58、自業自得
蒸し暑い4階層から3階層へ上がると、春の草原のような爽やかで広い階層だった。目立つ魔物もいない。この迷宮のこれまでから考えると、この階層は危険だ。
冒険者達は、3階層を流れる小川に近寄って行く。僕が使った香辛料を洗い落としたいのか。
『小川に入ると、迷宮に喰われるぞ!』
プラストさんが即座に、念話を使った。だけど、汗で香辛料がヒリヒリするのか、忠告を聞かない人もいる。僕のせいだよな。
後ろから、大きな魔力を感じた。
慌てて振り返ると、プラストさんが両手に魔力を集めている。そして、階層全体を彼の放った光が駆け抜ける。
身体に付いていた香辛料は消え、シャワーを浴びた後のようにスッキリした。この術を使ってもらったのは、二度目だな。
『もう一度言う! 小川に入ると死ぬぞ! 水は危険だ。急成長中の迷宮は水を求める。絶対に近寄るな! 水辺のダンジョンは、水を見せて、水分の多い種族をおびき寄せる。4階層よりも、この階層の方が圧倒的に危険だぞ!』
ケモ耳の女の子も、同じことを言ってたよな。誰も信じなかったけど。でも、プラストさんが言うと、皆は聞き入れるようだ。
仕方ないことだろうけど、ムカつく。冒険者は、高位ランク冒険者の言うことしか、まともに聞かない人が多いもんな。
『真っ直ぐに、2階層への階段に向かって歩け! 壁から何かを採取しようとしても、死ぬぞ! 離れろ!』
プラストさんは、念話を連発している。それだけじゃない。ずっとサーチ魔法を使っているようだ。
この階層では、新人冒険者よりも、ナープラストのメンバーだった人や、中級冒険者への監視の目を光らせているようだ。
新人冒険者達は、プラストさんの忠告にビビってるから、真っ直ぐに階段を目指している。一方で、ここが3階層だからか、当初の合同ミッション以外の冒険者達は、あちこち物色しているように見える。
「エドちゃん、悪い冒険者はどうするの?」
「あーちゃん、何か見た?」
「うん、プラストちゃんに見つからないように、迷宮の壁に埋まっている何かを取り出そうとしてる」
「えっ? どこ?」
「階段の近くだよ」
すると、モモさんが手に弓を出した。そして、2階層への階段付近を見ているようだ。
「どうしたんすか?」
「あーちゃんが、変な動きをする冒険者を見つけたみたいです。迷宮の壁に埋まる何かを取り出そうとして……」
僕の話の途中で、ジョーモさんは駆け出した。僕には、何も見えないけど、彼には見えているのだろうか。いや、ケモ耳の女の子を信用してるのか。
「ジョーモは、どうした?」
「はい、プラストさんに隠れて、何かしている人がいるみたいです。2階層への階段の……あっ!」
ジョーモさんが階層の中央付近まで行ったとき、2階層への階段が崩れるのが見えた。彼は、咄嗟に立ち止まっている。こちらを振り返ったジョーモさんの顔は、白く見えた。血の気が引いたのか。
あっ! 彼のトラウマだ!
シノア洞窟で、階段を崩されて、ジョーモさんは洞窟に閉じ込められ、餓死しそうになった。階段が崩れたことで思い出したんだ。
気がついたら、僕は駆け出していた。ジョーモさんの近くにいてあげないといけない!
「ジョーモさん! 大丈夫ですよ!」
僕が、彼の腕を捕まえたとき、彼の身体が硬直してしまっていることに気づいた。
「ジョーモちゃん、あたしが変なことを言ったから、ごめんね。怖くなった? 大丈夫だよ」
ケモ耳の女の子も、ジョーモさんの状態がわかっているみたいだな。モモさんも、すぐに追いついてきた。
「うわぁ〜っ!」
崩れた階段の近くにいた冒険者達が、壁を登っていく? いや、壁に捕まったのか。何人かが、壁に埋まった状態で、上へと消えていった。
その直後、この階層を流れていた小川が消えた。緑の草原は、枯れ草に変わっている。この階層が、一瞬で砂漠化したのか?
階段近くにいた冒険者達は、慌てて僕達の方へ逃げてくる。僕達じゃないな。一番後ろを歩くプラストさんを頼って逃げて来るんだ。
「はぁ、クソッ!」
プラストさんが、吐き捨てるように叫んで、その場に座り込んだ。いや、倒れたという方が正確か。右足の太ももあたりには血がにじんでいる。義足での迷宮は、やはり無理があるんだ。
あっ! 幼馴染は……。
「モモさん、スージー達がどこにいるか、わかりますか」
「先頭近くを歩いていたはずだから、もう2階層に上がったんじゃないかな。壁に群がっていた中には、居なかったわ」
「階段が崩れるとき、スージーちゃんの魔力が見えたから、落ちかけた人を助けたんだと思うよ。でも、3階層にいる方が良かったかも。見えないから、わかんないけど」
2階層は、さらに危険なのか? スージーは、もうほとんど魔力が無いはずだ。
「壁に喰われたバカは、全員、俺が追放したメンバーだ。自業自得だがな。クソッ!」
プラストさんは、まるで自分を責めているようだ。元ナープラストの人達が、団長だった彼の言うことを聞かなかったからか。
ようやく、ジョーモさんの身体の硬直が解けたみたいだ。立ったまま、気絶していたのかもしれない。膝から崩れるように、座っている。
「ジョーモさん、大丈夫ですか」
「あぁ、エドさん、申し訳ないっす。あーちゃんもモモさんも、ありがとうっす。ちょっと意識が飛んでたっすよ」
「ジョーモちゃんが巻き込まれなくて良かったよ。あたしが変なことを言ったから……」
「あーちゃんのせいじゃないっすよ。プラストさんを無視して迷宮に何かするのは、俺に追放だと言った奴らだと思ったんすよ。奴らは……」
ジョーモさんは、キョロキョロしている。そうか、壁に捕まって、上に登っていくのを見てなかったんだな。
「どうしよう! 何人も壁に喰われて、上へ上がって行った」
彼らは、階段崩落で怪我をしたのか。特に新人冒険者達が酷い状態だ。
「プラストさん、すみません。ボウグ達が……」
ジョーモさんは、集まってきた人達の様子から、すべてを察したようだ。悔しそうな顔をしている。
ケモ耳の女の子は、ナープラストだった人達に囲まれて、また怯えた表情をしているし、モモさんは、深刻な状況に呆然として言葉を失っている。
僕がしっかりしないと!
まずは、プラストさんの回復だな。この階層が砂漠化したのは、4階層に弱毒を撒いた僕への報復か。壺は置いてきたが、弱毒の効果はもう消えているはずだけどな。
ん? この砂って……。
僕は土魔法を使って壺を作り、この階層の砂を集めた。




