69、ムロさんの過去
僕達は、ソアラ高原へ歩いて行くことにした。
街の中を大きな壺を持って、無言で歩く僕の後ろから、ケモ耳の女の子と、鎧を身につけた王都の騎士がついてくる。やはり目立つのだろう。注目されていると感じた。
ダンジョンコアには、街に興味を抱かせない方がいいと考えた僕は、壺の中で眠るようにと、言ってある。緩やかに魔力を流すと、幼児は眠くなるようだ。ゆらゆらと揺れるからだろうか。
街の門を出ると、僕は少しホッとした。ダンジョンコアが大きなエネルギーを放ったら、この距離でも街は危険だが、とりあえず街から持ち出せたからな。
「もう、喋ってくれていいよ。今、この子は、爆睡してるからね」
僕がそう言うと、二人が同時に息を吐いた。喋らないように、また、街の人が話しかけてこないようにと、警戒していたのだろう。
「びっくりしたねー。でも、いい天気だから、ソアラ高原は、気持ちいいと思うよっ」
「俺は、ソアラ高原は、久しぶりだな。子供の頃に王都に引っ越したから、懐かしいよ」
ムロさんは、まだ緊張しているみたいだな。まぁ、当たり前か。僕が手に持っている物は、とんでもない爆弾でもある。
「ムロさんは、あーちゃんの幼馴染なんですか?」
「そうですね。俺がまだ赤ん坊の頃に、セルス団に助けられて、しばらくはセルス村で暮らしましたから」
そういう縁か。なぜ助けられたかは、聞かない方がいいよな。きっと、つらい話をさせてしまう。
「僕は、セルス村には行ったことないんですよ」
「セルス団のことは知ってますか?」
「ええ、義賊ですよね。セルス村の人はみんな盗賊だと聞いています。この辺の冒険者は、セルス団に助けられた人も少なくないですよ」
すると、ケモ耳の女の子が口を開く。
「ムロちゃんはねー、親戚の人が王都にいるんだよ。だから王都で騎士をしてるけど、本当は冒険者をしたいんだって」
「騎士の方が、優秀なイメージだけど」
「ムロちゃんの親戚の人が、ムロちゃんの気持ちを考えなくて、騎士にしちゃったの。ムロちゃんのお父さんとお母さんは、自由に生きなさいって言ってたのに」
「そうなんだ。ん〜……」
ご両親が健在かを聞くべきなのかな? はぁ、僕は、こういうことは、全然わからない。
「俺の親は、街道で盗賊に襲われて、殺されたんですよ。そう言い残したとは聞いたけど、セルス村の人達の気遣いかもしれない」
「あたしの弟が、そう聞いたって言ってたよ。嘘はつかないよっ」
ムロさんは、赤ん坊のときに両親を失って、セルス村で世話をしてもらっていたのか。でも、セルス村の住人には、ならなかったんだな。親戚が引き取ったのか。
ふわっと、高原からの風が吹いてきた。草の匂いがすると、壺の中で眠っていたダンジョンコアは、目を覚ましたようだ。
「あれ? エド、もう、ついたのー? ふわぁっ」
幼児は壺から頭を出すと、大きなあくびをしている。あっ、人の姿をしているのは、上半身だけだな。宿屋では気づかなかったけど、下半身は緑色だ。壺の内部に根を張っているように見える。
「もうすぐ、ソアラ高原だよ。迷宮のある場所までは、まだもう少しかかるかな」
「ふぅん。エドは、なにをたべるのー?」
「人族が食べられる物は、少ないかな? 毒に弱いし、身体が吸収できる物は少ないんだ。それに、調理してから食べるよ。生のままで食べられるものは、すごく少ない」
「ぼくは、なんでもたべるよー。そっか、だから、ひとぞくって、よわいんだね〜」
ダンジョンコアに弱いと言われると、冷や汗が出てくる。
「そうだね。迷宮で魔物に襲われたら、必死だからね」
「ん? ぼくたちのダンジョンは、よわいモンスターしかいないよ? トゲをさしたら、すぐにきえるもん」
「そうなの? 今は、何階層まであるの? 僕がキミ達に会ったときは、6階層だったけど、魔物は強かったよ」
「ええっ? 6かいそうのモンスターでも、エドはコワイの? おかしいな。エドは、まけないとおもう」
「今の6階層の魔物は、以前より弱いのかな?」
「まえよりは、つよいとおもうよ。あっ、えーっとね、いまは、ん〜とね、おんなのこは、38かいそうにいるよ。あっ、まちがえた。41かいそうだって」
話しながら、ソアラ高原に入った。ダンジョンコアは、もう一体と念話を始めたのだろうか。
「41階層もあるの? すごく深い迷宮だね」
「まだ、もうすこしふかくしてから、おおきくするっていってたよ。まだ、とどいてないから」
「どこに届いてないの? 地下水脈なら、余裕で届いてるはずだけど」
「ん〜とね。ぼくたちは、やまのこじゃなくて、うみのこだから、もうすこしふかくするの」
「山の子とか海の子って、何?」
「わかんない。やまのこがいっぱいだから、うみのこをふやすんだって。やまのこにとられちゃうから」
山の子がいっぱいだから、海の子を増やす?
「僕には、難しいお話だな」
「ぼくにも、むつかしいおはなしだよ。エド、いっしょだね。あっ! もう、あぶなくないから、ぼく、かえるね」
僕の手から、壺がふわりと空中に浮かんだ。
「迷宮まで転がっていくの?」
「エドのホワホワがはいってるから、ふわふわしてかえるよ。あっ、えーっとね、あと10くらいねたら、あそびにおいでって、おんなのこがいってるよ」
「10日後? その頃に、迷宮の成長が終わるの?」
「うん、そうみたい。じゃあね、エドのおともだちも、またね」
そう言い残すと、ビュンとすごいスピードで、壺は飛び去った。全然ふわふわしてないよな。
「エドさん、いろいろと聞き出してくれて、ありがとうございます。まだ、10日も成長が続くのか。しかも、41階層にダンジョンコアがあるとは、想像もしなかった」
ムロさんは、魔道具を操作している。エシャナさんに報告しているのか。
「山の子とか海の子って、言ってたね。ハコロンダっていう街で、魔物化したダンジョンは、山の子だって聞いたことがあるよっ」
ケモ耳の女の子は、腕組みをしながら、何かを必死に思い出そうとしているようだ。
「魔物化した迷宮は、山にあるからかな?」
「ん〜、何だっけ? 人族の神様のお話だよ」
「山の神オルケニウスと海の神ハルメシンの神話のことかな。そういえば、何年か前から、山の神オルケニウスが暴れているらしい。いくつかの勇者パーティが、魔物化したダンジョン群に挑んでいるという話を聞きましたよ」
何? そんな神話、知らないよ。ムロさんは、また魔道具を操作し始めた。




