110、スウセイは飲み足りない
「ありゃ、ヤヨイさんは大丈夫かな?」
テーブルに突っ伏したヤヨイさんを、ムロさんが心配そうに見つめている。僕は、ヤヨイさんに言われた、飽きる、という言葉をまだ引きずっていたから、周りに目を配る余裕はなかった。
ヤヨイさんに悪気はないのはわかってる。ただ、幼馴染に言われたことと重なったから、古傷をえぐられたような感覚だ。飽きたから追放、と言われるのではないかと、怯える自分もいる。
ムロさんは、王都の騎士団員だから、貴族と関わることも少なくないのだろうな。酔い潰れる警護対象者の扱いにも、慣れているのかもしれない。
ほんと、僕は子供だ。ムロさんと同い年なのに、僕にはできることが少ない。はぁ……。あっ、また悪い癖だ。陰キャな僕が、陽キャと比べること自体が間違いなんだ。
「店が混んできたな。酔い覚ましに、デザートでも食べに行くか?」
ワインを飲んでいたのは、スウセイさんとミラックさん、そしてヤヨイさんの3人だけだ。これは、ヤヨイさんへの、ミラックさんの気遣いだよな。
「ヤヨイさん、店を変えるみたいですよ」
ムロさんが声をかけると、ヤヨイさんは、ムクッと起き上がった。髪飾りが重いためか、まとめ髪が崩れている。
「ん? 他の店に行くのー?」
「ええ、デザートを食べに行こうかと話していました。さっき、行列ができていた店じゃないかな? もう空いている頃だと思いますよ」
「そうね! これからの時間なら、飲み屋に人が集まるもんね。私、ちょっと、化粧直しをしてくるよ」
ヤヨイさんは、立ち上がると何かの魔法を使った。眠そうだったのに、シャキッとしている。そして、化粧室へと行ってしまった。
「護衛は要らないんですか?」
僕は、ヤヨイさんが一人になることが、心配だった。でも、他の人達は首を傾げてる。
「エドさん、ヤヨイさんはBランク冒険者ですよ? こんな場所では、さすがに精霊は使わないでしょうけど」
イアンさんに指摘されて、僕は、忘れていたことを思い出した。ヤヨイさんは、エルフの血が混ざっているからか、魔法の発動が速い。
「そうでしたね。僕だけがダントツで弱いんだった」
「相手によって相性がありますからね。それを補完する意味でも、このメンバーは理想的ですよ。ククッ、また、思い出してしまいました。街道で会った彼らは、うぷぷっ」
イアンさんは、また笑ってるよ。あっ、この地の霊から聞いた話が面白いって言ってたっけ。街道で、僕が捕まった後の様子を聞いたのかな。
「イアンさん、上手くいってましたか?」
スウセイさんが、指で何かの合図をしている。互いに暗号でも決めてあるのかな。
「エドさんに関しては、まぁ、想定通りというか、想定以上ですね。ここでは話せないですが」
あっ、暗殺者のフリが成功したということかな。奴らは情報屋だと、ムロさんが言ってたけど、僕は、無事に、料理人のフリをする毒使いだと思ってもらえたのか。
「まぁ、だいたい、予想はつくけどね」
スウセイさんは、ワインをグラスに注いだが、ボトルには、もうほとんど残ってなかったらしい。チッと舌打ちが聞こえた。彼は、飲むタイプには見えないから、意外だな。
「スウセイは、まだ、飲み足りないって顔だな」
ミラックさんが、スウセイさんをからかうような言い方をした。ミラックさんは酒豪っぽいのに、そんなに飲んでない。
「後で酒屋に寄ろうかな。飲み始めると、途中でやめられないよな? 普通」
「さぁ? 俺は、グラス1杯しか飲んでねぇぞ」
「ミラックは、外では、あまり飲まないよな」
「宿場町では、飲む気にはなれない」
ミラックさんは、警戒するときには禁酒するタイプなのかな。逆に、スウセイさんは、緊張を酒でほぐすのかもしれない。
「そんなにワインって美味しいのですか? 俺には、良さがわからないですよ」
ムロさん、僕もです!
「スウセイは、毒耐性が高いからな。いくら飲んでも、ほとんど酔わないだろうが、俺はコイツのペースに付き合うと、翌朝、頭が痛くなる。まぁ、酒の良さなんて、ムロさんやエドさんには、まだわからないだろうぜ」
毒耐性? お酒って毒なのか?
「俺も、わりと毒耐性はあるんですよ。だから、あまり飲もうという気にはなれない。ヤヨイさんのように、酔ってもすぐに酔いを消すような器用さがあれば、俺も気にせず飲めるかもしれませんが」
ムロさんも、毒耐性があるのか。
「お待たせ〜。デザートを食べに行きましょう!」
ヤヨイさんが戻ってきた。顔を洗って、化粧をやり直したのだろうか。前髪が少し濡れている。まとめ髪をやめたみたいだ。
僕達は、席を立った。スウセイさんがお会計をしてくれる。ずっと何でも払ってくれてるよな。
「あれ? ヤヨイさん、髪飾りは、やめたんですか?」
彼女の後ろにいたムロさんが、そう尋ねた。
「えっ? あっ! 髪飾り! 洗面台に置いて来ちゃった。ちょっと待っててねー」
はい? 置き忘れた?
頭の後ろを触ったヤヨイさんは、パタパタと化粧室へと戻っていった。まぁ、女性しか使わない小部屋だし、問題はなさそうだけど、ムロさんが声をかけなかったら大変だったよな。あっ、違う。失くなる方がいいんだっけ。
ムロさんは、頭をぽりぽりと掻いている。失敗したと思ってるよね、きっと。
「なかなか戻ってこないね」
会計の終わったスウセイさんは、店内を見回していた。化粧室に出入りする女性の姿は、何人か見えたけど、怪しい動きをする人はいない。
「僕が、見てきましょうか?」
「いや、男性は立ち入り禁止だと思うよ」
しばらく待っていると、ホール係の女性が、僕達に声をかけてきた。
「失礼ですが、ムロさんという方は?」
「俺がムロですが?」
「化粧室まで、お越しいただけますか? お連れ様が、動けなくなっておられます。ムロさんだけ呼んできて欲しいと……」
ムロさんだけ?
「酔い潰れてるのかな。ムロさん、行ってあげて。俺達は、ここにいると邪魔になるから、店の前で待ってるよ」
「わかりました。俺、男ですが、入ってもいいのですか?」
「はい、私がご案内します」
僕もついて行く方がいいかと思ったけど、イアンさんが青い幽霊を出したから、余計なことは言わないことにした。酔い潰れているなら、ヤヨイさんは見られたくないだろう。
ん? ヤヨイさんは、酔いを消すことができるんじゃないのか?
スウセイさんとミラックさんは、もう外に出ている。僕も、イアンさんと一緒に、店の外に出た。




