50、まとわりつくような白い霧
「迷宮の掟だとか、意味不明なことをほざいた奴は誰だ!?」
下層から1階層に上がってきた数人の冒険者が、ギルドの職員さんに詰め寄っていった。ケモ耳の女の子は、怯えた顔をして、僕の背中に隠れている。
「皆さんなら、ご存知じゃないのですか? ここは、洞窟ではなく迷宮です。迷宮の成長を妨げる行為は、禁じられています。急成長中の迷宮に取り込まれたら、迷宮を破壊するしか救出方法がありません。ですが迷宮破壊は、不測の事態が発生する危険が高いため、禁じられています。Cランク研修で、ご説明したはずですが」
少しオドオドしながらも、職員さんは、ケモ耳の女の子の責任にはしないで、きちんと対応してくれている。
「は? そんなもんは受けてねぇよ! 俺がDランクだからってバカにしてるのか!」
Dランクということは、合同ミッション組だな。合同ミッションに参加した中では、リーダー格だったのか。
「アナタは、現状を理解していますか? 1階層には、アナタ達と一緒に合同ミッションを受けた新人冒険者が、たくさんいますよ。命に関わる怪我をしている人は居ないみたいだけど、冒険者ギルドまで引率するのが、Dランク冒険者の役割じゃないのですか」
モモさんは、凛とした口調で、文句を言ってきた冒険者達を叱っている。すごい、かっこいいな。
「はぁ? さっきのは、おまえか? 意味不明な脅しをかけやがって!」
あっ、危ない! 僕は勝手に身体が動いた。モモさんに詰め寄る彼らの前に立つ。しかし、どうしよう。
「何だ? クソガキ!」
怖っ……。だけど、僕が退くわけにはいかない。何を言えばいいかわからないけど。
「エドさんが創り出したキーホルダーを付けているくせに、何っすか、その態度は」
キーホルダー? あっ、腰につけてる。ジョーモさんが呆れた顔で、彼にそう言ってくれた。
「えっ? あ、錬金協会の支援局員のエドさんですか」
クソガキと言っていた彼は、キーホルダーの壺の色が白いことに気づいたらしい。
「僕は、追放ざまぁ支援局員のエドです。冒険者としてはCランクですけどね。彼女もCランク冒険者ですよ。貴方達の方が年上かもしれないけど、ミッション中は、上のランクの冒険者に詰め寄るのはやめてください」
魔道具の腕輪は、僕に普通の声で喋らせてくれる。ビビっていることは、顔に出ているかもしれないけど。
「おっぷ、中級冒険者だとは知らずに、すみませんでしたーっ! エドさんのおかげで、俺、人生で初めて恋人ができたんです!」
何の話? 彼は、僕の機嫌を取ろうとしているのか、ヘラヘラと笑顔を張り付けている。だけど僕は、こういう人は好きじゃない。相手の何を見てるか知らないけど、手のひらを返すように、態度を変える人は信用できない。
「そうですか。でも今は、そんな話をしている場合じゃないですよね? 合同ミッションの他の参加者の安全確認をしましたか?」
「すぐに、確認します!」
彼らはヘラヘラとした笑顔を張り付けたまま、1階層の奥の方へと歩いて行った。
「エドさんも、中級冒険者らしくなってきたっすね」
ジョーモさんは、モモさんの方を見ながら、そんなことを言った。僕が必死にモモさんの前に立ったことに気づいているのか、ちょっとニヤニヤしてる。
「錬金協会の魔道具のおかげですよ。ジョーモさん、この後は、どうしますか?」
「そうっすね。高原ホッパーと高原ネズミは、1階層に大量に居るみたいっすから、ソアラ高原から消えた理由は、わかったっすよね。ダンジョンに居るなら、果樹園への被害は無くなるはずっす。あとは、水脈っすね」
確かに、この迷宮ができたことで、ソアラ高原を流れる小川が汚れることは、もうないだろう。でも地下水脈は、絶望的だろうな。
「果樹園の人達には気の毒だけど、地下水脈の利用は諦めてもらうしかなさそうですね。新迷宮が地下水脈を奪ってしまいます」
モモさんも、同じ意見だな。
あっ、ケモ耳の女の子を放っておいてはいけない。僕は、小さな手を握った。やはり、手が冷たくなっている。大勢の冒険者に対するトラウマは、簡単には消えないか。
「あーちゃん、眠くなってない?」
「ん? ちょっと眠いかも。でも、痛い人がたくさん居るよ。1階層の人は、ほとんどの人が弱ってる」
「今は、合同ミッション中だから、指揮する職員さんの指示待ちなんだよな。迷宮内には、新人を含む合同ミッションと、夕方から捜索にきた冒険者パーティと、そして僕達がいる。瀕死の状態の人がいれば、関係なく助けるけど、勝手な行動は越権行為になるんだ」
「ふぅん、変なの。あっ、報酬が違うから?」
「僕も、よくわからないんだ。ただ、過度に助けると、助けられた冒険者は、ミッション失敗になるらしい」
ケモ耳の女の子は、首を傾げている。僕も理解できてないから、中途半端な説明だ。
「私も、この決まりには疑問しかないです。いろいろな悪い人がいるからだそうですよ」
モモさんが僕と同じ意見なのは嬉しい。ジョーモさんは何も言わないで、冒険者に囲まれている職員さんの方を見ている。
「待ち時間が、もったいないですね」
「じゃあ、エドさん、臨時の食堂をしませんか? 私、露店商の資格を持っています。大怪我をした冒険者さんはいないけど、ここから街に帰る体力が無さそうな人は少なくないですよ」
モモさんの露店商?
「エドちゃんの混ぜ飯、食べたいよっ!」
ケモ耳の女の子は、急に元気になってる。やはり、食事って大事だな。
「エドさん、俺が職員に許可をもらってくるっすよ。薬湯は、作れるっすか?」
「はい、作れます」
「さっき、薬草をそのまま食っている冒険者も居たっす。ポーション不足じゃないっすかね?」
そんな話をしていると、職員さんの方から、こちらに近寄ってきた。
「エドさん、ポーションは作れませんか? 多くの新人冒険者が、瀕死の怪我を負って回復薬を使い果たしたようです。私に売ってくれと言われてるのですが、数が足りなくて……」
瀕死の怪我を負った人が居ないんじゃなくて、回復薬を飲んだ状態が、今の現状か。
「薬草があれば、ポーションは作れます。今、モモさんが露店商の資格があるという話を聞いたので、薬湯や混ぜ飯を……あれ?」
僕は、地面から、白い霧のようなものが上がってきていることに気づいた。まとわりつくような、嫌な霧だな。
「飯を食っている場合じゃないっすね。動ける新人冒険者から順に、迷宮から出るっすよ!」
えっ? 何?




