61、全体が沼地の2階層
「あーちゃん、赤ん坊って、どういう意味?」
「ん〜? 生まれたばかりの子だよ?」
ケモ耳の女の子は、首を傾げている。いや、僕が聞きたいことは、そういう意味じゃない。あ、でも紛らわしい聞き方をしたよな。
「エドさん、俺は、もう右足の感覚は大丈夫だ。ダンジョンコアが眠っているうちに、外へ出よう」
「わかりました。2階層への階段が崩れているけど、皆さんなら、階段の作り直しができますよね」
「いや、壁だからな。作り直しは危険だ。瓦礫を取り除いたら、浮遊魔法を使う」
プラストさんは、さっきまでとは違って、皆を先導しながら歩く。砂漠化した3階層には、魔物もいない。彼は、より危険な方へを選ぶんだな。
もう誰も勝手な行動はしない。壁に近寄ろうとする人もない。壁に喰われた人達は、迷宮を舐めていたから、自業自得だと僕は思う。
でも、プラストさんは、自分を責めているように見える。表情は険しい。右足が義足無しで歩けるようになったのに、あまり嬉しいとは感じてない気がする。
崩れた2階層への階段の近くに移動すると、プラストさんは皆が追いついてくるのを待っていた。それに気づいた冒険者は、歩くスピードが速くなっている。
「よし、全員、居るな? わかっているだろうが、勝手なことをするなよ? 3階層が砂漠化したのは、エネルギーを別の場所に移したからだ。誕生したばかりの迷宮は、ダンジョンコアが眠っていても、急成長する。階層の入れ替え以外は、何が起こるかわからない」
プラストさんが、また同じ忠告をした。今度は皆は、素直に頷いている。彼の忠告を無視していた人達は、壁に喰われたもんな。
「これから、瓦礫を取り除き、数人ずつ、浮遊魔法で2階層へ移動させる。2階層に到着しても、勝手な行動はするなよ? 俺が上がるまで、その場で待機だ」
「はい!」
さっきまでは無視していた人達も、ちゃんと返事ができるんだな。
プラストさんは、右手から魔力を放った。すると、一瞬で、瓦礫は後方に移動した。まるでワープしたみたいだ。
2階層からの風が吹き込んでくる。洞窟内に特有の、少しカビ臭いような湿気の匂いが流れてきた。
「沼か何かがありそうだな。じゃあ……は?」
あっ! 階段が復活してる! プラストさんが移動させた瓦礫が消えていた。何? 怖すぎる。
「階段が復活したということは、俺達に2階層へ来いと言っているのか……」
「プラストちゃん、2階層に居るよ。遊びたくなったんじゃないかな?」
「えっ? 何が居るんだ?」
「ん〜、泥の中は見えないけど、たぶん……」
ケモ耳の女の子は、冒険者達の視線が集まると、怖くなるみたいだ。話の途中で、僕の背に隠れた。
「あーちゃんがこう言ってるから、階段には危険はないっすよ。さっきも、2階層には沼地はあったっすからね」
「俺が先に上がる。Bランク冒険者は新人を守りながら、注意深く進め」
プラストさんが先に階段を上がり始めた。少し間隔をあけて、数人ずつまとまって移動していく。ジョーモさんが一番最後に上がるつもりみたいだから、僕達も、ジョーモさんのすぐ前を歩いた。
◇◇◇
2階層は、全体が沼地だった。沼地に咲く不気味な花も咲いている。泥の中には、うごめく何かもいる。
プラストさんは、僕達が上がるのを待ってくれていたようだ。階段がまた崩落する可能性もあるからだろう。
「俺が通ってきたときは、沼地は一部だったんだがな」
「歩ける場所がないですね」
2階層にいるはずのスージー達の姿も見えない。僕は、頭がチリチリしてきた。まさか、底なし沼に落ちたのだろうか。
「エドちゃんが、道を作ればいいと思うよ」
ケモ耳の女の子は、笑顔だった。
「あーちゃん、どうして僕なの? 土魔法なら、僕よりジョーモさんやプラストさんの方が圧倒的に技術は上だよ」
「ダメだよ。ジョーモちゃんもプラストちゃんも、嫌いだって言ってるよ」
「えっ? 誰が?」
「ん? 赤ん坊だよ」
すると、プラストさんが、大きく頷いた。
「なるほど、そういうことか。俺は嫌われているから、サーチを使おうとしても、弾かれるんだな。エドさん、この階層のどこかに、ダンジョンコアがいるようだ」
「眠ってるんじゃ……あ、起きたのか」
「エドちゃん、さっき抱っこしてたよ?」
抱っこしてた?
「まさか、さっきの壺っすか?」
「うん! あたしには声は聞こえなかったけど、楽しいが伝わってきたよ。エドちゃんの壺で転がると、自由に動き回れるから楽しいんだよ。暗い壁の中しか動けなかったのに、どこでも動けるからだよ」
「あのサボテンが、ダンジョンコアだったの?」
「あたしとエドちゃんの魔力は、覚えてるみたい。6階層で、一番近くにいたのはエドちゃんだけど、あたしは見てたから。でも、半分寝てるかも」
壁の中を移動していて、3階層に転がり落ちたのか? どれだけ寝相が悪いんだよ。あ、壺の中に入ったから、とんでもない寝相になってるのか。
「早く出る方がいいですね。僕が道を作ります」
僕は、2階層から1階層への階段を探すと、その方向に向かって、魔力を放った。沼地の上に土魔法で土手を作っても、僕の能力では、一人がギリギリ通れる幅にしかできなかった。強度も不安だな。
「エドさんが先導してくれる方が良さそうだな。頼めるか?」
「わかりました。僕が先に行きます」
そう返答すると、ケモ耳の女の子は、モモさんと手を繋いだ。僕よりも、モモさんを守るんだよな。
僕が作った土手の上を歩き始めると、踏み固めたわけでもないのに、土手の幅が倍になり、乾いた土に変わっていく。迷宮の不思議だよな。
もうすぐ1階層への階段にたどり着く所まで歩くと、急に後ろが騒がしくなってきた。振り返ってみると、左側の沼地には、まるで壺畑のように、壺が並んでいた。
僕の壺ではない。土器のような、脆そうな壺だ。
「エドちゃん、ワクワクが伝わってきたよ」
「ん? ワクワク?」
僕がそう言った直後、右側にも、沼地から壺が生えるように出てきた。
『ど〜れだ?』
あっ、また念話だ。だけど、僕にしか聞こえないみたいだ。
「沼地だから、選びに行けないよ」
『エドがあるくと、しずまないの』
「僕が沼地を歩くと沈まない?」
『ど〜れだ? まちがえたら、こわすよ』
間違えた壺は壊す?
「エドさん、あちこちに生体反応がある。壺は、人の頭より大きいぞ。2階層にいた冒険者が、沼地に埋まっているんじゃないか?」
プラストさんにそう言われ、僕は背筋がゾゾッとした。




