34、酒場時間の食堂
「えっ? エドさん、く、クサッ!」
宿に戻るとフロントにいた男性が、鼻を押さえた。明るい場所で見ると、ケモ耳の女の子には、いろいろな物がかけられていたことがわかる。
魔物の青い血だけじゃない。腐ったような生臭い緑色の汁や、黄色っぽい汚れ、そして畑の肥料も付着している。
「あの、これは……」
「エドさん、食堂に行くっすよ!」
「えっ? このまま食堂に行くのは、さすがにマズイですよ。先にシャワーを使って……」
宿のフロントの男性も慌てているし、僕としても、この臭いのまま、酒場時間の食堂に入ることには、強い抵抗を感じた。
「何を言ってるんすか! この子は、もっと臭いんすよ! おそらく嗅覚は俺達の100倍以上っす」
そうだ! 確かに、うつむいているケモ耳の女の子は、酷い悪臭で、辛いはずだ。ジョーモさんは、ありのままの状態を、食堂にいる人達に見せたいんだ。
「あーちゃん、行こう」
「えっ? でも、臭いから」
「大丈夫だよ。僕も臭いから、一緒だよ」
ジョーモさんは、もう食堂に入っている。僕も、ケモ耳の女の子を連れて、食堂の入り口へと歩いて行った。
◇◇◇
「うわっ! なんだ? 酔いが醒める刺激臭だな」
僕達が食堂に入っていくと、近くの席で飲んいた人達が、グラスを持って避難していく。
「この子は、ナープラストに騙されたんすよ。おそらく、この子が、モンツク狩りで無双したことに嫉妬したんす。ナープラストは、弱い冒険者は話題を呼ぶために利用して捨てるだけっすけど、自分達が脅威だと感じた冒険者は、激しい嫉妬をして潰そうとするっす」
ジョーモさんが、大声で一気に喋った。さっき噂話をしていた人達は、困惑した表情だ。ジョーモさんがナープラストを追放されたことを知る人は、彼の言葉を信じないよな。
「ジョーモ、さすがに酷い言い方だぞ。だがそれが、今のナープラストか」
右足が義足の男性が近寄ってきた。プラストさんだったよな? ナープラストを立ち上げた人だ。
「何があったかは、この子の口から聞けばいいっす」
「だが、嘘をつくかもしれない。罪人の証が付いているから、こっちのサーチも不安定になる」
「エドさんがいるっす! エドさん、仕事のことを話していいっすか?」
ジョーモさんが真剣な表情でそう尋ねるので、僕は頷いた。あまり知られたくないけど、彼には何か考えがあるのだろう。
「エドさんは、追放ざまぁ支援局の支援局員っす。しかも、彼のスキルは『混ぜ壺』っす。だから、エドさんが扱うガチャ壺は、真偽を見抜くっす。俺も、嘘を見抜かれたっすからね」
あー、そういうことか。ジョーモさんは、この場でガチャ壺を出せと言ってるんだな。ケモ耳の女の子には、部分的に光が当たっているように見える。青い血が付いている付近は光が見えない。
「そうか、わかった。だが、さすがにこのままだと、食堂は営業停止になるぜ。ちょっと魔法を使うぞ!」
プラストさんは厨房に向かってそう叫ぶと、僕達に手のひらを向け、魔力を放った。温かい風が吹き抜ける。すると、まるでシャワーを浴びた後のように、スッキリした。服も綺麗になっている。
「あの人、すごいね。全然、消せなかったのに」
ケモ耳の女の子も、驚いたらしい。
「特定の魔物の血は、魔法の発動を邪魔するからな。青い血を浴びた状態では魔法は使えないぜ。さて、お嬢さん、正直に話してもらおうか。あー、支援局員の魔道具起動が先だな」
まだ付近は、酷いニオイが残っていて、他のお客さんは鼻を押さえている。
「プラストさん、食堂内がさらに臭くなったっす。それに、この子は空腹っすよ」
「あぁ、そうか。この刺激臭の消臭は、俺には難しいな。誰か、頼むぜ」
「じゃあ、僕が消臭します。あーちゃんはニオイに敏感だから、この刺激臭の中ではご飯は食べられないよね。ちょっと待ってて」
僕は、厨房へと向かった。だけど中には入らない。僕の身体にも、まだニオイが残っているためだ。
「適当に野菜と肉をお願いします。あっ、深い鉢も」
厨房内には料理長の姿があるが、声を出さない。お客さんの中に、彼を狙う盗賊がいるのかな。他の料理人さんが、いろいろな食材を詰めた容器と、僕がいつも使う深い鉢を用意してくれた。
僕は、ケモ耳の女の子の近くに戻ると、深い鉢に、適当な野菜を放り込んで、混ぜ混ぜを始めた。この場所に広がる臭いを消臭しようと意識する。
ふわりと甘くフルーティな香りが広がっていく。食堂だけじゃなく、宿のフロントも刺激臭が残っていることを意識して混ぜ混ぜしていると、フロント係が驚いた顔をして食堂を覗きに来た。ちゃんと効いているみたいだな。
「濁っていた空気が、浄化されてきたんじゃないか?」
「消臭というより、刺激臭を別の香りに組み替えるみたいな術だな」
この時間のお客さんは、ほとんどが冒険者だから、興味津々らしい。すぐにサーチを始める人もいる。
混ぜ混ぜを続けていた手が、ふわっと軽くなった。付近の消臭が完了したようだな。僕が手を止めると、深い鉢の中身は、スーッと消えていく。理由はわからないけど、散布薬は、混ぜ混ぜを止めると消えるんだ。
「さて、次は、あーちゃんのごはんを作るね。昼ごはんは何を食べた?」
「えっ? あ、昼ごはんは食べてなくて、朝ごはんは、宿の朝食セットだったよ。パンと芋のサラダとスープ?」
やはり、朝食を食べたきりだったんだ。
「じゃあ、何でもいいかな? 空腹のお腹がびっくりしないようにしないとね。あーちゃんも、この鉢に触れてくれる?」
「ん? うん、わかった」
小さな手が、ちょこんと鉢のふちに添えられた。
僕は、適当に野菜や肉や穀物を鉢に入れていく。そして水魔法で、適当に水を入れた。周りに人が集まってきたから、何だか緊張する。でも、失敗はしない。これを食べる人が食べたい味を作ろうと意識しながら、混ぜ混ぜをした。
「できたよ。あーちゃん、手を離して大丈夫だよ」
「不思議なの。入れ物が、あたしに何を食べる? って聞いてきた気がしたよ。いい匂いっ」
料理人さんが深皿を持って来てくれたので、できた混ぜ飯を移した。温かいチーズリゾットのような物だ。
「あーちゃん、どうぞ。そこに座ってね。あっ、少し熱いかもしれないから、気をつけて」
「うん! いただきますっ」
ケモ耳の女の子は、礼儀正しくいただきますを言ってから、スプーンを持った。恐る恐る一口食べると、ピカピカな笑顔を見せてくれた。そして、すごい勢いで食べ始めた。




