63、迷宮からの脱出
『エド、もうひとつ、ほしいー』
僕が両手で持っている壺は、とても軽かった。僕の目には、壺から少し頭を出した緑色の丸いサボテンが、左右に揺れているように見える。ワクワクしてるのだろうか。
「もう一つ必要なの?」
『うん、もうひとついるのー』
「同じ形がいいのかな?」
『うん、おなじのがいいの』
壺を地面に置こうかと思ったけど、このままの方が良いか。たぶん地面に置かれたくないから、こんなに軽いんだ。
左手で抱え、右手に魔力を集める。そして、同じ形で同じ強度の壺を作った。今のスキルレベルで作れる最強の強度だ。派手に転がっても割れることはないだろう。
「出来たよ。えっ? 移るの?」
『はいってみるのー』
緑色の丸いサボテンが、にゅーっと伸びて、作ったばかりの壺に、頭から入っていく。あっ、千切れた? 左手の壺には緑色のサボテンが残っている。あっ、違う。左の壺には、トゲのない丸い植物がいるようだ。
「古い壺の中に残ってる物は何?」
『わけたの〜』
新しい壺の方は揺れるけど、古い壺は動かない。
「身体を分けたの?」
『ふわぁぁ。ねむいの』
新しい壺は、僕の手から飛び降りると、壁へと入って行く。その後、古い壺は何かに引き寄せられるように、僕の手から壁に消えて行った。
ダンジョンコアは、壁に入って寝たのかな。
「今のうちに脱出するぞ」
プラストさんは、1階層への階段近くに、冒険者を集めていた。僕も急ぎ足で向かうと、ガクッと体勢が崩れて、沼にハマった。ダンジョンコアが眠ったから、僕が踏んでも、沼地に変化が起こらないんだ。
底無し沼だ。もがくと、どんどん沈む。
それに気づいた直後、身体に浮力を感じた。あっ、プラストさんが浮遊魔法を使ってくれたのか。
「すみません、お手数をおかけします」
「構わない。ダンジョンコアが眠ったからだろう。今のうちだ」
冒険者達は、無言だった。ダンジョンコアを再び起こさないためか。
1階層は、何もない荒地になっていた。冒険者ギルドの職員さん数人と、冒険者が十数人いる。
「皆さん、大丈夫でしたか。あの……」
「話はダンジョンを出てからだ。ダンジョンコアを起こすなよ? 死ぬぞ」
「そんな、大げさな……」
プラストさんの言葉には、威圧の術が込められていたようだ。僕もその言葉を聞いて、背筋が凍った。
2階層から無言だった冒険者達も、何も喋らない。その異様な光景に、反論しようとした冒険者も口を閉じた。
そして僕達は、迷宮から脱出した。
◇◇◇
「ここまで来ればいいだろう」
プラストさんが、足を止めた。
明るいソアラ高原にいた初級冒険者たちは、泥だらけの団体をギョッとした表情で見つめている。緑色の草原を歩く僕達は、目立つようだ。
「泥を落とすか」
プラストさんは、魔力を放った。ふわっと風を感じた後は、沼地に落ちた僕の身体もスッキリしていた。
「徹夜した冒険者も多いだろうから、街の門まで送る。十分な睡眠を取ってくれ。今日は休んで、明日、冒険者ギルドへミッション報告に行ってほしい。ギルド職員への説明は、俺がしておく」
プラストさんはそう言うと、僕達全員に魔力を放った。足元には魔法陣が浮かび上がる。小さな手が僕の手を掴んだ直後、転移魔法の光に包まれた。
◇◇◇
「俺達は、宿屋の前っすね。プラストさんが配慮してくれたみたいっす」
宿屋フローラルの前には、昼の食べ放題の看板を出しにきた店員さんがいた。僕達が突然現れたから、驚いてひっくり返っている。
「私も今日は休みにします。ホッとしたら、眠気が襲ってきました。あーちゃんも眠いよね。ジョーモさんもエドさんも、本当にお疲れ様でした」
「モモちゃんも、かっこよかったよっ。ふわぁぁ」
僕達は、フロントで鍵を受け取り、それぞれの部屋へと入った。ケモ耳の女の子はウトウトしながら歩いてたから、心配になり、僕は彼女が部屋に入るのを見届けた。
僕は、部屋に入ると服を着替えて、ベッドに入った。身体は疲れていたけど、眠くはない。いろいろなことがありすぎたからだろうか。
スージー達とは、あの後は話せてない。でも、幼馴染は全員、無事に治療を受けたようだ。
また、壁に喰われた元ナープラストの冒険者のうち、何人かは、沼地に埋まっていたから、救出できたと思う。全員の安否確認は、まだできていないみたいだ。
スキルレベルが上がったことを思い出すと、僕は、穏やかな気持ちになってきた。プラストさんの足の治療ができたことは、大きな自信になる。
それに、弱い毒薬を作れるようになった。もっと早くスキルレベルが上がっていれば、幼馴染と一緒に冒険者を続けることができたのだろうか。
いや、それはないか。
たぶん、僕が陰キャで、人とほとんど話せないことが、彼らにとって負担だったのだと思う。錬金協会の魔道具のおかげで喋れるようになったけど、幼馴染は誰も喜んでくれなかった。
やっぱり僕は、彼らにとって、迷惑な幼馴染なんだろう。スージーは気を遣うタイプだし、タクトは何も気にしない性格だが、ニックとレイビンは違うだろうな。
それに僕は、レイビンに嫌なことを言った。だから、レイビンもニックも、僕の混ぜ飯を食べなかったんだと思う。
僕のスキルレベルが上がっても、毒薬を作れるようになっても、もう僕は、幼馴染と一緒にミッションを受けることなんて出来ないんだ。
はぁ、悪いことばかり考えてしまう。
身体は眠りたいはずなのに、嫌なことが頭の中に何度も繰り返し浮かんでくる。
幼馴染に会ったからだよな。
スージーが謝ってくれたのは、少しホッとした。でも、ニックやレイビンの僕を見る冷ややかな視線ばかりが、頭に浮かぶ。
眠れない。早く寝て、夕食時間の手伝いをしたいのに、目を閉じても眠れない。
僕はいつも、どうやって眠っていたのだろう。
それでも次第に考え事が、夢か現実かわからなくなってきた。寝転んでいるから、眠っている瞬間があるのだろうか。
コンコン!
ん? 誰? 僕は部屋の扉を開けた。
「エドちゃん、泥が入っちゃった。取って」
ケモ耳の女の子が持って来たのは、宿屋の部屋の鍵だ。鍵に泥が入るか? そのまま、お邪魔しますと言って、部屋に入ってきた。寝ぼけているのか?
彼女は鍵を棚に置くと、僕のベッドに潜り込んだ。あっ、たくさんの冒険者に囲まれていたから、怖くなったのかな。
僕もベッドに入った。スースーと眠る寝息に誘われて、さっきまでのことが嘘のように、僕も、スーッと眠りに落ちた。




