64、爆睡から目覚めると
「痛っ!」
突然、アゴを下から殴られたような衝撃で、目が覚めた。上体を起こそうとしても動けない。掛け布団をはがすと、すぐ目の前に小さな足の裏が見えた。
どうやら、アゴを蹴られたらしい。
しかし、どういう体勢なんだ? 僕に完全に乗っかってるのか。僕のお腹を枕にして爆睡しているケモ耳の女の子。しかも、寝相が悪すぎて、おパンツがまる見えだよ。おパンツどころか、お腹まで出てる。まぁ、4〜5歳に見えるから、これも可愛いんだけどさ。
布団をはがしたからか、ゴソゴソと動き始めた。そして、ベッドから落ちそうになったところを、僕が慌てて支える。
「ふぁっ? あれ? エドちゃん、どうしたの?」
「あーちゃんが、ベッドから落ちそうになったんだよ」
「あたしの部屋に遊びに来たの?」
いやいや、逆でしょ。
「あーちゃんが寝ぼけて、僕の部屋に来たんだよ。泥がどうとか言って」
「ん〜? 覚えてない」
クゥゥ〜
ケモ耳の女の子のお腹から、悲鳴が聞こえた。そういえば僕も、かなりの空腹だ。
「とりあえず、ご飯を食べに行こうか。外は真っ暗だから、夕食時間だと思うよ」
「うん! お腹減ったね。食堂に行こっ」
ベッドから飛び起きたケモ耳の女の子は、そのまま出て行こうとする。鍵を持って来たことを覚えてないらしい。僕は、彼女が棚に置いた鍵と、自分の部屋の鍵を持った。
◇◇◇
食堂に行くと、人は少なかった。この雰囲気は、酒場時間か。でも、食事をしている人もいるみたいだ。
「変な時間にすみません。夕食を食べたいんですが」
厨房に声をかけると、顔馴染みの料理人さんはボーっとした顔をしていた。眠そうだな。
「エドさん、今は朝食の仕込み中ですよ。あー、新迷宮の騒動に巻き込まれてたんですね。朝食でいいですか?」
「朝食? はい、二人前でお願いします。あーちゃんもいるので」
「すぐに持っていきますよ」
ケモ耳の女の子の名前を出すと、料理人さん達がピリッとした。ホールをチラッと見た後、ニヤニヤしながら冷蔵庫を開ける人もいる。ほんと、人気者だよね。
テーブル席では、二人分の水が用意されていた。
「あーちゃん、ありがとうね」
「うんっ。夜じゃなくて、もうすぐ朝なんだねっ。お酒の匂いの人達が、そろそろ帰るかーって言ってたよ」
「そうだね。昼前くらいに戻って来たのに、すごい長い時間、眠ってたみたいだ」
「あたしも、途中からエドちゃんの匂いがするから、不思議だなぁって思いながら寝てたよ。起きたらエドちゃんがいたから、びっくりしたよ」
こっちも、びっくりだよ。
「あーちゃんが、僕の部屋に来たんだよ? あっ、これはあーちゃんの部屋の鍵ね。僕の部屋の棚に置いてたよ」
「ん〜? 不思議だねー」
「ふふっ、そうだね」
無意識に、僕の部屋に来たのかな。あっ、そっか。彼女の父親は、亡くなっているんだったよな。僕が父親代わりなのかもしれない。
「お待たせしました」
料理人さんが自ら、朝食を持って来てくれた。ホール係も暇そうにしているんだけどな。
「ありがとっ。わぁっ! チーズケーキがあるよっ」
僕の方には無いよ。
「あーちゃんに試食をお願いしたいと思ってたんですよ。お子様用の食べ放題の分なんだけど、ちょっと甘すぎるかもしれなくて」
「わかったっ。ご飯を食べてから、試食するねっ」
ケモ耳の女の子は、キリッとした表情で返事をしている。お仕事スイッチが入ったみたいだ。とても可愛い。
「あとで、感想を聞きに来ますね。あ、ゆっくり食べてくださいね」
「うんっ!」
料理人さんは、デレデレしながら、厨房へと戻った。試食と言いつつ、彼女にいろいろな物を食べさせたがるんだよな。まぁ、そう言わないと、他の宿泊客から文句を言われるのかもしれないけど。
僕達は、朝食を食べた。空腹だと思っていたが、いざ食べ始めると、あまり食べられない。夕食じゃなくて、朝食でちょうど良かったみたいだ。丸一日、食べてなかったからな。
「エドちゃん、あの赤ん坊に気に入られちゃったね」
「そうかな? 僕というより、壺が気に入ったんじゃない? 予備の壺も作らされたし」
「たぶん、エドちゃんの魔力の匂いを気に入ったんだよ。優しい匂いがするもん」
ケモ耳の女の子は、僕よりも食べるスピードが速い。デザートが目の前にあると、こうなるんだよな。
「僕には、魔力の匂いって、わからないんだけどね。あっ、そういえば、僕の匂いが変わったって言ってたよね」
「んー? あっ、うん。スキルレベルが上がったときだよね? 少し変わったよ。たぶん、弱い魔物は警戒すると思う」
それって、魔力の匂いなのかな? ステイタスは微増だけど。
「そうなの?」
「うん、それまでのエドちゃんは、たぶん、全然怖がられなかったと思うよ。スキルとステイタスは、別だからね」
今、僕がステイタスは低いままだと言おうとしたことに、彼女は気づいたみたいだ。
「スキルレベルは初めて上がったから、僕にはよくわからないけど」
「あたしも上手く説明できないけど、たぶん、あたしの弟なら、半人前から一人前になったって言うと思うよ」
「セルス村の人にそう言われたら、ちょっと嬉しいかも」
僕がそう答えると、ケモ耳の女の子は、僕の方を見て、ニコッと笑った。こういう所は、46年間生きてきた大人な部分だよな。また、おでこに、ごはん粒がついてるけど。
彼女がチーズケーキを見ている隙に、腕輪のアイテムボックスからタオルを取り出し、そっと、おでこのごはん粒を拭いた。いつもは、モモさんがやっているけど、僕もたまに拭いてあげることがある。
ケモ耳の女の子は、おでこを拭かれる理由がわかってないみたいだけど、まぁ、その顔が可愛いから、いっか。
「エドちゃんも、チーズケーキを食べたい?」
いや、そういう意味じゃない。
「僕は、今は甘い物はいらないかな」
「ふぅん、じゃあ、あたしが全部食べるねっ」
フォークを持って、彼女がチーズケーキを食べ始めると、厨房からの視線を感じた。彼女はニコニコしながら幸せそうに食べるから、料理人さん達は見たいんだよな。
食べ終えると、ケモ耳の女の子は、トレイを持って、厨房へ行く。そして、お邪魔します、とペコリと一礼して、厨房に入って行った。
真面目にチーズケーキの感想を話しているのだろう。料理人さん達の癒やし時間だ。
僕は、トレイを厨房に持っていき、紅茶をもらって、席に戻った。この時間は料理長はいない。あぁ、果樹園を見に行ってなかったな。




