111、置き忘れた髪飾り
「どうしよう、ごめんなさい」
ヤヨイさんを連れて、ムロさんが店から出てきた。化粧室に付き添いをしたホール係の女性も、僕達に説明するためか、外に出てきた。
「ヤヨイさん、体調は大丈夫ですか?」
僕がそう尋ねると、彼女は、頭をブンブンと横に振っている。まるで子供がイヤイヤをしているようだと感じた。彼女は人族だけど、エルフの血が混ざっているから、やはり見た目よりも、若いというか幼いのかもしれない。
「私から経緯をご説明します。お客様は、化粧を直してから髪飾りをつけようと、洗面台の小物棚に、髪飾りを置かれていたようです。化粧室を使われていた他のお客様と、王都で売り出された口紅の話になり、盛り上がったそうです。そして、その話をしながら、化粧室を出たとのことでして、お席に戻り、忘れ物にすぐ気づいて戻られたそうですが、髪飾りは消えていたようです」
ムロさんに指摘されるまで、気づかなかったよね。
「それで、彼女はショックで動けなくなって、ムロさんを呼ぶようにと、お願いしたのですか」
スウセイさんが無表情で尋ねた。ホール係の女性は、コクリと頷く。
「お客様と話されていた女性の持ち物を、店長が確認させていただきましたが、髪飾りは出てきませんでした。また、間違えて持ち去ったお客様がおられるかと、その後に化粧室を利用されたお客様の持ち物も確認させていただきましたが、やはりありませんでした。小物棚には、微かに魔力の痕跡が残っていたので、魔力を纏う髪飾りを置かれていたことは確かなようですが」
店の客の持ち物検査までしてくれたのか。
「ごめんなさい……預かっていたのに……」
ヤヨイさんは、消え入りそうな声を出している。ちょっと可哀想になってくる。だけど、こんなにすぐに失くすとは、驚きだ。効果付き口紅の話題で、気持ちが髪飾りから口紅に移ってしまっていたのか。
「まぁ、仕方ないよ。もう帰ったお客さんが間違えて持っていったのかもしれないし、間違いだとわかれば、店に返しにくるんじゃないか?」
スウセイさんは、全く気にしてないように見える。彼は基本的に無表情だもんな。
すると、ホール係の女性が、申し訳なさそうな表情で、口を開く。
「お客様、この宿場町は、あまり治安が良くありません。忘れ物をすると、ほぼ確実に盗まれてしまいます。その髪飾りは、高価な物だったのでしょうか」
「ハコロンダに泊まれば良かったな。あの街なら、盗品の探し方はだいたいわかる」
ミラックさんが、小声で呟いた。その意図は、僕には理解できない。もともと、この宿場町が目的地だ。山の神様のお宝を扱っていた闇市の商人が殺された件の調査に来たんだからな。
「お客様、それでしたら、この宿場町にも、似たような組織があります。いくつかの闇市もあるようですし、闇市に流通する品物を仲介する商人もいます」
「この宿場町の盗品は、その組織を経由するのか?」
「個人的な盗難でなければ、組織を通さないと取引できないようです。お客様の置き忘れによる紛失ですから、善意の誰かが、冒険者ギルドに預けている可能性もありますが」
ミラックさんは、スウセイさんの方に視線を移した。交代かな。スウセイさんが口を開く。
「店員さん、宿場町に冒険者ギルドがあるなんて、初耳ですが、どこにあるんですか?」
「少しお待ちくださいね。町内地図をお持ちします」
ホール係の女性は、店に入っていった。ヤヨイさんは、しょんぼりしていて、痛々しい。ムロさんが、そんな彼女を支えている形だ。
あれ? 見られてる。イアンさんに、話しかけようとしたら、周りを見ろと合図された。
これは、僕達がここに足止めさせられる様子を、不特定多数に見せているのか。だからスウセイさんは、冒険者ギルドの場所を聞いたんだ。
しばらく待っていると、店から男性が出てきた。
「お客様、私はこの店の店長をしております。置き忘れた髪飾りが失くなった件につきまして、他のお客様にも声掛けをさせていただきました。どれくらいの価値のある物かを、お伺いしてもよろしいでしょうか。それにより、探し方が変わると存じます」
「そんなに、騒ぐほどの物じゃない。『女帝リマの髪飾り』だよ。魔力を吸い始めたから、魔法袋に入れていると中身を乱すので、彼女に身につけてもらってたんだ」
「なっ! 『女帝リマの髪飾り』ですか! そんな有名な骨董品を、置き忘れ……いや、失礼いたしました。それでしたら、まずは冒険者ギルドですね。この宿場町は、住人が多いので、ハコロンダのギルドの出張所があります。場所は、こちらです」
店長は、持ってきた地図に、印をつけた。高価な骨董品を置き忘れるなんてありえないと、疑われたのだろうか。でも、ヤヨイさんの表情を見て、気の毒そうな顔をしている。
「この建物は、宿屋と書いてあるようですが?」
「宿屋の地下に、冒険者ギルドが入っています。忘れ物を取り扱っているのは、地下1階のカウンターです。真偽を見抜く魔導士がいますから、持ち主か否かを見抜くので、ここに預けられていれば、間違いなく受け取れます。謝礼が必要になりますが」
「わかりました。ここになければ、どこに行けば?」
スウセイさんが無表情で尋ねると、店長は、地図にいくつか丸をつけた。
「盗品が持ち込まれる組織の場所がどこにあるかは、私にはわかりません。今、印をつけた場所には、夜に闇市が出ます。盗品が販売されるなら、このあたりかと」
「宿場町から外へ持ち出されるんじゃないですか?」
「今、お伺いした品物ならば、闇市でしか売買されません。高額品を扱う闇市では、この宿場町が最も乱暴な人が少ないのです。その品物なら、宿場町の外へ持ち出すと、命に関わりそうですからね」
店長さんの説明は、僕達だけでなく、通りすがりの人達も聞いていると感じた。
スウセイさんは、これを狙ったんだな。
ヤヨイさんには可哀想だけど……というか、これはヤヨイさんの責任だけど、彼女のしょんぼりした表情も、通りすがりの人の目にとまっているだろう。
「わかりました。とりあえず、冒険者ギルドか。でも、そんなにすぐには届けられないかな」
「そうですね。この時間なら、翌日になることが多いと思いますよ。闇市を探されるなら、明日の夜以降になると思います」
店長さんは、説明に慣れていると感じた。お酒を出す食堂では、物を失くす客が多いのかもな。




