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38、髪留めが難しい

 翌朝、いつもより少し遅い時間に、外の賑やかな声で目が覚めた。


 宿屋通りでは、朝の出発時間になると一斉に大勢の人が行き交うから、この時間は、一日の中で最も賑やかな時間だ。


 僕が目覚めたときには、ベッドの上にケモ耳の女の子は居なかった。まさか出て行ったのかと飛び起きると、床の寝袋が、こんもりと盛り上がっているのが見えた。


 夜明け前には僕のベッドで寝ていたと思ったけど、あれは僕の夢だったのだろうか? 



 服を着替えていると、パジャマ代わりに使っているシャツに、こげ茶色の抜け毛が付いていることに気づいた。僕の髪色よりも濃いけど、そんなに長い毛ではない。


 ケモ耳の女の子の髪色は、僕の髪色と近い茶髪だし、肩くらいまでの長さがある。この抜け毛は何だ? あっ! ケモ耳か。僕のお腹を枕にしてたよな。



 僕の着替えが終わった頃、寝袋が転がった。ふふっ、床で寝ていても、寝相が悪いらしい。


「あーちゃん、朝ごはんを食べに行くよ。起きて」


 そう声をかけると、寝袋から、ケモ耳だけがピョコッと出てきた。うん、この色は間違いない。耳の先端は、こげ茶色をしている。やっぱり夜中に僕のベッドに潜り込んでいたんだな。


 だけど、指摘はしない方が良さそうだ。彼女は、寝袋に戻ったんだから、僕が気づいていたことを知ると、きっと恥ずかしいだろう。



「ふわぁ? エドちゃん? ごはん?」


 ノソノソと寝袋からい出してきたケモ耳の女の子は、大きなあくびをしている。


「うん、朝ごはんの時間が終わってしまいそうだよ。まぁ、昼食時間になると、食べ放題が始まるんだけどね」


「ふぅん、あたし……」


 昨日のことを思い出してきたのか、彼女の表情は暗く沈んでいく。今の彼女は、村から持ってきた荷物もないから、着替えもできないか。


 プラストさんの魔法で、服の汚れは消えたけど、昨日と同じ服で過ごすのは、嫌かもしれない。彼女の衛生面の感覚はわからないけど、魔物の血を浴びた服は、僕なら捨ててしまいたい。



「あーちゃん、僕の服で良かったら、着替える? 洗濯してもらってあるから、清潔だと思うけど」


「エドちゃんの服を着てもいいの?」


「うん、新しい服がなくて悪いんだけど、好きなのをどうぞ。と言っても、サイズが合わないかな。さすがに女の子が使える下着はないけど、シャツだけでも着替えるといいよ」


 僕が宿のクローゼットを開けると、彼女は服の物色を始めた。やっぱり、着替えたいよな。


「エドちゃん、この服を借りていい?」


「いいよ。あっ、そのシャツなら、あげるよ。あまり着てないんだけど、外で洗濯に失敗して縮んだから、僕が着るとピチピチなんだ」


 あげると言ったことで、彼女の表情が一瞬引きつったように見えた。トラウマになってるんだな。だけど、僕は気づかぬフリをしておく。


「ピチピチなの?」


「うん、着て見せようか? あ、でもせっかく洗濯してもらったから、僕が着るとニオイがついちゃうね」


「ピチピチ見たい!」


 彼女は、本当に僕が不要としているのかを確かめたいのか。僕は、着ているボタン付きのシャツを脱いで、インナーの上から、彼女が選んだシャツを着て見せた。


「ほらね? 全然余裕がないから、ズボンの上に出せないんだよ。剣を装備していたら、丸わかりでしょ」


「服が小さいね。ピチピチだぁっ!」


 シャツを脱ぎ、形を整えていると、ケモ耳の女の子は、着ていた服をパッと脱いだ。ちょっと待て! それしか着てなかったのか。ぺったんこの胸が見えてしまい、僕は慌てて目を逸らす。


「じゃあ、あたしがもらっても大丈夫だねっ」


「うん、もらってくれると助かるよ。ってか、人前で脱いじゃダメだよ? あーちゃんは女の子なんだから」


「ん? 誰もそんなこと言わないよ? エドちゃんは、恥ずかしがり屋さんだねっ」


 確かに、4〜5歳の女の子なら、僕も何も言わないけどさ。46歳という情報を見てしまったからなぁ。



「出来たよっ! ちょっとブカブカだよ」


「あーちゃんが着ると、ワンピースみたいだな」


「変じゃないかな? 青い服って初めて着たよ」


「僕は変じゃないと思うけど、宿のフロントに鏡があるよ。この時間なら、宿屋の娘のモモさんがいるはずだから、相談してみようか」


「エドちゃんが変じゃないって思うなら、それでいいよ。あっ、これを髪に付けたいの」


 ケモ耳の女の子は、真偽の壺セットの髪留めを、僕に渡した。だけど、僕にもわからなかった。金具の一部を押すと、ピローンと金具が長くなってしまって、安定感がないから、髪に留まらない。


「あーちゃん、僕にも難しくてわからないよ。フロントで聞いてみようか。モモさんは、すごい優しいんだ」


「うんっ、わかった。あっ、ポケットがないから、これはここに置いてていい?」


 脱いだ服もポケットに入れるつもりだったのか。黒い壺とキーホルダーを、脱いだ服で、ぐるぐる巻きにしている。


「あーちゃんの部屋が決まるまでは、ここに置いておくといいよ。さぁ、ごはんを食べに行こう。フロントに鍵を預けるから、髪留めは、モモさんにお願いしよっか」


「うんっ! ありがとっ」




 ◇◇◇



「エドさん、おはようございます。事情は聞いてますよ。アスカさん、かな?」


 フロントに鍵を持っていくと、モモさんが心配そうにしていた。


「はい、あーちゃんって呼ばれているみたいです。あのモモさん、難しい髪留めがあって、彼女に付けてあげたいのですが、僕にはわからなくて……」


「髪留め?」


「昨日、ガチャ壺から出た物なんですけど」


 ケモ耳の女の子の姿を捜すと、フロント横の鏡の前で、クルクルと回っていた。僕のシャツを着た姿を、確認しているようだ。



「あっ! モモちゃん? あたし、あーちゃん」


「ふふっ、はい、モモです。あーちゃん、初めまして。髪留めを見せてくれる?」


「うん、エドちゃんも難しいって。グラグラするから留まらないの」


 ケモ耳の女の子から髪留めを受け取ったモモさんは、あぁと小さな声を出した。


「これは、ここに髪を挟んで、こうしてパチンと止めるんですよ」


「あっ、このまま差し込むんじゃなくて、金具の間に髪を入れて挟むのですね。へぇ……」


「モモちゃん、ここに付けたいの」


 ケモ耳の女の子は、前髪を指差している。昨日、王都の騎士団長エシャナさんが、白い髪飾りを付けた場所だ。


「じゃあ、付けましょうか」


 モモさんに髪留めを付けてもらうと、ケモ耳の女の子は、再び鏡の前に立ち、クルクルと回り始めた。


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