、光が入った。その方向には、建物が隙間なく並んでいるが、建物の一部が透き通って見える。これは、少し遠いけど、間違いない!


「あーちゃん、ちょっと僕の仕事の時間みたいだ。ムロさんと一緒に、先に戻ってくれる?」


「エドちゃんのお仕事って……困ってる人の反応があったの?」


「うん、距離は少しあるみたいだけど、光がチラッと目に入ったんだ。ちょっと行ってくるね」


「あたしも行くよっ! 困ってる人を助けるんでしょ。ムロちゃんは、一人で大丈夫だよね?」


 ケモ耳の女の子にそう尋ねられて、ムロさんは頷いた。だが、なぜか僕の後ろをついてくる。



 ほとんど来たことのない大通りに出ると、また、日に照らされたような光が見えた。だが、まだ距離はある。


 これまでなら、こんなに遠い距離の感知はできなかった。僕のスキル『混ぜ壺』のレベルが上がったからか。


「ムロちゃんは、どうして、あたし達についてくるの?」


「ついて行ってるわけじゃないけど、俺達の護衛対象である要人が、移動したみたいだ」


 彼は、ケモ耳の女の子に、魔道具を見せた。騎士が要人の居場所というか目的地を教えてもいいのか? まぁ、信頼関係があるからだろうけど。


 僕は、光が見えた方向を目指して歩いているから、魔道具は見なかった。見失うと困るもんな。行きたい方向へまっすぐに進む道がないけど、怪しい路地にも入れない。



 ガチャ壺が反応した対象者も、移動しているようだ。遠ざかるのではなく、僕達との距離は縮まっていく。


 あっ! 情報が入ってきた。ええっ? 嘘っ!



 ──────────────────


【名前】 イアン(32歳)

【職業】 冒険者(Aランク)

【スキル】 古代魔術(レベル20)[MAX20]


 ──────────────────



 古代魔術だなんてスキルは、多くはないよな? しかも、Aランク冒険者だという情報も、一致している。幽霊のような術を使う職員さんなのか?


 確か20日ほど前に、テンディボという、ビープラストよりも有名なAランクパーティに加入したんだったよな。特殊なパーティだと、プラストさんは言っていたけど、その意味はわからない。


 そもそも、この街トランクでしか活動していない僕は、聞いたことのないパーティ名だった。



「どうしよう、イアンさんだ」


 僕がポツリと呟いた声を、ケモ耳の女の子は聞き取ったようだ。キョロキョロしているが、まだ姿は見つけられないらしい。


「あたしには見えないよ。こんな街の中だと、たくさんの匂いがありすぎて、イアンちゃんの魔力の匂いもわかんない」


「えっ? 古代魔術を使うAランク冒険者ですか? テンディボの新人の……」


 なぜ、ムロさんは知ってるんだ?


「どうして、ムロちゃんは、冒険者のことを知ってるの?」


「いや、ちょっと話せない極秘事項だ。俺も、ついて行っていいですか? 俺が考えている人なら、俺達の命の恩人でもあるんです」


 極秘事項なら、当然だよな。


「僕の仕事のときは、少し離れてもらいたいですが、それで良ければ……」


「もちろん、邪魔はしません!」


 力強く頷いたムロさんは、手に持っていた魔道具を、どこかに収納したようだ。仕事に戻るより、イアンさんの方が大事なのか? もしかすると、彼の仕事の護衛対象にも関係があるのかもしれない。




「ムロさん、テンディボという冒険者パーティは、王都で活動しているのですか?」


 対象者の情報が出る距離まで近づいたから、僕は、歩くスピードを落とした。そして、表情にも気をつける。あの職員さんが対象者なら、偶然を装う方が良いと感じたためだ。


「テンディボというAランクパーティは、Aランク以上の特殊なスキルを持つ冒険者で構成されてるんですよ。彼らは、通常の冒険者には頼めないような依頼を受けてくれるそうです」


「ん? テンディボという神様を信仰する冒険者なんじゃないの? 食堂のお客さんがそう教えてくれたよー」


 ケモ耳の女の子はすごいな。あっ、ムロさんが少し困った顔をしている。僕は、そんな神様は知らないから、彼も知らないのかも。


 でも、山の神オルケニウスと海の神ハルメシンの神話のことを知っていたっけ。僕は何も知らないんだと、自分の無知にため息が出る。



「テンディボという名前が付く物は多いけど、神様ではないよ。この世界の神様は、山の神オルケニウスと海の神ハルメシンだけだ。表面的にはね」


 表面的?


「ん〜? テンディボの名前が付く物は、全部、テンディボという神様を信仰してるんじゃないの?」


「あーちゃん、テンディボは神様じゃないよ。あの冒険者パーティは、勇者を育てている特殊な集団なんだ」


 ムロさんは、何かを知っているみたいだけど、隠しているようだ。秘密なのだろうか。ケモ耳の女の子も、変な顔をしている。



 あっ! 居た!


 前方から歩いてくるイアンさんの姿が見える。彼は、僕達に気づくと、真っ青な顔をして逃げた。僕達じゃなくて、鎧を身につけたムロさんに反応したのか。



「あっ、イアンちゃんが、逃げちゃった」


「おそらく、俺の鎧のせいだ。だが……」


 ムロさんは、魔道具を取り出すと、何かを確認している。そして、僕に、スッと見せた。


『要人の一人が暗殺された。犯人は、昨夜テンディボから追放された新人の可能性が高い。情報を集めてくれ』


 えっ!? イアンさんに暗殺者疑惑?



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