115、宿屋に戻ると
「では明日、お待ちしています」
道具屋の店主が、わざわざ店の外にまで、僕達を見送りに出てきた。それが合図らしい。待ち伏せをしていた怪しい人達は、サーッと散っていく。
僕達と関わるのは危険だということか。この道具屋が闇市に流れる品物の取りまとめをしているとは驚いたな。スウセイさんも、最初からわかっていたわけじゃなさそうだ。勘がいい。
「キミは、宿屋までついてくるつもりかな? 宿泊者以外は、入れてくれないかもしれないよ」
僕は、後ろからついてくる緑色の髪に緑色の目をした褐色の肌の男性に、そう尋ねた。まだ10%しか回復してなくても、魔物化したダンジョン群のダンジョンコアの分身だ。連れて歩くには抵抗がある。
『私が鉢に入れば、人族には気づかれないよ。キミは、何だか面白いし、私も知識が足りないみたいだもんね』
「その念話を聞かせる相手って、キミが指定してるの?」
『ん? 普通に話してるから、何も指定してないよ。能力のない人族には聞こえないだけだよ』
そんなこと、スウセイさんの前では言えないな。
「エドさん、少し早いけど、宿屋に戻ろうか」
「はい、じゃあ、ダンジョンコアは……あっ! 鉢に入って浮かんでる」
彼が腰から下げていたアクセサリーのような鉢が、道具屋で見た大きさに変わり、ダンジョンコアは緑色の光になって、その中に入った。
しかも、角を曲がった直後だ。人目につかないように配慮したのだろうか。
「エドさんが持ってね。ふわふわ浮かんでいると、何か良くないことが起こるかもしれない」
「わかりました」
僕は、大きな丸い花瓶のような鉢を持った。全く重さは感じない。ゆっくりと魔力を流していると、ダンジョンコアが眠ったのを感じる。ソアラ迷宮のダンジョンコアと同じだな。
◇◇◇
「おかえりなさいませ。えっ? その魔道具を買われたのですか!?」
宿屋に戻ると、フロントの男性が声をかけてきた。買ったというか、お金は払ってないんだよな。
スウセイさんが、怪訝な表情で口を開く。
「宿屋の人が、この品のことを知ってるのかな?」
「はい。それは、この宿場町で最も古い道具屋に、ずっと売れ残っていた魔道具ですからね。何年か前までは、使用料を支払って、近くの池で大量の魚を獲るために使わせてもらっていました」
貸し出していたのか。それで、道具屋の店主は、もう元は取れたような言い方をしていたのかな。
「最近は、使われてなかったようですね。何かキッカケがあったのですか」
「キッカケは特にないと思います。だんだん、稼働させるための魔力の必要量が増えてきていて、対応が難しくなったので、使用をやめたようです」
「魔力の必要量?」
「はい、魔道具も育つのでしょうね。初めて使わせてもらったときには、桶に入るくらいしか魚は獲れなかったのですが、次第に放たれる竹網が大きくなり、一度の作業で、30日分以上の魚を獲れるようになりました」
あー、たぶんそれは違う。ダンジョンコアが、魔力をもらうために魚を獲ってやっていたみたいだけど、チマチマと獲るのが、面倒くさくなったんだ。
僕は、ダンジョンコアが眠る鉢を持っているから、そんな感覚が伝わってきた。ダンジョンコアが伝えてきているのか。
どうやら、ダンジョンコアの入った花瓶のような鉢は、この宿場町まで、冒険者によって運ばれたようだ。ダンジョンコアの分身であるこの個体は、逃げるために、冒険者を利用したらしい。本体が喰われたことで、分身も、ほとんどチカラを失っていたのだろう。
人族の集落でマナを集め、失ったエネルギーを回復しようと考えたらしい。その過程で、池の魚を獲る助けをすれば、人族が大量の魔力を供給してくれることに気づいたのか。
ダンジョンコアのエネルギーが、枯渇してしまったのは、魚を獲ってやることが面倒くさくなったのが原因かな。山の中とは違って、マナも少ないのだろう。
店主が話していた鉢の重さは、おそらく、触れた人族から魔力を吸収するせいだと思う。魔道具に魔力を流そうとする人族から、過剰に吸収したから、人は重いと錯覚するんだ。
本当にそれほど重いなら、道具屋の棚には置いておけないはずだもんな。
「エドさん? 何か買い忘れた?」
「えっ? いえ、大丈夫です」
僕がボーッとしていたから、スウセイさんに気を遣わせてしまった。宿屋の人の視線に気づくと、笑顔で会釈された。ええっ? 笑った?
「じゃあ、部屋に戻ろうか」
僕は、スウセイさんの後ろを追いかけた。
◇◇◇
部屋に戻ると、皆は戻ってきていた。スウセイさんは部屋に入ると、すぐに結界を張ったようだ。たぶん、ダンジョンコアがいるからだよな。
ヤヨイさんは、小さな丸テーブル席でケーキを食べている。ムロさんが買ってあげたのかな。だけど、彼女の表情は暗い。
「スウセイ、遅かったじゃねぇか。ん? エドさんと買い物をして遊んでたのか?」
ミラックさんは、少し不機嫌だ。
「違うよ。買ったんじゃなくて、譲り受けた感じかな? 宿屋は、連泊の手続きをしてあるよ。明後日は、仮予約だ。それと、闇市の取りまとめをしている組織を見つけたよ」
スウセイさんは、大きなテーブルの上に置いてあるワインを見つけると、魔法で栓を開けたようだ。そういえば、飲み足りないって言ってたっけ。
グラスに注ぐと、すぐに飲んでいる。ミラックさんが買ってきたのだろうか。いや、これもムロさんかな。
「そんなに簡単に見つかるのか? 闇市と繋がる……あぁ、そうか。エドさんが、また何かを見せたのか」
「いや、店主はすぐに、エドさんを裏の人だと言ったよ。まぁ、俺が、毒使いと呼んだからだけどね」
「は? 俺達は、エドさんの素性を知らないことになってただろ?」
ミラックさんは、そう言った後、何があったかを察したようだ。毒使いと言われて、僕が慌てた様子を、店主が見たんだよな。すべて、スウセイさんの計算か。
「店主は、口は堅いはずだよ。俺のことも知っていたみたいだからね。高位の魔導士が、裏の仕事をする人に気づかないのも、おかしいだろ?」
「相変わらずスウセイは、腹黒いな。まぁ、今更だけどな。それで、その奇妙な花瓶は何だ?」
ミラックさんは、サーチ魔法を使ったみたいだ。でも、僕が持っているから、腕輪の効果でサーチを弾くだろう。
「ミラック、サーチなんか使うなよ? 死にたいのか。イアンさんが引きつってるだろ」
あぁ、イアンさんには、わかるのか。彼は、真っ青な顔をしていた。




