51、迷宮の罠
「ジョーモさん、それは……。ハッ! まさか躍動?」
冒険者ギルドの職員さんは、ファイルを取り出して、慌ててめくっている。魔道具は使えなくても、アイテムボックスは使いこなしているようだ。
躍動って何だ? 活発化するという意味だろうか。
足元には、白い霧がどんどん湧いてきている。ケモ耳の女の子は平気な顔をしているけど、彼女の胸の高さまで、まとわりつくような霧が上がってきた。
「地上への階段が、上がれないです! 見えない何かに押し返されます!」
階段には、新人冒険者が殺到していた。
「迷宮の、エサを逃がさないための本能っすよ。ひとりずつゆっくりと進めば、通り抜けられるっす。外に出たら、すぐに離れるっすよ。新たに崩れる可能性があるから、湖岸に上がるだけじゃダメっす」
ジョーモさんがそう叫ぶと、新人冒険者は、一列に並び、ゆっくりと階段を上がっていく。たまに押し返されて転がり落ちる人もいたが、スピードが速いのだろう。
そういえば、ノワール洞窟の5階層で死にかけたとき、慌てて駆け上がろうとしたら、何かに押し返されるように階段を滑り落ちたっけ。幼馴染のみんなは、戻って僕を助けてくれた。足手まといだったんだよな。
あのとき、近くにいた別の冒険者に、怪我人はエサだから逃げるとダンジョンに捕まるぞ、と言われた。意味がわからなかったけど、こういうことか。洞窟と迷宮は、別物なんだ。
「動けない冒険者には、ポーションですね。すぐに……」
足元の草を引き抜こうと、地面に顔を近づけると異変に気づいた。
「罠だ! 草原全体の地面が光ってます!」
僕がそう叫んだ瞬間、ケモ耳の女の子は、僕の手を掴んだ。彼女は、モモさんの手も掴んでいる。
ジョーモさんが慌てている姿が見えた瞬間、真っ白な光に包まれ、身体に重力を感じた。何? 転移魔法か?
◇◇◇
「ここは……」
僕達は、どこかに飛ばされたようだ。暗くて何も見えない。だが、こういうときは、動いてはいけない。
「エドちゃんのすぐ後ろに、ダンジョンコアがあるから、動いちゃダメだよ。強いエネルギーを放ってるから、触れると身体が溶けるよ。ここが最下層みたいだね」
「わかった。でも、真っ暗で何も見えないよ」
「明るい場所から移動したからだよ。モモちゃんは、木に引っかかってる。モモちゃんも動かないでね。今、調べてるから」
だんだん目が慣れてきた。暗い階層だが、背後に強い魔力を放つエネルギー源があることは、感じ取れる。
モモさんは、この階層に生えている木の枝に引っかかったようだ。僕達の声が聞こえても、まだ見えてないみたいだ。表情までは見えないが、頭を動かしている。
突然、青白い光が、上から降りてきた。人の顔をしている。あっ、職員さんか。この階層には、5つの青白い顔が漂っている。2つは、ちょっと遠いけど。
『皆さん、ご無事でしょうか。どうやら、躍動が起きたようです。3階層で多くの魔法が使われたことで、迷宮に強い刺激を与えたようです。あっ、躍動とは、階層の大変革です。私は、スキルにより身を守ることができたため1階層にいますが、草原は消えています。また、1階層には私以外は誰もいません』
大変革? みんな消えた?
『この迷宮は、先程は4階層まででしたが、今の最下層は、6階層です。皆さん、なるべく迷宮を刺激しないように、1階層を目指してください。躍動は夜間にしか起こりません。もうすぐ夜明けです。迷宮から脱出した冒険者さんが、ギルドに報告してくれるはずです。私は、魔力のある限り、ここから皆さんの見守りをします』
青白い顔の光がいることで、不気味だけど灯りになっている。モモさんの顔も見える。だが、ジョーモさんはどこだ? 彼には、洞窟に閉じ込められたトラウマがあるのに。
「エドちゃん、この階層は荒野だよ。イアンちゃんの術は、冒険者ひとりにひとつだね。この階層には5人いるね」
「あとの2人は、少し離れてるね。遠くに青白い光が見える。すごく役立つスキルだね。ちょっと不気味だけど」
背後のエネルギー源が、スッと消えるのを感じた。その直後に、後ろから冷たい風が吹いてきた。
「新たに7階層ができたみたいだよ。ダンジョンコアが地面に潜ったら、階段が現れたね。水の匂いがしてきたから、7階層には降りちゃダメだよ」
「冷たい風が吹き上がってきてるよ。そろそろ動いても大丈夫かな?」
「まだ魔物が出てないから、もう少し待つ方がいいよ。たぶん、エドちゃんとあたしは、狙われてるもん」
別に、嫌な気配は感じなかったんだけどな。
「あーちゃん、まだ、木から降りちゃダメかな? ちょっとつらくなってきたよ」
「モモちゃんは、降りても大丈夫だよ。あたしとエドちゃんは、まだダンジョンコアに見られてるの」
「えー? ダンジョンコアには目があるの?」
「うん、生き物だもん。生まれたばかりの赤ん坊だけど、強いエネルギーを持ってたよ。今、たくさん暴れたから、朝になれば眠るんじゃないかな?」
「じゃあ、朝まで待つ方がいいかな。もうそろそろ夜明けの時間だね」
僕は、二人の話を聞きながら、ちょっと眠くなってきた。癒し系な二人だもんな。
あっ、足音が近づいてくる。だけど変な足音だな。
「そこにいるのは、エド?」
僕の心臓は、ドクンと嫌な音を立てた。この声は……。
「スージーさん? 私、宿屋のモモです」
「モモさん? よかった。私、皆とはぐれてしまって」
暗くて良かった。僕は、どんな顔をすればいいかわからない。
「エドちゃんのお友達? 痛そうだよ」
「えっ? スージーは、怪我をしているのか」
モモさんは木から降りると、スージーの方へ駆け寄っていった。
「エドさん、スージーさんの足には、かなりの出血があります。転移のときですか?」
「これは、その前ですよ。3階層から下への階段を覗いた時に、4階層から伸びてきたツタのような物に絡まれたんです。すぐに焼き切ったんだけど、トゲがガッツリ食い込んでしまったの」
「迷宮が捕まえようとしたんだよ。そのまま、4階層に落ちてたら、溶けてたよ」
ケモ耳の女の子がそう言ったとき、下からの風が止まった。僕も振り返って階段の下を覗こうとしたら、同じ目に遭ったのか。
あっ、閉じた! 壁が移動し、7階層への階段を隠したようだ。
その直後、6階層はパッと明るくなった。壁には、たくさんのたいまつのような灯りが並んでいる。
そして壁からは、次々と見慣れない魔物が湧いてきた。




